『スパイ・レジェンド』― 新冷戦を懸念する /宿輪純一のシネマ経済学(69)

本作品のベースとなっている「冷戦」であるが、テーマにしたスパイ映画や小説は多い。以前はアメリカを中心とした西側諸国とソ連を中心とした東側諸国であった。ソ連崩壊後、ロシアに引き継がれた。
HOLLYWOOD, CA - AUGUST 13: Pierce Brosnan arrives for the Premiere Of Relativity Media's 'The November Man' - Arrivals at TCL Chinese Theatre on August 13, 2014 in Hollywood, California. (Photo by Gabriel Olsen/Getty Images)
HOLLYWOOD, CA - AUGUST 13: Pierce Brosnan arrives for the Premiere Of Relativity Media's 'The November Man' - Arrivals at TCL Chinese Theatre on August 13, 2014 in Hollywood, California. (Photo by Gabriel Olsen/Getty Images)
Gabriel Olsen via Getty Images

(THE NOVEMBER MAN /2014)<1月17日公開>

筆者もそうであるが「スパイ」好きには堪らない秀作である。なお、最近はスパイのことを"エージェント"という。本作品は、アメリカのスパイ小説家ビル・グレンジャーのベストセラー「ノヴェンバー・マン」を現代版に焼き直し実写化したもの。CIA(中央情報局)の敏腕エージェントとして活躍していた過去を持つスパイ(主人公)が、自身が育てた現役スパイからの襲撃とその裏に隠された陰謀に巻き込まれていく。

「後には何も残らない」と称される「ザ・ノヴェンバー・マン」(11月は"真冬"の直前だからか)というコードネームを持ち、過激なミッションを遂行してきた"伝説的"CIAエージェントのピーター・デベロー(ピアース・ブロスナン)は、あるミッションで負傷しスイス・ローザンヌでなかば引退生活を送っていた。かつての同僚エージェントたちがい連続して殺害されているのを知らされ、スパイ稼業に復帰する。しかし、恋人を殺されたが、犯人は自分が教育した現役CIAエージェントだった。"冷戦"の状況が残る中、CIAとロシアとの微妙な陰謀を察知する。バリバリ打ち合ったりする戦闘シーンも多いのも、また勧善懲悪的なのもスパイ映画好きにはたまらない。雰囲気はまさに『007』である。筆者は、フル英語版で見たが、筆者の英語の聞き取り能力と思いこみもあり、デベローがダブルオー(00)に聞こえて仕方なかった。最初は、スパイ映画によくある『007』ネタの"べたなニックネーム"かと思った(笑)。

監督は『世界最速のインディアン』のオーストラリア出身のニュージーランド人のロジャー・ドナルドソン。主演は『007』4作に出演したアイルランド出身のピアース・ブロスナン、彼はドナルドソンとは『ダンテズ・ピーク』で一度組んだ。『007 慰めの報酬』のボンドガールで、ウクライナ出身のオルガ・キュリレンコ。とくにブロスナンは61歳であるが、渋くてかっこよく、スパイ役には向いている。

さて、本作品のベースとなっている「冷戦」であるが、テーマにしたスパイ映画や小説は多い。以前はアメリカを中心とした西側諸国とソ連を中心とした東側諸国であった。ソ連崩壊後、ロシアに引き継がれた。

アメリカのオバマ大統領は民主党で、軍事費の削減も行っており、海外の紛争への介入を好まない。このことも「アラブの春」などの民族紛争の背景の一つになっている。最近では、だれもが驚いたロシアのクリミア半島の併合も発生し、その後も報道によればウクライナ東部地区への軍事介入が続いている様である。それに対し、アメリカは経済戦略としてシェール・ガス等の増産で原油価格を下げ、原油等の資源で経済が成り立っているロシアに打撃を与えているともいわれている。

それに対してロシアは、資源輸入国としての中国との結びつきを深めている。パイプラインを2本引き、中国はそれによりエネルギーの約4割を賄えるようになるという。つまり、ロシア=中国の関係がいやがおうにも深まっている。そんな新しい同盟ができ上がると、また新たな冷戦が始める可能性もある。

以前の冷戦崩壊によって、世界経済の構造は大きく変わった。安いものが大量に出回り、市場も大きく拡大したのである。ここで、また市場が分断されるならば、世界経済が不安定化する可能性もある。

現在、ロシアは、協力関係であるが旧ソ連諸国のCIS(独立国家共同体)、またベラルーシ、カザフスタンでユーラシア経済共同体に参加している、一方、中国はインフラに投資するAIIB(アジアインフラ投資銀行)等の戦略を通じて、アジア諸国やニュージーランドをはじめとした西側諸国を取り込みはじめている。韓国とオーストラリアすらも貿易の関係が深く、AIIBに参加する可能性もある。

今年の国際経済の大きなリスクの一つがこの「新冷戦」ではないかと考える。

「宿輪ゼミ」

経済学博士・エコノミスト・慶應義塾大学経済学部非常勤講師・映画評論家の宿輪先生が2006年4月から行っているボランティア公開講義。その始まりは東京大学大学院の学生達がもっと講義を聞きたいとして始めたもの。どなたでも参加でき、分かり易い講義は好評。「日本経済新聞」や「アエラ」の記事にも。この2014年4月で9年目に突入し、来年4月にいよいよ10年目に。開催は"170回"を超えております。

Facebook経由の活動が中心となっており、以下からご参加下さい。会員は7000人を超えております。https://www.facebook.com/groups/shukuwaseminar/

次回第174回の宿輪ゼミは1月21日(水)開催です。

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