プライバシー保護のためにGoogleを規制することの是非

ネット上に残しておきたくない過去の「黒歴史」。ソーシャルメディアで無制限に広がってしまえば、永久にネット上に残り続ける可能性もある。さらに、悪意のある第3者がネット上にデマをまき散らすことで、気付かないうちに、「黒歴史」がねつ造されてしまう可能性さえある。ネットに残る情報をどうしたら消し去ることができるのか。

ネット上に残しておきたくない過去の「黒歴史」。ソーシャルメディアで無制限に広がってしまえば、永久にネット上に残り続ける可能性もある。さらに、悪意のある第3者がネット上にデマをまき散らすことで、気付かないうちに、「黒歴史」がねつ造されてしまう可能性さえある。ネットに残る情報をどうしたら消し去ることができるのか。

■知らない間に犯罪者にされる

自分の名前をグーグルで検索する、いわゆる「エゴサーチ」をすると、過去の自分に関連する情報が出てくることがある。昔の恋人と一緒に写った写真を見つけた場合、そのデータを葬ってしまいたい人もいるだろう。国立情報学研究所の生貝直人氏によると、情報の流通をめぐって、グーグルの存在感が非常に大きくなっているという。

従来のメディアのヒエラルキーが、情報のネットワーク化によってフラット化する一方で、そのネットワークの持つネットワーク性そのものによって情報の流通が加速する「べき乗」の構造が現れ、グーグルやフェイスブックなどのプラットフォーム企業に巨大な力が生まれています。

(生貝直人氏)

検索される情報が事実ならまだマシだが、デマのケースもある。ついに、グーグルが訴えられるケースも出てきた。悪意ある第三者がデマをネット上にばらまくと、自分の氏名を検索エンジンに入力した際に、グーグルの検索予測機能(サジェスト機能)で、「犯罪者」などの関連キーワードが出てくるケースがある。その状態をグーグルが放置しているとして訴えられたのだ。

今年4月には、米国のグーグル本社に表示差し止めを求めた訴訟の東京地裁判決が出て、グーグルが敗訴した(Google検索の「サジェスト機能」を巡る訴訟でGoogle敗訴)。しかし、5月には、同じ東京地裁でグーグルが勝訴というケースもあり、今後、同様のケースがどう扱われるか不透明だ(「検索」単語の予測表示、名誉毀損認めず 東京地裁)。いずれにせよ、誰もが巻き込まれる可能性がある以上、他人事とはいえない。

■注目される「忘れられる権利」

誹謗中傷やデマに限らず、ネット上の過去の情報を見られないようにすることは、「忘れられる権利」として最近、注目されている。生貝氏は英国の事例を紹介する。

英国は、官民共同の第3セクター的な団体、公私の共同規制組織を作ろうとしています。最も重視されているのは自己情報コントロール権の強化で、消費者はいつでも自分のライフログを訂正や消去できるようになります。各企業が保有するライフログ情報を公的機関に集中させて、それを消費者自身が管理し、小さな企業も匿名化された安全な形で使えるようにしようという「midata」(マイデータ)という構想が進められています。

この「midata」も含めて、これまで考えられてきたアプローチは、削除を依頼した時に消してもらうようにするか、自分の判断で削除できるように最初から設定しておくやり方が主流だ。しかし、それでも、ソーシャルメディアで炎上してしまったケースなどでは、無制限に情報が拡散して、収拾がつかなくなるケースもあるだろう。そこで生貝氏は、新たなアプローチを説く。

非常に議論が分かれるところですが、僕たちは、ほとんどグーグルでしか人の名前を検索しないので、結局はグーグルに特別な義務を課せばいいという意見がどうしても出てきます。これを「ジェネレーション・グーグル・アプローチ」と呼びますが、どういう基準でどの程度の義務を課すことが適切なのか、というのが大きな問題になります。

つまり、情報が残り続けたとしても、検索エンジンという入り口を塞いでしまうことで、情報を探せなくしてしまえばいいというわけだ。このアプローチは、グーグルのサジェスト機能を巡る訴訟にもつながる。ただ、特定の企業を狙い撃ちにして、義務を課すことが妥当なのか。賛否は割れている。

■かつての彼女の画像を削除するシステム

これまで挙げたのは、制度的なアプローチだが、技術で解決することはできないのか。ライフログを技術的にコントロールできるようにする研究は進められているという。筑波大学の五十嵐悠紀氏によると、

例えば、PCのデスクトップをずっと録画し続けて、一元管理して見られるようにサムネイル画像を置いておき、1カ月くらい前にあったファイルが見つからなくなった時などに、検索して探し出す技術を研究している人もいます。普通にやると、非常にプライベートな情報もすべて録画されてしまいます。そこをうまくカットする技術が必要になるわけです。また、写真データを保存しておく過程で、新しい彼女ができた時に、かつての彼女の画像を削除するシステムも必要とされるでしょう。「黒歴史」と呼ばれる不都合な情報を、写真の顔認証やタグ付けなどを駆使して検索されないようにすることは技術的には可能です。

これからは、「黒歴史」を発見されないように消し去るシステムが出てくるかもしれない。しかし、現状では、一度ばらまかれてしまった情報を消すことは容易ではない。

■年齢ではなく、「能力」で判断

米カリフォルニア州では今年9月、過去の自分の投稿を削除することができる「消しゴム法」が成立した(書き込み削除の「消しゴム」法、米加州で成立 未成年が対象)。フェイスブックやツイッター、グーグルなどのソーシャルメディア大手に削除を義務づけている。特徴的なのは、「未成年」を対象としている点だ。つまり、未成年は投稿についての判断能力が乏しいという前提がそこにはある。

しかし、年齢で線引きすることについて、駒沢大学の山口浩教授は異論を唱える。新たな線引きはこうだ。

私の言葉ではないのですが、「バカ基準」というのがあります。「バカ」というとことばが悪いですが、知識や能力が低い人を簡便に言い換えているだけで、悪い意味ではありません。みんなが安心して暮らせるよう、世の中のしくみは「バカ」に合わせて作られている、ということです。しかしそうすると、私はこんなに守ってもらわなくてもいい、と不満に思う人が出てきます。つまり、「バカ」を守るために、「バカ」じゃない人の自由が奪われている、我慢を強いているということを意味します。

つまり、「バカ」であるかどうかによって線引きをするといいう考え方だ。「バカ」ではないので自由が認められ、「バカ」なので保護が必要という話になってくる。

すべての領域において知識や能力のレベルが優れている人などいません。誰でもどこかの領域では「バカ」だということです。知識や能力によって、保護される度合いや享受できる権利に差をつけるということを、差別ではなく、カスタマイズだととらえる考え方が必要なのではないでしょうか。

確かに、炎上行為などが頻発していることを受けて、車の運転免許のように、ネットの利用をリテラシーに応じて免許制にすべきだという意見も出てくるようになった。「忘れられる権利」以前に、そもそも忘れられたくなるような「黒歴史」を生み出さないために、どういう仕組みが求められるのかも今後の議論になりそうだ。(編集:新志有裕)

(※「誰もが情報発信者時代」の課題解決策や制度設計を提案する情報ネットワーク法学会の連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」の第1回討議(13年4月開催)を基に、記事を構成しています)

注目記事