「ゾンビ施設」増殖で地方は大変なことになる

学校だけでも年間500校も廃校になっている
YOKO/PIXTA

空き家になるのは住宅ばかりではない。公共不動産の空き家化や、低利用・未利用化が目立つようになってきている。人口減少や少子高齢化はもちろん、市町村合併で不要になる庁舎が増えているほか、年間500校が廃校になっている影響で「空き校舎」も激増している。

注目を集める活用例も出てきてはいるものの、放置される物件は数多くある。公共施設が増加したのは1970年代で、多くが耐用年数を迎えている。自治体によっては管理がほとんど行われていないこともある。こうした「ゾンビ施設」や公共施設をめぐる見えざる無駄が、厳しい地方財政をさらに圧迫するかもしれないのである。

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予約の取れない「廃校」

空き公共不動産を活用し、人気を集める例もある。静岡県沼津市にある泊まれる公園「INN THE PARK」もその1つ。2017年10月のオープンから週末はほぼ予約が取れない状態が続いており、ホリエモンが紹介記事に「これ最高!」とツイートし、話題にもなった(1~2月は冬季休業)。

「沼津市立少年自然の家」を利用した泊まれる公園INN THE PARK。森の中のテントエリアには球形のテントがあり、見た目が際立っている(筆者撮影)

この施設の前身は「沼津市立少年自然の家」。林間学校と言えば分かりやすいだろう。周辺の公園と一緒に開発され、かれこれ40年以上親しまれてきたが、近隣市町にも新施設ができたことから、徐々に利用が減り、使われなくなった。市は有効活用を考えようと遊休公共不動産のポータルサイト「公共R不動産」を運営するオープン・エーに相談。事前調査を経て、再生案を公募することにした。2年前のことである。

その広告作成のために現地を訪れたオープン・エースタッフは広大な敷地と多彩な景観、蛍も見られる沢のある自然、丁寧に作られた建物、東京からの車の利便性などにポテンシャルを見た。そこで、自分たちも公募に参加することに。事前調査時点では5社が関心を示し、公募時点では3社が手を挙げたが、最終的に締め切りに間に合ったのは同社のみ。そこで、同社が再生を担当することになったのである。

林間学校当時に使われていた椅子や物干し台などを再利用、センスよくリノベーションされたロビー。雨の日の夕食はここで食べられる(筆者撮影)

まずは、既存棟と森の中に作ったテントエリアを宿泊施設として営業を開始。ゆくゆく芝生の広場にカフェ、沢の近くにバーをつくる計画もあり、サロンを利用してパーティや撮影などに使えないかという問い合わせもあるという。宿泊施設と道を挟んだところにある建物には陶芸、木工、染色ができる設備が揃っており、その活用も検討中とか。廃校が新たな使い方で生まれ変わりつつあり、可能性を感じさせる。

だが、こんな幸せな「余生」を送れる公共不動産はそれほど多くはない。国土交通省の推計によると、わが国の不動産約2400兆円のうち、国及び地方公共団体が所有する不動産は全体の24%に当たる約570兆円(590兆円という説もある)。企業所有の不動産約470兆円よりも約100兆円多い。そのうち、地方公共団体が所有する不動産は約420兆円という。

これだけの資産を持ちながら、地方公共団体が保有する公共施設やインフラ資産(道路、橋梁、上水道等)の現況をきちんと把握し始めたのはここ数年のことだ。公共建築の約半数が築30年を超しており、今後は施設の維持・管理、更新費用が膨大になることが見込まれる。

これまでの公共不動産の活用例では小中学校が多かったが、最近、多くの自治体の目が向いているのは公園。カフェがあるなど、これまでと違う使い方ができる南池袋公園(豊島区)の成功が火を点けたようだ(筆者撮影)

それに気づき、危機感を抱いた国が関係省庁連絡会議で「インフラ長寿命化基本計画」を策定したのが2013年11月。それから1年後には、総務省が地方公共団体に対して公共建築を含む公共施設の総合的かつ計画的な管理を推進するための「公共施設等総合管理計画」の策定を要請した。

それとほぼ同時に、公共不動産の可能性を探る試みが民間の手によって始まった。2013年には、前出のオープン・エー代表の馬場正尊氏が公共空間利活用の提案をまとめた『RePUBLIC 公共空間のリノベーション』を出版。2年後には、公共R不動産のサイトが立ち上がった。

2003年の東京R不動産以来、それまで評価されていなかった地域、物件を発掘、新たな価値を与え続けてきた馬場氏(筆者撮影)

誰に頼まれたでもなく立ち上げたサイトだが、作ってみると一部行政職員だけでなく、カフェや衣料販売大手も含む民間企業からの問い合わせが殺到。空いている公共施設や公園を使いたいと思っていたものの、どうアプローチしていいか分からない、教えてほしい、そんな声だ。ITベンチャーやスタートアップ企業からも廃校を借りたいと相談が相次いだ。公共空間を使いたいというニーズは確実にあったのである。

