ネットニュースの世界に「公共性」は存在し得るか

浮き沈みの激しいネットの世界で、Yahoo!ニュースが今後も今の地位を維持し続けるかどうかは誰も分からない。もし新たなプレーヤーが主導権を握った場合、法的義務のない「公共性」は果たして保証されるのだろうか。

新聞やテレビなどメディアは編集方針として「公平・中立」を掲げている。時折、「偏向報道だ」との批判も受けるが、特にテレビに関しては、法律で「公平・中立」が義務付けられている。月間87億ページビューのアクセスを誇るインターネット界の「巨人」Yahoo!ニュースも「公共性」を掲げているが、コンテンツの中身に対する規制がないネットの世界で、今後も「公共性」は担保されるのだろうか。

■ 掲載されなかった「キスフレは不倫」記事

Yahoo!ニュースに法律関係の解説記事を配信している「弁護士ドットコム」編集長の亀松太郎氏は、Yahoo!にいかにして取り上げられるかを最優先で考えている。「検索エンジン最適化」ならぬ「Yahoo!トピックス(ヤフトピ)最適化」を目指しているという。亀松氏がYahoo!ニュースのポジションを解説する。

Yahoo!ニュースは「ネットのNHK」です。影響力と社会的責任が大きく、公共性を意識しながら、バランスよくやろうとしています。また、編集部に元新聞社、通信社出身の人が多く、新聞的な価値観がベースになっているといえます。これがmixiになると全然違っていて、ニュースのコーナーでも恋愛系のコラム記事がよく取り上げられています。livedoorニュースはYahoo!にないものをやろうとしています。最近は「LINE化」というか、ライト化がだいぶ進んでいますが、どちらかというと、ネットギーク(マニア)に受けるようなネタとか、エログロ的なものをあえて意識してやっているように思います。

Yahoo!ニュースが重視しているのは「公共性」で、必ずしも、PVを簡単に稼げる「釣り記事」ではないということだ。弁護士ドットコムでは、「既婚者が『キスフレ』を作ったら『不倫』になってしまうのか?」のような、若干下世話な記事が人気があるらしい。ついついクリックしたくなる感じの記事だが、ヤフトピにはこのような記事は取り上げられないという。それでもYahoo!ニュースが支持される理由は、亀松氏によると、

これだけの存在感を維持している要因は、公共性がある記事をそれなりのバランスをとって載せているからだと思います。芸能系や炎上系のニュースばかりをピックアップしたほうが瞬間的にはPVが上がるかもしれませんが、一般の人がマスメディアに期待しているのは、そういうものだけではないと感じます。Yahoo!ニュースはネットメディアでありつつも、マスメディア的なスタンスをとっているといえます。

確かに、新聞の1面のように、Yahoo!ニュースでは、公共性の高そうなニュースがある程度網羅されている。見出しも、まとめサイトなどにありがちな、とにかく煽動的なキーワードの「釣り見出し」ではない。マスメディア的というのは確かに当てはまりそうだ。

■2012年のPV1位は「フジのアナウンサー降格」

では、ヤフトピの「中の人」はどう考えているのだろうか。Yahoo!ニュースの編集を担当している伊藤儀雄氏によると、スポーツとエンタメと事件・事故でページビュー全体の6割以上を占めているという。そのスタンスは、

2つの軸があって、公共性と社会的関心事を重視しています。社会的関心事は、多くの人が知りたいと思っている情報、つまりスポーツやエンタメなどです。公共性が高い情報はアクセスが伸びなくても取り上げていますが、どこまで重視すべきかは、議論の分かれるところです。例えば、高度な政策議論は、「国民全員に関わる話なので、知っておいた方がいい」という考え方もあるし、「いや、全員は知らなくても何とかなる。必要な人だけ知っていればいい」という考えもあります。

(伊藤儀雄氏)

確かに、「公共性」と一口に言っても、どれほどの「公共性」があるか、明確な基準があるわけでもない。人によって捉え方も異なる。それでも「公共性」には、かなりのこだわりがあるようだ。しかし、ユーザーは、その「公共性」を評価しているようでいて、そう単純なものではない。

