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2018年06月05日 19時05分 JST | 更新 2018年06月05日 19時29分 JST

32歳で大学院生になった。背中を押したのは、父が遺した「やりたいことリスト」だった。

学びたいことを学ぶ。昇進や昇給の役に立たなくてもいい。

2018年3月、私は35歳で大学院を修了した。

2015年9月に32歳で入学してから、半年の休学を経て2年半。30代といえば、結婚、転職、昇進など、さまざまな岐路に立たされる時期でもある。

私の場合、「大学院に通う」と決断するまで3年もかかった。転職してハフポストに入社もした。そんな私が、なぜ最終的に社会人大学院生になる道を選択できたのか。その理由や学生生活を振り返ってみる。

■キャリアのためじゃない。

社会人が大学院に行く場合、「キャリアのため」という動機が多い。でも、私はちょっと違った。何より、自分の心に引っかかったテーマを、ただ追求してみたいと思った。

私が通ったのは、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース・修士課程。

Kaori Isomura
筆者(左)と夫。

これまでメディア関連の仕事をしてきたので、馴染みのある分野ではあったが、研究テーマに選んだのは「動物倫理をめぐる報道の比較」。現在広告部署にいる私の業務には、直接関係ない。

最近よく話題にのぼるペットの殺処分問題から野生動物、実験動物、家畜まで、動物の扱いが、どのようにメディア上で議論されているかを研究した。

このテーマに惹かれた理由は、動物倫理には、その時代の人間の価値観が色濃く投影されていると感じたためだ。子どもの頃にたくさん動物を飼っていたことも影響していると思う。

Kaori Isomura
小学校1年生のときウチにやってきた愛犬ぼんは、弟のような存在だった。犬や鳥など生き物をたくさん飼っていたことが、関心の原点にあるのかもしれない。

命や情緒を重視する日本と、権利や苦痛の軽減を重視する欧米とでは、大きく議論の質が異なることを、日々ニュースを読むうちに実感し、自分で報道比較をしてみたいと思うようになった。

■きっかけは、父が遺した「やりたいことリスト」

しかし、大学院受験を決意するまでには、3年もの年月がかかった。

「やっぱり学費もかかるし、贅沢すぎるか」「定年退職後なら、ゆっくり通えるかも」学校案内をパラパラとめくっては、本棚の隅にそっと戻す。そんなことを繰り返していた。

結局、私の背中を押したのは、父が遺した「やりたいことリスト」だった。

父は定年退職から1カ月経たずして、すい臓がんが発覚。と同時に余命宣告を受け、あっという間に亡くなった。

父と長年疎遠だった私は、最期までどこか現実味を感じられないでいたが、遺品整理中、定年退職後の「やりたいことリスト」を見つけたときには、頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。

その紙切れには、「18歳で友と制覇した○○山に再挑戦する」など、1つも成し遂げられなかった夢が、丁寧な文字で書かれていた。

Getty Images

感傷的になっていたこともあるが、時間の有限性を痛いほど意識させられた。

家に帰ってぼんやり「私は何をしたいか?」と考えたとき、ふと、大学院が頭に浮かんだ。

「そうだ、今すぐにでも、学びたいことを学ぼう」

■あえて「通う」意義

いざ入学してからは、土日も課題に追われる生活で、体力的、精神的にとにかくキツかった。それでも、「やっぱり通ってよかったな」と思う。

手頃なオンライン講座なども充実している時代、なぜお金と時間をかけて大学院に通うのか? その意義は、次の3つだと思う。

1.自分1人では思いつかないアイデアを得られる

大学院生からはセミプロのような扱いとなり、学部時代と比べ物にならないくらい、教員や研究員からきめ細かい指導を受けられる。

何度もダメ出しをもらうなかで、私は最終的に「Python」というプログラミング言語を使って、文書に含まれるトピックを定量的に評価する「トピックモデル」を採用。日本語・英語の計6紙、30年分の記事分析を試みた。

入学当時、プログラミングや統計の知識はゼロで、自分1人では、絶対に思いつきもしなかったことだ。

Bunlue Nantaprom / EyeEm via Getty Images

2.充実した授業と豊富な学術資料

理論型の授業では名著をじっくり読み、実践型の授業では文書やSNSの解析手法などを学んだことが、修士論文の作成に大いに役立った。

図書館や学校が契約しているオンラインサービスを利用して、高価な専門書や海外の学術論文など、豊富な資料に触れられるというのも、やはり大きな魅力だ。

3.多様な学生と刺激し合える

私が所属した研究室だけでも、震災報道からBLの漫画表現まで、幅広い分野に関心を持った人たちが集まっていた。分析対象も、新聞や雑誌だけでなく、Twitter、Yahoo!コメント、商品レビューなど多岐にわたる。

みんなの発表が自分の研究に影響を与えてくれたのはもちろん、留学生、若手研究者、社会人など、異なるバックグラウンドを持った人たちとの他愛ない会話も、すっかり頭が凝り固まった私に、大きな刺激を与えてくれた。

■「いつかやろう」をやめる。

修了した今思うこと。それは、「いつかやろう」をやめて、「やりたいこと」をやる、そんな当たり前なことの大切さだ。

Kaori Isomura
修了時に授与された学位記と、指導教官からのメッセージ&記念品。学位が欲しくて入学したわけではないけど、やっぱり形に残るものは嬉しい。

当時の上司に大学院進学の相談をするときは、胃がキリキリするほど緊張したが、その日のうちに快く推薦状を書いてもらえた。

夫とは家事や働き方をめぐって、一生分と思えるほどの喧嘩もしたが、一度も大学院進学を否定されたことはない。

社会人大学院生活をする間に、転職も経験した。今の職場は、入社時期も相談に乗ってくれ、修士論文を書き上げる際には、半年間の休職を認めてくれた。かなり迷いもあったが、仕事を一度休んだことで、自分が納得するまで論文に集中することができた。

周囲の理解とサポートには、本当に感謝している。

今振り返ると、無理だろうと思い込み、可能性を狭めていたのは、自分自身だった。

nirat via Getty Images

今は少しずつ多様な働き方、生き方が認められるようになってきた時代。効率やステップアップとは違う軸で、ただ学びたいこと学んでもいいのではないだろうか。

それが、もしキャリアやお金に直接結びつかなくても、決して後ろめたいことではないと思う。

誰しも「今年こそは」「10年以内に」なんて心に秘めている夢や目標はあるはず。まずは1つアクションを起こしてみるだけで、意外とモノゴトは動き出す。

限られた時間のなかで、誰より自分自身がやりたいこと、納得できることを、ちょっとずつ成し遂げていけたらと思う。

「いつかやろう」をやめて、「やりたいこと」に向き合ってみれば、「アタラシイ時間」に出会える。

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