シリーズ「美味しんぼと"三国鼎立"」最終回です。
できましたら、私の立場・背景・考え方に目を通していただけるとありがたいです。
最後となる本記事では「エピローグ」と題しまして、「美味しんぼ 福島の真実編」をマンガ作品として評価したいと思います。
なお、「引用」は著作権法で認められた正当な行為であるということを申し添えておきます。
■「たかがマンガ」?
このシリーズ記事を書いている中でいろいろなご意見をいただきましたが、最も肯んじえないご意見は「たかがマンガじゃないか。フィクションじゃないか。笑って無視すればいいだろう」というものです。
この言葉を聞いたら、最も怒るのは、他ならぬ雁屋哲氏でしょう。
1983年の連載開始以来(休載もあるものの)30年以上執筆され続け、単行本は110巻まで刊行され累計発行部数は1億部を超え、アニメ・ドラマ・映画・ゲームにもなったグルメマンガの金字塔です。
連載誌であるビッグコミックスピリッツも、発行部数は減少傾向とはいえ、毎号約20万部を発行しています。
そこで描かれることは、新聞レベルの影響力があると考えるべきでしょう。
その原作者である雁屋哲氏が、自らの政治目的のために「勝負」に出たわけです。
それに対して、賛成するのでも反対するのでもなく「たかがマンガだから笑って無視しろ」と言われたら、雁屋氏ははたして失望するか、激怒するか...。
さらにそのような態度は、マンガという、単なるエンタテインメントを超えてしばしば社会問題を果敢に取り上げて一石を投じてきた、手塚治虫以来の血脈に対して侮辱的であるとすら思います。
私はいちマンガファンとして、極力誠実な態度をもって、「福島の真実編」に対してはNOを表明したいと思っています。
■山岡士郎と海原雄山は「作者に洗脳された」
「福島の真実編」の前に山岡士郎と海原雄山は和解しましたが、従来、美味しんぼという作品の最も基本となる構図は「山岡士郎と海原雄山の親子の対立」にありました。
「対立する二つの視点」によって物語を作っていくという、王道にして効果的な作品構造を持っていたわけです。
山岡と栗田の結婚などを経て両者は和解していくわけですが、この「福島の真実編」は山岡と海原の最終的な和解のプロセスとしても描かれています。
ですが、私はここに大きな違和感を感じます。
山岡・海原を初めとした取材陣は、6度の取材で福島の様々な側面を見たはずです。
海原雄山もそうしたことを認めています。
特に「放射能に対する認識」がひとつではないことを認めているではないですか。
だったらそれを「対立する二つの視点」で描けばいいじゃないですか。
山岡「福島はもうダメだ。全県民が逃げるしかない!」
海原「何を言うかバカモノ! 福島を何だと思っておるのだ!」
そしてせっかくの和解も亀裂。山岡と海原の関係は逆戻り。二人はそれぞれ東西新聞と帝都新聞で論陣を張り、またも一触即発の状態に...。
この展開のほうが、俄然説得力があると思うのは私だけでしょうか。
私は、まさにこの構図こそが「福島の真実」だと思います。
東日本大震災と福島第一原発事故は、人と人との関係に、無数の断絶を作りました。
信頼しあうべき地域の仲間、さらに家族の中までも亀裂が生じ、幾多の不幸を産んだのです。
これを表現してこそ「福島の真実」と呼ぶにふさわしいものになったのではないでしょうか。
ところが実際には、山岡と海原は、気持ち悪いほどに「同じ方向」を向いています。
同じ方向を向いているんですが、目線はどこを見てるんでしょうか。
申しわけないんですけど、「気持ち悪い」というのが素直な感想なんです。
山岡と海原のみならず、登場人物全員が同じ方向を向いています。
「福島県民全員避難」という発想に対して、異論を挟む人物は誰もいません。
まるで、全員頭にダミープラグでも打ち込まれて、「フクシマカラニゲルベキデス」みたいなセリフを言わされているんじゃないかという印象を受けます。
まさに、雁屋哲氏は自らの政治主張のために、美味しんぼの全キャラクターを「洗脳」したのでしょう。
異なる意見は認めない。この火急の事態において、全員これを言わなければならない、と。
しかしそこまでの勝負に出て、結局行動のための決め手がなく、しかもその根拠の事実性・妥当性が怪しいため、シリーズ最終回では「なんだかわからない有り様」に陥ってしまいました。
もう禅問答の領域です。
そんなにありがたい土地なら、もう少しその土地を守ろうという発想になってほしいものですが...。
会津若松で会津藩のもてなし料理まで食べてるじゃないですか。
その会津若松まで「ダメだ」というつもりですか...?
■お疲れさま。さらば美味しんぼ!
何はともあれ、私も開始当初から注目していた「福島の真実編」は完結しました。
雁屋哲氏を初めとした関係者の労苦には、心より「お疲れさま」と申し上げます。
これで美味しんぼは一旦休載となるとのこと。
これまでも休載による充電期間はありましたが、しかしここまで渾身の作品を書き上げ、しかもこれほどの騒動になってしまっては、いったいどのように再開するものか、皆目検討がつきません。
もしかしたら、美味しんぼはこれでおしまいかもしれません。
だから、ということもありますが、それよりもやはり私としては、美味しんぼという一大ブランドを使ってこれほど問題ある表現を行い、またも福島に対立と断絶をもたらした「福島の真実編」について、雁屋哲氏の反省の弁と謝罪がないかぎりは、今後の美味しんぼをまともに読む気になれません。
だから、私は「お疲れさま。さらば美味しんぼ!」と申し上げます。
最後は、海原雄山の初期の名セリフで締めさせていただきます。
このマンガを描いたのは誰だあっ!!
お粗末さまでしたm(_ _)m
(2014年5月26日「中妻じょうたブログ」より転載)