『ザ・ウォーク』―新たなことに挑戦し、成し遂げるということ/宿輪純一のシネマ経済学(92)

世界各地の有名高層建築物を綱渡りする事で知られるフィリップ・プティ。彼の著書を実写化した本作は、第28回東京国際映画祭で「オープニング作品」として上映された。

(THE WALK / 2015)

本作は第28回東京国際映画祭で、名誉ある「オープニング作品」として上映された。先に言っておくが、筆者は高所恐怖症である。ドキドキしたが、ストーリーがしっかりしていたので楽しめた。逆に高いところが好きな方には"十倍"は楽しめると思われる。めまいがしそうな歩行シーンも"3D"でさらに迫力は"3倍増し"である。

1974年8月7日にニューヨークのワールド・トレード・センター(World Trade Center:WTC)を構成する2つのビルの間の空中「綱渡り」に挑戦した、フランス人フィリップ・プティの著書を実写化したもの。個人的には良いこととは思えないが、彼は世界各地の有名高層建築物を"無許可"で綱渡りする事で知られる。本作で、彼が成し遂げた前代未聞の偉業の中でも一番の挑戦の全貌が映し出される。

大道芸人フィリップ・プティ(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は、人生になんとなく満足できず、誰も考えついたことのない挑戦をすることにした。それはニューヨークのマンハッタンにそびえ立つワールド・トレード・センターのビルの屋上と屋上の間、約40メートルにワイヤーロープを張って命綱なしで渡っていくというものだった。

周到に準備をし、ついに決行の日を迎えるフィリップ。地上110階(411メートル)の高さに浮いているワイヤーを、一歩、また一歩と人生を掛けて歩いていき、新たな世界へ入っていく・・・・。結果的に、その綱渡りは高く評価され、それまで親しみの無かったワールド・トレード・センターを魅力あるものにした。

監督は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『フォレスト・ガンプ/一期一会 』『キャスト・アウェイ』『フライト』と名作を手掛けてきたロバート・ゼメキス。『ドン・ジョン』などのジョセフ・ゴードン=レヴィットがフィリップ・プティを熱演、オスカー俳優のベン・キングズレーも共演する。

主演を務めたゴードン=レヴィットは綱渡りをしたことがなかったため、プティ本人の指導の下で猛特訓を行った。最後の綱渡りのシーンはスタントマンも使いながらも、レヴィット自らスタジオ内で12フィートの高さのワイヤーで撮影した。それでも3.7メートルで十分に高い。ゴードン=レヴィットはフランス人のプティを演じるにあたって、フランス訛りの英語の習得にも努めたおり、それはそれで勉強になる。

筆者はワールド・トレード・センターに特別な思いがある。一時、デスクがあったからである。そのころ、ワールド・トレード・センターは日本では「世界貿易センター(ビル)」と呼ばれていた。日系アメリカ人建築家のミノル・ヤマサキの設計・デザインであった。

実はワールド・トレード・センターの爆破は一回ではない。1993年2月26日に地下駐車場が爆破された。そのとき、筆者はシカゴで、為替(FX)、資金(Fund)や債券(Bond)そして先物・オプションなどのデリバティブなど、様々な商品を総合的にディーリング(トレード)していた。その日はニューヨークのディーリングルームから電話があり、その日はニューヨークの資金為替業務を引き継いだ。「煙が上がってきた」というような生々しい声をいまでも覚えている。

その後、筆者は、一旦、シカゴから、東京に帰国したが、世界の主要銀行20行で進める特殊銀行設立プロジェクトに出向した。ニューヨークで銀行免許を認可されるため、ニューヨークに長期に渡り滞在した。ベースのデスクは、当時のバンカーズトラストのプロジェクトルームにあった。また、当時、サウスタワーの78階から83階まで、当時勤務していた富士銀行が入っていた。筆者はこちらにもデスクがあり、双方を行き来していた。その後、筆者は帰国し、2001年9月11日は東京で迎えた。富士銀行で亡くなった方々は全員同僚であった。人生、何が起こるか、分からない。目標を持って、精一杯挑戦して生きることが大事であるということを痛感し、そうすることを心に決めた。

筆者は「要領よくやろう」とする最近の風潮をやや残念に思う。経済学ではもちろん無駄なく効率的に行うことを評価する。しかし、要領よくやろうという人ほど、希望(難しい目標)は持ちにくくなっているのではないか。つまり、要領よく行うためには前例というか、情報が必要で、それで判断する。つまり、前例が無かったり、情報が少ないものへの挑戦は回避する傾向がある。

しかし、人生そのもの、希望や将来というものは分からないことだらけである。損とか徳とか、失敗とかを超える"前向き(ポジティブ)な気持ち"を持つことが、前例のないような目標に挑戦するためにはまず必要だと思うし、こういうことを継続することで生き方全体も前向きになるのではないかと信じる。ちなみに筆者は前例のないものが好きである。

さらに、本当は目標を達成するプロセスこそが大事ではないかと考えている。ゲーテの「ファウスト」でもないが、物事をする時の本当の"幸せ"というのは、その目標の達成する瞬間にあるのではなくて、前向きな気持ちを持って頑張っている時にこそあるのではないかと考える。本作の挑戦の中にもそれは見て取れる。つまり、逆説的であるが、そのもがき努力している時こそが"幸せ"なのではないかと考えている。それを回避する人には幸せな成功はない。

また、本作はソニー(ピクチャーズ)の映画であり、『The Walk』 という題と男が歩いていくのをみて「Walk Man」を連想したのは筆者だけであろうか。筆者は現在のAppleのように煌めいていたSONYと共に生きた世代である。SONYの復活を祈り、いまだにAVはSONYを買ってしまう。

(2016年1月23日公開)

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