「それ以前にも空き物件情報は公開されていた。でも、それは一般の人の目が届かない行政サイトの奥深くにあった」と馬場氏は語る。「しかも、民間が借りる、使うといったスキームはなく、あるのは払い下げという上から目線の手法だけ。今では一般的になったサウンディングという事前調査の手法も横浜市が使っていたくらい」

それがこの2、3年、情報が公開されるようになったことで潮目が変わってきた。公平性を担保するため、と以前は事前に情報を出すことはタブーとされたが、最近ではあらかじめ目星をつけた企業に打診し、反応を聞いてから条件を設定するなど柔軟なやり方で利活用案を公募する例が出てきた。

行政職員が営業に回ったり、民間と使い方を考えるワークショップを開催したりという動きも出てきている。国土交通省も2016年に公的不動産(PRE)ポータルサイトを設立。今後3年で、民間に売却する以外の活用が一気に進むだろうと馬場氏は予測する。

「箱ありき」という大きな意識が強い

もちろん、建物、立地、費用対効果などの問題から、活用したくてもできない物件も少なくない。活用できるとしても、大きな問題が1つある。まずは箱を作って、運営はそれから考える、という意識の問題だ。馬場氏は現在、佐賀市で小学校をホテルに変える改修を行っているが、そこで設計と同時に運営者を一緒に募集してほしいと提案をした。民間だったら当然の考え方だ。

だが、行政の仕事では、運営者が決まっていないのに改修を先に行うプロジェクトは当たり前にある。佐賀市も当初は箱を作った後にソフトというつもりだったようだが、馬場氏の提案を積極的に受け入れたという。ただ、ほかの自治体を見ると「ハード先行・ソフト軽視」の考えは根深い。

「20世紀のプロジェクトは計画する 作る 使うという流れで生まれた。21世紀はそれが逆転していて、使う人が何をやるか どう作るか どう計画するかという流れになっている。地方ではそもそも使う人が見つからないことが多い。それを見ないふりをして、とりあえず箱さえ作ればなんとかなる、という考えはもう通用しません」と馬場氏は話す。

活用以前の問題もある。管理だ。マンションに住んでいる人なら建物を維持していくためには長期修繕計画が重要で、そのために定期的に大規模修繕が行われていることをご存じだろう。だが、驚くことに多くの地方公共団体はそうした計画を作っていない。

前述の総務省の「公共施設等総合管理計画」策定の要請を受けて、作り始めてはいるが、建築保全センターの2016年自治体ストック調査によると全体計画、個別施設計画をともに策定している自治体はわずかに5.6%。ほとんどの自治体が壊れたら直す、市民から文句が出たら修理する、といった場当たり的な対処から脱却できていないのである。

結果、公共不動産の中には、築30年近いのに一度も大規模修繕をやっていなかったり、エアコンなどの設備を交換していない建物や、雨が降る度に漏水する建物が当たり前のようにある。RC造で漏水した場合、部分的に対処するなどその場しのぎが多い。長年の漏水は躯体の劣化を加速するが、役所はそれもお構いなし。長期修繕計画がないということは長期的に全体を見る視点がないということなのである。

それでも、RC造なら築20年くらいまでは何をしなくても持つ。問題は30年近くになってから。躯体内の給排水など見えない部分の劣化が進み、適切に維持されていた以上の費用がかかるようになってくるのである。

修繕費が公共サービス悪化を招く可能性

別の問題も指摘されている。「修繕の優先順位がないため、築40年ぐらいに多額をかけて配管を更新し、それから10年後に建て替え、あるいは取り壊しといった無駄をすることもあり得る」と、静岡県熱海市で公園の指定管理者を務めた経験のある、元マンション管理会社勤務の三好明氏は話す。

建物を適切に維持管理するためには長期修繕計画はもちろん、それを適宜更新するために修繕の専門家と、現場の変化を敏感に見抜く管理者が必要だというが、多くの自治体にはそのどちらもいないという。

「建物の修繕と聞くと目に見える建築部分と考える人がいますが、実際には電気、給排水、消防施設などと多岐にわたっており、それぞれに専門家が必要。東京都や横浜市のように大きな自治体なら専門家集団がいるでしょうが、小規模な自治体ではまず無理。公共施設の維持・管理、支出にも自治体差が出てくるでしょうね」(三好氏)

そもそも、人口が少ない自治体ほど将来の公共施設更新の負担は重くなる。総務省が2011年に行った調査では人口25万人以上の街での1人当たり将来公共施設更新の負担は2万1000円ほどだが、人口が減るにつれて増え、人口3万~5万人になると4万5000円強となる。そこに見えない無駄が積み重なっていくとしたら、どれだけ不利か。公共施設の維持管理や使い方が自治体財政を圧迫し、サービスの低下となって住む人に影響する将来はすぐそこまで迫っているのである。

(中川 寛子 : 東京情報堂代表)

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