再生医療の実用化に不可欠――専門家はいかにして社会とコミュニケーションをとるか?

iPS細胞を使った世界初の臨床研究が始まるなど、再生医療への期待が高まっている。

昨年9月、iPS細胞を使った世界初の臨床研究が始まるなど、再生医療への期待が高まっている。再生医療の実用化を後押しする法律や支援の整備が進むなど実用化に向けた動きが加速する中、横浜市で開催された日本再生医療学会で3月20日、社会とどのようにコミュニケーションをとっていくべきか、さまざまな分野の専門家が議論するシンポジウムが開かれた。

シンポジウムは大会長で慶應義塾大学教授の岡野栄之氏らが座長を務め、行政、生命科学、科学技術社会論、社会学、法学などの専門家が登壇した。

京都大学教授の山中伸弥氏のノーベル賞受賞や、理化学研究所プロジェクトリーダーの高橋政代氏らによるiPS細胞を使った臨床研究の開始などを受け、iPS細胞や再生医療への一般の人たちの期待は高まっている。総合研究大学院大学助教の標葉隆馬氏は、再生医療に対する一般の人たちの意識調査の結果を紹介した。

「iPS細胞という言葉を聞いたことがある」と回答した一般の人は、約1万5千人を対象とした2008年のアンケート調査では7割強だった。また、対象などが異なるので単純に比較できないものの、今月行なった調査ではそれよりも多かった。また、再生医療そのものの実用化については専門家だけでなく一般の人からの期待も高いことが示された(一方で、「キメラ動物」作成といった日常的に馴染みのない再生医療研究については一般の人たちからは否定的な見方が多いという、京都大学特定准教授の八代嘉美氏らの調査も併せて紹介された)。

再生医療への社会からの期待の高まりに対して、内閣官房健康・医療戦略室内閣審議官・次長の菱山豊氏は、「一般の人びとと専門家との間に認識のギャップがある」と指摘。具体的には、まずは安全性、次に治療効果といった有効性の確認を科学的に行う必要がまだあるということ、またそのためにも治療に使えるようになったとしても、費用がかかるということ、そもそも医療には常にリスクが伴うということを挙げた。

一方、専門家自身の課題についても言及された。

「科学の専門家と社会とのコミュニケーションは重要だが、専門家同士のしっかりとした意見、議論があるという前提があってのこと」と菱山氏は指摘。iPS細胞は安全か?再生医療に有効か?といった議論は専門家の間でもあるという。このような問題は、まずは専門家同士が科学的なデータに基づいて検討するべきことだ。ただ「危惧されるのが、学会や学術雑誌の場でデータにもとづいて議論されるべきことが、(専門家によって)政治や行政、マスコミ報道の場に出るといった、本来の専門家同士のコミュニケーションの作法が欠けてきている感じがする」と懸念を示した。

新しい医療技術が実用化され、私たちが治療を受けられるようになるためには、日本ではまず研究の一貫として臨床研究を行ない、その後、薬事法に基づく承認申請をするために安全性と治療効果を確かめる臨床試験を行なう。なお、理研の高橋氏らがiPS細胞を使い現在行なっているのは臨床研究だ。

通常、これらは医師ら専門家が研究計画をつくり、患者の同意のもと進めていく。一方、東京大学教授の武藤香織氏は、臨床研究や臨床試験のあり方やデザインを検討する段階から患者や一般の人が意見やアドバイスを述べるなど参加していくPublic and Patient Involvement:(PPI)について紹介。PPIは、英国では医療政策の中に導入されており患者が臨床試験計画のプロセスにかかわることが必須となっている。また、米国でもアメリカ国立衛生研究所(NIH)の臨床研究倫理原則ににおいて、「コミュニティとの協働」という形で盛り込まれている。一方、日本ではほとんど行われておらず議論も進んでいないという。

そこで、武藤氏らは再生医療の臨床研究のデザインについて、研究者と患者が議論をするPPIのトライアルを実施した。具体的には、遺伝性で徐々に視力が低下していく網膜色素変性症を対象としたiPS細胞を使った臨床研究の計画について、理研の高橋氏と患者で対話を行なった。高橋氏は現在、加齢に伴い視力が低下する加齢黄斑変性を対象としたiPS細胞を使った臨床研究を行なっているが、今後は網膜色素変性症にも対象を広げ、数年後の臨床研究の開始を検討している。

トライアルには研究実施者の高橋氏、倫理面でのアドバイスをする武藤氏らのほか患者ら約40名が参加。患者からは目の負担やリスクについての質疑、ほかの被験者の体験談を聞きたい、生活上の制限を早く知りたいといった要望や指摘があった。「指摘事項の多くを研究デザインの策定に反映してもらった」(武藤氏)という。

再生医療のような先端医療の研究推進と実用化に向けて、研究者や医療者、行政担当者といった専門家だけでなく、患者や一般の人たち、事業者などさまざまな人びとが一緒に進めていくというあり方が重要なカギとなりそうだ。

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