2012年にYahoo!でもっとも読まれた記事は何だったかというと、意外かもしれませんが、フジテレビのアナウンサーが不祥事で降格処分になったという記事です(順位は簡易的な集計による推計)。ただ、実際にそれが2012年にもっとも読むべきニュースかというとそうではないかもしれない。情報の価値よりも見出しの引きの強さ、興味関心の度合いで閲覧数が決まってしまいます。それほど公共性の高くない情報に人の注目が集まってしまうというのは、受け手の「可処分時間」が奪われているともいえます。それが「社会的損失」であるとする見方もあるでしょう。

「読んでほしいニュース」と「読まれるニュース」のどちらを重視した方がいいのかは、新聞やテレビなどでも古くから悩ましい問題としてつきまとっている。Yahoo!にも同様の問題があるということだ。

■ 「公正」を掲げるニコニコ動画の実情

「公共性」を重視しているとはいえ、運営主体であるYahoo!Japanはあくまで一民間企業だ。放送局の場合、放送法によって、公平・中立な報道を行うことが義務づけられているが、ネットのサービスにはコンテンツの中身に関する規制は特にない。巨大な力を持ったネットの事業者が、恣意的な情報発信をする可能性もある。亀松氏は、

日本のニュース系サイトの中では一強といえるYahoo!ニュースが中立的な立場で運営されているのは、「ラッキー」な状態だといえます。ただし、もし別の運営主体がYahoo!ニュースのような強力なニュースサイトを管理することになった場合、ニュースの方向性がゆがめられる可能性もあるのではないかと思います。そういう巨大なプラットフォームにおけるニュースをどうコントロールすべきか、考える必要があるでしょう。

確かに、Yahoo!のスタンスが急に変わることは現状では考えにくい。これだけ巨大なプレーヤーが「公共性」を掲げていることで、デマや偏った情報の流通を防げているのかもしれない。しかし、ネットメディアが掲げる「公共性」には限界もあることを亀松氏は指摘する。

ニコニコ動画は、この夏の参院選で、番組を「テレビ的」に作っていました。「公平性」を強く意識しています。各政党の第一声は、大体同じ時間の長さで流しています。公平でないと批判や規制を持ち込まれてしまうのではないか、と考えているわけです。投開票日前日の「最後の訴え」の番組では、政党ごとに番組を作って、好きなことを言っていいという風にしていました。一見公平に見えますが、生放送のトップページでは、自民党がいちばん上で、ほかの弱小政党は下に表示されていました。このように「公平性」を打ち出しつつも、詰めが甘い部分もありました。

ニコニコ動画は2012年12月、プラットフォームに徹することを宣言している。(「われわれはジャーナリズムではない」ニコニコニュースが「ポリシー宣言」)わざわざジャーナリズムであることを否定してまで、この宣言の中でも、「公正」を謳っているが、その実情を法政大学の藤代裕之准教授が批判する。

ニコニコ動画については参院選時に偏っていると民主党が指摘し、運営側が抗議したこともあります。運営は公正や平等を主張していますが、都知事選では猪瀬直樹の事務所から生放送に夏野剛取締役が出演するなど、特定の政党や候補に立ち位置が近いように見受けられます。もし、テレビ局や新聞社の幹部が特定候補の番組に出演したら批判されるでしょう。表向きはプラットフォームといいながらメディア同様、編集や価値判断を行っているのではないでしょうか。

Yahoo!ニュースのように、特に法的義務を課されなくても、ある程度の「公平・中立」が保たれているのならば、問題はないのかもしれない。しかし、亀松氏が主張するように、それは「ラッキー」な状態なのかもしれない。浮き沈みの激しいネットの世界で、Yahoo!ニュースが今後も今の地位を維持し続けるかどうかは誰も分からない。もし新たなプレーヤーが主導権を握った場合、法的義務のない「公共性」は果たして保証されるのだろうか。(編集:新志有裕)

※「誰もが情報発信者時代」の課題解決策や制度設計を提案する情報ネットワーク法学会の連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」の第2回討議(13年5月開催)を中心に、記事を構成しています。

注目記事