カリフォルニア銃乱射:容疑者宅の中からの生中継、〝ナイトクローラー〟と非難される

「ナイトクローラー」の主人公とニュース番組ディレクターのコンビが、MSNBCのリポーターとアンカーに、二重写しになった人々も少なからずいたようだ。

米カリフォルニア州の福祉施設で2日(日本時間3日)に発生した銃乱射事件は、14人殺害、21人負傷という多数の被害を出し、ニューヨーク・タイムズが95年ぶりに1面に社説を構え銃規制を強く訴えるなど、銃社会米国のあり方を巡る議論を再燃させている。

この事件で4日、発生現場にほど近い容疑者夫妻の自宅を家主がメディアに公開。その内部の様子について複数のテレビ局が生中継を行った。

特にニュースケーブル局のMSNBCは、夫妻の生後半年の娘のベビーベッドやおもちゃなど、映像に映し出された生活の痕跡は生々しく、スナップ写真の束や、果ては運転免許証や社会保障番号カードまでが放映されるに及び、ネットでは批判の声が集中。

スクープ専門の映像パパラッチを描いた映画『ナイトクローラー』のリアル版、との指摘も出る中で、結局、MSNBCは「遺憾」の声明を出す事態となった。

現場にいたメディアの中からも、疑問の声をまとめた記事が配信されている。

●容疑者夫婦の自宅

銃乱射事件の現場となったのは、ロサンゼルスの東約90キロの郊外、サンバ-ナディノ市にある障害者支援施設の「インランド・リージョナル・センター」。

警察との銃撃戦で死亡した容疑者夫妻の自宅はそこから東に約8キロ、サンタアナ川をはさんだ対岸、隣接するレッドランズ市にある2階建ての賃貸住宅だ。

約5000発の銃弾のほか、パイプ爆弾、爆発物の製造工具などが発見された自宅は、警察当局の捜索が終了した後、4日朝、家主によってメディアに公開されたという。

注目を集めたのは、テレビ局によるその模様の生中継だ。

MSNBCのリポーター、ケリー・サンダースさんは、カメラマンとともに2階に上がり、パソコン机のある部屋をリポートする。

警察に押収されなかったパソコンのディスプレーやキーボード、スキャナー、さらに部屋の反対側にはベビーベッド。

サンダースさんは、その枕を手にとる。さらに現場リポートをしながら、買い物かごや段ボールに入っているクマのぬいぐるみなどをおもちゃを、次々と手で取り上げては、戻し入れる。

ウォークインクローゼットの中には、子ども向けのコーランの絵本。

「写真はないの」とスタジオのアンカー、アンドレア・ミッチェルさん。

そして、2階洗面所あった容疑者家族と見られる写真を次々に手にとって画面に映し出す。

さらに2階のベッドルームに入ると、ベッドの上に広げられていた書類などの中から、運転免許証を取り上げ、その名前を読み上げ、カメラが大写しにする。

男性容疑者の母親の免許証のようだ。顔写真のほか、記載情報まで読み取ることができる。

画面には社会保障番号(SSN)カードも大写しになったようだ。日本で言えば、マイナンバーの通知カードのようなものだ。

同じ場面の中継は、CNNも放映していた。

だが、運転免許証などの身分証明書については、大写しにはせず、書類は広げられたベッドの映像を、カメラを引いて撮影するにとどめている。

●メディアからの批判

特に、身分証明書をそのまま放映したことについては、メディアからも批判がわき起こった。

ワシントン・ポストのブロガー、エリック・ウィンプルさんは、「MSNBCによるサンバーナディノ乱射犯の自宅生中継のひどさ」と題した記事で、こう述べている。

サンダースはそこにあったボールを手にとり、赤ん坊のおもちゃについてしゃべり、まず間違いなく無実の人々(容疑者の母親)のプライバシーを侵害した。

現場を記録し、何が適切かを判断し、取捨選択した形で読者に届ける。そんな時間も能力もない中で、生中継をするには極めて不向きな題材だった。

ワシントン・ポストの記者も、この自宅公開には立ち会っていたという。

この時の現場の様子を報じるのと合わせて、現場を取材することと、MSNBCの生中継との違いについて、ジャーナリスム研究で知られるポインター研究所の副所長、ケリー・マクブライドさんによるコメントを紹介している。

このような生中継は「ジャーナリズムではなくのぞき見行為だ」と。

マクブライドさんは、家主の許可があったとすれば、自宅に立ち入り、取材をすることは「完全に妥当だ」とする。ただ、それを報じる場合には、あわせて文脈を提示する倫理的な義務が生じるとし、「生中継ではそれは不可能だ」と指摘する。

さらに、マクブライドさんは、こんな懸念を述べている。

誰かのどんな些細な情報でも、手に入るものは手に入れようとうろつき回る――ジャーナリストに対しては、そんなイメージがある。今回の件は、間違いなくそのイメージを強めている。

その影響は確かにあったようだ。人々が思い浮かべたのは、映画『ナイトクローラー』だ。

●「ナイトクローラー」

日本でも今夏公開されたダン・ギルロイ監督・脚本、ジェイク・ギレンホール主演のサスペンス映画。

まさに舞台はロサンゼルス。スクープ映像を追いかけるために手段を選ばないパパラッチが主人公だ。

この中に、強盗殺人の被害者宅の内部を、警察が到着する前に、主人公が撮影して回るシーンがある。

この主人公とレネ・ルッソ演じる地元テレビ局の朝のニュース番組ディレクターのコンビが、MSNBCのリポーターのサンダースさんと、アンカーのミッチェルさんに、二重写しになった人々も少なからずいたようだ。

著名ブロガーのダニー・サリバンさんは、まさにこの点を指摘する。

つまり、MSNBCとCNNは『ナイトクローラー』のこのシーンを再現したということだな。

映画ライターのジョーダン・ホフマンさんは、ツイッターでこう述べた。

MSNBCは『ナイトクローラー』のコスプレを実にうまくやっている。

「ザ・ラップ」も、このホラー映画のリアル版を見ているような視聴者の違和感をまとめている

●MSNBCとCNNの釈明

これらの批判に対し、MSNBCは、ワシントン・ポストなどへのコメントでこう謝罪している。

MSNBCと他の報道機関は、捜査当局が捜索を終了し、家主に明け渡した後、家主によって家の中に招き入れられた。MSNBCはこの家に入った最初のクルーではなかったが、内部から生中継をしたのは最初だった。我々は、放映されるべきでない写真と身分証明カードの映像を、当否を検討することなく一時的に公開したことを遺憾に思う。

また、CNNもこのような声明を公開している。

CNNは他の報道機関と同様、家主によって家への立ち入りを承認された。写真や身分証明カードなどのセンシティブ、あるいは本人特定が可能と見られる素材については、クローズアップでの撮影をしないように、編集上の判断を意識的に行った。

(2015年12月6日「新聞紙学的」より転載)

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