ソーシャル「分人」化の背後に潜む超監視社会

ソーシャルメディアの炎上対策が求められる中、駒沢大学の山口浩教授は、ソーシャルメディア上の人格をリアルな人格と切り離して、情報発信者を炎上から守る「分人」の法人化を提唱している。しかし、現実の運用を考えると、「分人」を炎上から守るには多くの課題がありそうだ。しかも、制度化を推進すればするほど、国家による監視社会の足音が忍び寄ってくる。「分人」を維持するためには、何が求められるのだろうか。

ソーシャルメディアの炎上対策が求められる中、駒沢大学の山口浩教授は、ソーシャルメディア上の人格をリアルな人格と切り離して、情報発信者を炎上から守る「分人」の法人化を提唱している。しかし、現実の運用を考えると、「分人」を炎上から守るには多くの課題がありそうだ。しかも、制度化を推進すればするほど、国家による監視社会の足音が忍び寄ってくる。「分人」を維持するためには、何が求められるのだろうか。

■「無敵」の匿名アカウントは誰でも削除可能に

分人の法人化については、前回の記事で紹介した通り、株式会社の法人化を参考に、ネット上でリアルとは別の人格を法人化することだ。法人なので、アカウント名で契約締結や税務申告なども可能になる。似たようなものとして、「匿名」を思い浮かべるかもしれないが、「匿名」は制度化されたものではない。Yahoo!ニュース編集部の伊藤儀雄氏は、「分人」と「匿名」との区別するために、制度的な対処法を提案する。

(2ちゃんねるの管理人だった)ひろゆき氏は2008年に、匿名アカウントのことを「無敵の人」と表現していました(参考記事:無敵の人の増加。http://hiro.asks.jp/46756.html)。いざとなったらアカウントを消して逃げればいいのです。実名で真摯にやっている人との非対称性があります。結局は逃げられて終わりになっているのはおかしい。「分人」と「匿名」のアカウントには差をつけるべきですし、匿名アカウントで「垢消して逃げた」状態になった場合には、アカウントの再取得を制限する方法もあります。

山口氏も、この考え方に賛同している。

匿名で発信された情報は誰でも削除できる、アフィリエイト利用を認めない、などのルールにすればいい。元恋人に無断で動画などを公開される「リベンジポルノ」が起きていることを考えると、ここまでやってもいいのではないでしょうか。

さらに、「分人」には、ネット上の情報を組み合わせて、「特定」されてしまうリスクもあり、維持するのは大変だ。そこで、法政大学の藤代裕之准教授は、

「分人」の情報はバラバラだから良く、情報統合により個人が明らかになるなら「分人」は機能しなくなる。情報の統合を禁止する法律をセットで制定すればいい。(参考記事: 「ミドルメディア」で情報の正しさを担保する仕組み https://www.huffingtonpost.jp/jyohonetworkhougakkai/post_6107_b_4243653.html

匿名との区別を明確にして、さらに、情報の統合を禁止するということまでしてようやく、「分人」の実効性が保証されそうだ。

■分人特区を作って、エリア内は統合不可能に

しかし、いくら情報統合を禁止したとしても、罰則が緩い場合は、あまり効果を発揮できず、執拗なネットユーザーによる本人特定の動きは続いてしまうかもしれない。そこで藤代氏は、特区を設けて、その中で導入するアイデアを提案する。

分人特区を作るのはどうか。特区内に入れば、仮のIDやハンドルネームを与えられ、誰も特外の情報と照合や統合することが出来ない仕組みにすればいい。インターネットが生まれたときは「サイバースペース独立宣言(※1996年に米国人のジョン・ペリー・バーロウ http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・ペリー・バーロウ が提唱)があり、リアルとネットは別のものとの考えがあったが、独立エリアを制度的に担保するようにしたらどうか。

「サイバースペース独立宣言」のように、限られたエリアでの自由というのは、決して新しい考え方ではない。立命館大学の西田亮介特別招聘准教授もこう指摘する。

特区のようなものができると、インターネットって一体何だっけ、という話になりかねません。せっかく、オープンで、ネットワークが繋がったのに、再びパソコン通信の時代に戻ってしまうようにも見えます。

特定のエリアで限られた仲間とのコミュニケーションということになると、オープンで誰とでもつながることができるというインターネットの特質とは異なった世界観になってしまうかもしれない。ただ、ここまでやれば、情報発信者が不用意に炎上する事態は避けられそうだ。

■トレーサブルの役割を担う「ビッグ・ブラザー」

ここまで、情報統合の禁止や匿名の排除、特区の形成などを見てきたが、これらは制度的な裏付けが必要なものなので、犯罪行為が起きた場合など、状況によっては本人にたどりつけるようにしておかないと「無法地帯」になりかねない。つまり、いざという時に国家が追跡可能である(トレーサブル)であることが決定的に重要になる。その仕組みについて、山口氏が解説する。

必要な時に本人までたどりついて、支障がないような仕組みにすべきです。普段は本名を明かさなくてもいいわけですが、実はトレーサブルになっていて、責任を取らないといけない時には本人まで連絡が来るわけです。こうすることで炎上などのリスクを避けながら、交流を活発化させることができます。利用者の年齢などの個人情報の確認が前提で、身元詐称を防ぐ仕組みも必要になります。

しかし、トレーサブルであるということは、国家による監視が強まることも意味する。ジョージ・オーウェルの小説「1984年」に出てくる、国家が国民を過度に詮索する「ビッグ・ブラザー」のような存在が跋扈する事態になりかねない。藤代氏は、

分人を確保するために誰かがあらゆる情報を一手に管理するという、とんでもないビッグ・ブラザーが生まれて来る可能性がある。その情報が適切に扱われているか誰が監視するのか、もしその情報が流出したらどうなるのか。大変な打撃になります。仕組みを考えないといけません。

敬和学園大学の一戸信哉准教授も、トレーサブルであることを前提としたうえで、具体策を提案する。

ネット上の情報を組み合わせて特定する「名寄せ」をしないのが善であるという慣行をある程度定着させることはできそうですが、炎上を防ぐまでには至りません。商標登録のように、登録番号を表示して、一定の要件を満たした場合に、「名寄せ」が可能という制度にしてはどうでしょうか。あるいは、登録番号からのトレースをどこまで許可するかは、個人が決められるようにすればいいのではないでしょうか。

何でもかんでもトレーサブルにしてしまえば、ビッグ・ブラザーによる「超監視社会」になりかねないだけに、制度設計には工夫が必要だ。選択式など、回避策が求められるだろう。いずれにせよ、「分人」化による情報発信者の保護を求めるためには、国家などの「ビッグ・ブラザー」からモニタリングを受けることを免れることができなさそうだ。保護された中での自由ということかもしれない。「分人」の制度化は、インターネットにおける自由のあり方を問い直している。(編集:新志有裕)

※「誰もが情報発信者時代」の課題解決策や制度設計を提案する情報ネットワーク法学会の連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」の第7回討議(13年12月開催)を中心に、記事を構成しています。

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