スター・ウォーズの要塞「デス・スター」建設の請願を実現させたネットの力

インターネットの活用によって、市民の声を政治・行政や企業などに届けることが容易になった。そんな仕組みの1つが、インターネット上での署名・請願活動だ。街頭署名と比べて手間がかからず、気軽に応じやすい。

インターネットの活用によって、市民の声を政治・行政や企業などに届けることが容易になった。そんな仕組みの1つが、インターネット上での署名・請願活動だ。街頭署名と比べて手間がかからず、気軽に応じやすい。

過度に影響力を持ってしまうと、ポピュリズムを招きかねない懸念もあるが、米国では映画「スター・ウォーズ」に登場する宇宙要塞「デス・スター」の建設を求めるオンライン請願に対して、政府が回答するなど、ネットならではの様々なキャンペーンが可能になった。ネット世論の力をどう生かしていけばいいのだろうか。

■ジンギスカン・パーティー禁止で大学生が署名活動

ネットを通じた署名活動は日本でも徐々に存在感を増している。大阪府天王寺区が2013年2月、デザイナーを公募した際、無報酬を掲げたことにより、「デザイナーを馬鹿にしている」として、ネットで批判を浴びて炎上した。この時に注目されたのが、ネットの署名サイト「Change.org」の活用だ。あるデザイナーの呼びかけにより、24時間で4000

以上の署名が集まり、無報酬の方針は撤回された。「Change.org」の運営に携わったことのあるキャンぺナーの工藤郁子氏が、このようなネットを使ったキャンペーン活動の意義を解説する。

キャンペーンとは、特定の目的を達成するため、意思決定者に影響を与えようとして、多数に働きかけることです。情報化とソーシャルメディアの普及によって、個人でも簡単にできるようになりました。不確定な思いや不定型な意見を一定のフォーマットやメッセージに落とし込み、賛同を集約することに意義があります。集まった声を可視化させることでさらに説得力が生まれます。

「Change.org」は米国発のサービスで、誰でもどんなテーマでも署名活動を始めることができる。2012年夏には日本語版が公開された。直筆の署名ではないため、法的に位置付けられたものではない。しかし、署名をメールで当事者に届ける設定にでき、また、コメント集として印刷可能なデータをダウンロードできるなど、「『変えたい』気持ちを形に」する工夫が凝らされている。

テーマは自由なので、政治的なテーマから、「私たちは乃木坂46のAKB48グループとの移籍・兼任に反対し公式ライバルとして従来の活動を存続することを望みます」のようにエンターテイメントに関連したものまで、多種多様なキャンペーンが行われている。工藤氏は

例えば、北海道大学ではレクリエーション・エリアでの火気の使用が禁止されて、ジンギスカン・パーティーができなくなりました。そこで、大学生が「Change.org」でキャンペーンを始めたのですが、署名だけでなく、メディアにも売り込みました。地元メディアの多くが注目し、最初は大学側も署名の受け取りを拒否していましたが、結局は運営ルールを話しあうことになりました。北海道大学関係者以外では「何それ」という感じかもしれませんが、メディアも巻き込んで争点になりました。

たとえ小さなテーマであっても、署名を集めていくことで、徐々に関心を持つ人が増え、やがてはメディアも巻き込んで変化を促す。小さな火種がどんどん大きくなるという点で、ネットの「炎上」が起きるプロセスにも似ているが、サイトが存在することで、よりシステマティックな動きになっている。

■米政府が「デス・スター」建設の可否を回答

米国では、「Change.org」以外にも、ネットを活用した署名・請願サイトが複数立ち上がっている。米国政府の請願サイト「We the people」もその1つだ。米国政府に実行してほしい政策を誰でも提出することができる。1か月間で10万人以上の署名が集まった場合は、政府は回答を公開しなければならないよう定めている点が興味深い。ネットならではのユニークな請願が寄せられることもある。

2012年12月に映画「スター・ウォーズ」の宇宙要塞「デス・スター」の建設を求める請願が出された時には、当時の基準値である25000人を超えてしまったため、米国政府が公式見解を出さざるをえなくなった(デス・スターで雇用創出? 建設の請願が規定署名数を超える)。結局は費用がかかりすぎることや惑星の破壊を支持しないことなどを理由に却下された(7600京円「デス・スター」建設求める請願、米政府が却下)。こういった仕組みについて、工藤氏は、

否定的な回答であっても、回答を発表しなければならない点が重要です。米国政府が発表したデータでは、政府からの回答を受けたユーザーの66%が「有益だった」と感じています。また、50%は「新しいことを学んだ」と肯定的になっています(http://www.whitehouse.gov/blog/2013/01/15/why-we-re-raising-signature-threshold-we-people)。政府との直接的なつながりがあることで、政治的機能不全感を払拭する可能性があります。

英国にも同様のオンライン請願システムがある。一定数以上の署名が集まれば、下院の特別委員会で審議するかどうかを決定しなければならない。日本でもいずれ、政治参加の機運を高めるために、このような仕組みが取り入れる日が来るかもしれない。

■原発反対と電力確保の両方に応えられるか

こういったネットを活用したキャンペーン活動の登場によって、誰でも社会を動かすことができるという理想が描けるようにも思えるが、その裏には、様々な弊害の可能性も透けて見える。駒沢大学の山口浩教授によると、

民主主義とポピュリズムはその場では区別できません。いわゆる「アラブの春」の時も、民衆の力の勝利ともてはやす声が多く聞かれましたが、結局、前よりいい状態なのかどうかよくわからなくなってしまっているところが少なくないのではないでしょうか。簡単にできる「呉越同舟」は簡単に分裂します。

市民の力を集めて一気にものごとを動かそうとするのは、既存の体制を壊すのには向いていますが、新たに秩序を作っていくような地道な作業には向いていないのかもしれません。ポピュリズムの問題点は、あとで自分たちに跳ね返ってくることが分からない人の声に左右されてしまうことです。対応する行政もコストが上がってしまいます。原発反対と電力確保のように事実上矛盾したものが投げられることもあります。

これまで、間接民主主義を通じて成り立ってきた市民と政治・行政の間の関係性が、市民の声が強くなりすぎることによって、調整機能を失う可能性がある。また、「Change.org」のような民間のプラットフォームが過度に影響力をもってしまうと、新たな問題が生まれる可能性がある。法政大学の藤代裕之准教授は、

署名サイトのトップページに掲載されるのと、されないのでは注目度が大きく変わってくるはずです。プラットフォームに何らかの政治的意図があり、トップに掲載することで世論誘導が行われる可能性もあります。運営側は掲載判断のポリシーを明示する必要があるのではないでしょうか。

このような指摘に対して、工藤氏は

「Change.org」はもともとプログレッシブなサイトとして作られました。2012年秋にリニューアルした際に価値中立的なプラットフォームになろうと転換を図っています(https://www.huffingtonpost.com/ben-rattray/the-case-for-change_b_2018554.html)。

プラットフォームが民意を操作して、ポピュリズムが増幅されるという事態は避けたいところだ。ネットの情報流通を担う事業者については、自らの価値観を反映したメディアか、無色透明なプラットフォームであるかをめぐる議論が絶えないが、新しい政治参加のあり方を生み出す可能性があるだけに、プラットフォームの重要性は非常に高くなるだろう。(編集:新志有裕)

※「誰もが情報発信者時代」の課題解決策や制度設計を提案する情報ネットワーク法学会の連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」の第8回討議(14年1月開催)を中心に、記事を構成しています。

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