国連安保理の拒否権が紛争下の人々を殺し続けている

自らの国益や国際政治上のプレゼンスを擁護するため、国連の安全保障理事会・常任理事国5か国は幾度となく拒否権を行使し続けてきた。

戦争(紛争)というものがこれだけ形態を変えた現代世界において、第二次世界大戦の戦勝国が拒否権を握り続けるシステム、いやそもそも拒否権というシステム自体に、本当の意味での正義は存在し得るのだろうか。

自らの国益や国際政治上のプレゼンスを擁護するため、国連の安全保障理事会・常任理事国5か国は幾度となく拒否権を行使し続けてきた。この拒否権の存在が、紛争下に置かれた人々を更なる不条理な苦痛へと追いやり続けている。

ニューヨーク国際連合本部(phot by 原貫太)

米ソ妥協の産物-拒否権

国際連合(United Nations) の最重要機関である安全保障理事会(Security Council / 以下安保理)。この安保理で常任理事国を務める5大国(アメリカ・イギリス・フランス・中国・ロシア)には拒否権が与えられており、安全保障理事会に付託された国際紛争の解決については常任理事国の全員一致を原則とし、1ヵ国でも反対すれば議案が可決されることはない。

本来、この拒否権は安保理の決定に正当性を持たせ、実効力を強める措置として考案されたものであったが、逆に常任理事国のうち1国でも反対すれば他の全理事国が賛成していても議事決定は否決されるため、しばしば安保理の機能をマヒさせている

1944年に開催されたダンバートン=オークス会議において、国際連合憲章を検討する過程で拒否権に対するアメリカ・ソビエト連邦(当時 / 以下ソ連)間の意見対立が顕著になった。当時、アメリカは拒否権に否定的、ソ連は拒否権の必要性を強く主張していた。当初アメリカの意見に賛成的だったイギリスも、チャーチル首相(当時)が"ソ連を引き込むためには妥協せざるを得ない"とその後意見し、最終的には米ソ妥協の証として拒否権が誕生した。

国連安全保障理事会議場(phoo by 原貫太)

拒否権が紛争下の人々を殺し続けている

安保理発足から2012年2月までで行使された拒否権の回数は以下の通りだ。

ロシア(ソ連時代と合わせて):127回(119回が1946年~1991年の間に行使)

アメリカ:79回(1970年までは一度も行使せず)

イギリス:31回

フランス:17回

中国(安保理議席が中華民国だった時代と合わせて):9回

2015年までの10年間に注目してみると、アメリカは拒否権を3回行使しており、これはイスラエルがパレスチナ自治区で行っている軍事行動などに対する非難決議からイスラエルを擁護するために行使している。また、中国も6回拒否権を行使しており、その全てがロシアと同じタイミングだ。

近年の拒否権行使で最も問題視されているのが、ロシアによるものだ。クリミア半島の帰属をめぐってロシアとウクライナの間で起こったクリミア危機(ウクライナ紛争)では、ロシアの拒否権行使の脅威を原因とし、国際社会、とりわけ国連はロシアによるクリミア併合や軍事介入に対して充分に対処・糾弾することが出来ていない。この紛争では、既に9000人以上が犠牲となっており、20000人以上の負傷者が出ている。

また、これまで25万人以上が犠牲になっているシリア内戦においてもロシアはこれまで拒否権を4回行使しており(2015年9月23日現在)、これはロシアと長らく同盟関係にあるシリア・アサド政権を擁護するためとされている。このシリア内戦での犠牲者の多くは、アサド政権の手によるものだ。

1994年に起きたルワンダ虐殺で、一夜にして45,000人が殺害された虐殺の跡地。アメリカの躊躇もあり、この時も安保理はその無能さを露呈した。100日間で80万人が虐殺された。(photo by 原貫太)

拒否権抑止に向けたフランスの取り組み

その一方で、この拒否権の行使を抑止しようという取り組みがフランスを主導として行われてきている。2001年、フランスは、"ジェノサイド(集団殺害)などの大量残虐行為に対して歯止めを掛ける議案に関しては、安保理常任理事国は自発的、そして集団的に拒否権の発動を控えるべきだ"といった内容の提案を持ち出した。フランスは、"拒否権は常任理事国の特権であるべきではないし、そうなることも出来ない"という姿勢を示しており、イギリスもこの案に対して賛成の意を示している。

また、2006年4月の国連安保理決議1674号による「保護する責任」の再確認などの影響もあり、常任理事国に対する国際的な圧力は一層強まっきている(関連記事:「100日間で起きた80万人の虐殺--ルワンダ虐殺後、国際社会3つの歩み」)。

しかしながら、ロシアと中国がこの案に対して積極的でないのはもちろんのこと、イスラエル・パレスチナ問題で拒否権を度々行使しているアメリカも、この件に関しては熱心さを欠いている。

現在の安保理のシステムは、21世紀国際政治の現実を正しく映し出していない。国連憲章の下、本来求められる役割を安保理が果たすことが出来ていれば、ウクライナやシリア、パレスチナなどで繰り広げられてきた数多くの「悲劇」を緩和・阻止することが出来ただろう。

来年1月からは新しい国連事務総長が就任することになっており、現在有力候補として注目されている前ニュージーランド首相のクラーク氏は日本やドイツの常任理事国入りを含め、国連安保理の改革に力を入れたい意向を示している(関連記事:「クラーク前NZ首相が国連事務総長選へ出馬。-国連の改革は進むか?」

昨年2015年に発足から70周年を迎えた国連は、「21世紀リベラリズム」を更に加速させていく事が出来るのか。それとも、国際政治の主役は未だ国家が担い続けていくのか。今、大きな決断が求められている。

記事執筆者:原貫太

(2016年5月2日 政治解説メディアPlatnews「国連安保理の「拒否権」が紛争下の人々を殺し続けている」より転載)

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