ビッグデータでジャーナリズムを変える?新メディアが始動

ビッグデータを駆使した新たなジャーナリズム「データジャーナリズム」のスター、ネイト・シルバーさんが率いるニュースサイト「ファイブサーティエイト(538)」が17日、ついに公開された。

ビッグデータを駆使した新たなジャーナリズム「データジャーナリズム」のスター、ネイト・シルバーさんが率いるニュースサイト「ファイブサーティエイト(538)」が17日、ついに公開された。

日本でも注目を集めるデータジャーナリズム。その最先端のショーケースは、ジャーナリズムを根本から変える〝革命〟か、それともデータおたくのニッチサイトか。

米国での注目度は高く、ネットウオッチャーの間でも議論を巻き起こしている。

●スターの前評判

2012年の米大統領選の勝敗予測を50州すべてで的中させた前ニューヨーク・タイムズのブロガーで統計専門家、シルバーさんの新プロジェクトについては、前回投稿「〝未来のジャーナリズム〟は男性クラブか」などでも紹介してきた。

シルバーさんはデータをテーマにしたベストセラー「シグナル&ノイズ」の著者としても知られる。

大統領選の的中、タイムズのブランド、ビッグデータ......様々な目を引くキーワードとともに、新サイトの前評判は高かった。

タイムニューヨークなどのメディアは事前に長行のインタビュー記事を掲載。

「ファイブサーティエイト」の公開についても、ブルームバーグUSAトゥデーなどがこぞって報じている。

タイムズ時代の「ファイブサーティエイト」は、政治関連の話題が中心だったが、新サイトは20人近いスタッフを抱え、「政治」「経済」「科学」「暮らし」「スポーツ」の五つのジャンルをカバーする〝総合メディア〟を掲げる。

そして、実際のサイトの内容についても、データジャーナリズムに力を入れるガーディアンなどは、滑り出しとしては「まずまず」との評価をしている。

●キツネとハリネズミ

公開したサイトのトップに掲げたのは3500語にも及ぶシルバーさんのマニフェスト「キツネが知っていること」だ。

この中で、シルバーさんは古代ギリシャの詩人、アルキロコスの詩から引いたという「キツネとハリネズミ」の一節を披露。

「キツネは多くのことを知っているが、ハリネズミは一つだけ大きなことを知っている」。私たちは多元的なアプローチをとる。そして読者がニュースを多様な方法で理解する手助けができればと願っている。

「ファイブサーティエイト」のロゴがキツネのマークなのも、これに由来するという。

そして、横軸に<定量的←→定性的>、縦軸に<厳密・実証的←→逸話的・一時的>の座標軸を示し、「ファイブサーティエイト」のアプローチを説明する。

シルバーさんたちは<定量的+厳密・実証的>なエリアと位置づけた。

そしてその対極、つまり<定性的+逸話的・一時的>なエリアに位置するのが、オピニオン面のコラムニストたちで、「自らの議論の前提の検証を逃れる言い訳として、データ不足を言いつのる」とかなり口が悪い。

●既存メディアとの確執

この口の悪さは、シルバーさんの出自であるブログ文化と、既存メディアの文化の相性の悪さにも原因があるようだ。

シルバーさんは、データジャーナリズムなど新メディアの世界でこそ〝スター〟だが、ニューヨーク・タイムズの〝主流派〟のジャーナリストからは、疎まれていた、と同紙のパブリックエディター、マーガレット・サリバンさんが、かつてコラムで明かしている

ネイト・シルバーは、ニューヨーク・タイムズの文化にうまく馴染めかったんだろうし、本人もそれはわかっていたと思う。彼は、言ってみれば、破壊的なのだ。映画「マネーボール」でブラッド・ピットが演じた主人公(アスレチックスの改革派オーナー)が、スカウトたちの旧来のモデルを破壊したように、ネイトは政治取材の伝統的なモデルを破壊した。

実際に、政治ジャーナリストたちとの軋轢もあった、とサリバンさんは述べている。

●多彩なデータ分析

新サイトのコンテンツは多彩だ。

いずれもデータを駆使した記事ぞろい。

さらには、ディズニーグループのスポーツチャンネル「ESPN」傘下にあることを生かした、スポーツデータ解析も披露している。

あなたはウォレン・バフェットの10億ドルを獲得する7,419,071,319分の1のチャンスがある」という記事では、著名投資家、ウォレン・バフェットさんが、全米大学体育協会(NCAA)男子バスケットボールのトーナメントの全試合の勝者を的中させた人に10億ドルを支払うと表明していることを受け、統計的な見地から、詳細な勝率を分析している

お見事だ。

●だが、誰が読む?

新「ファイブサーティエイト」には、いくつかの批判も寄せられている

批判派の中でも、最もよく知られているのは、ノーベル賞経済学賞受賞者で、古巣ニューヨーク・タイムズのオピニオン面でコラムニストも務めるポール・クルーグマンさんだ。

よほど思うところがあるのか(シルバーさんが批判する「オピニオン面のコラムニスト」そのものでもあるし)、もう1本、追加でその続きを投稿している

もし、データそれ自体が物語ると考えているなら、あなたがやることはそれに陰で理屈付けをすることぐらいだろう。それはかなりひどいアイディアだ。

記事中で使われているデータの出典がないとか、データに対する解釈がないとか、ダメ出しの連打だ。

「ファイブサーティエイト」への批判はほかにもある。

サイトの内容がやや専門的、といえば聞こえはいいが、ニッチすぎないか、という声だ。

確かに、ビッグデータマニアには、「ファイブサーティエイト」は話の種になるサイトだが、ビジネスとしてトラフィックで勝負するとなると、話は別だ。少なくとも、現時点で、お茶の間にまで浸透するとは言いにくい。

肯定的な評価の先のガーディアンの記事も、その点には疑問符をつけている。

●競争相手、続々

データジャーナリズムへの傾斜は、「ファイブサーティエイト」だけではない。

ニューヨーク・タイムズも、ワシントン支局長だったデビッド・レオンハートさんをリーダーに、新たなデータジャーナリズムのページ「アップショット」を準備中

ワシントン・ポストの人気政治ブログ「ウォンクブログ」の担当者だったエズラ・クラインさんが、ヴォックスメディアに移籍して立ち上げるニュースサイト「ヴォックス」。さらにそのワシントン・ポストも、クラインさん移籍後の後継サイトの準備を進めており、いずれもデータジャーナリズムへの取り組みを視野に入れている。

ソーシャルメディアでの拡散重視のバイラルメディア「バズフィード」さえ、ウォールストリート・ジャーナルからデータジャーナリストを引き抜いている

データジャーナリズムは、かなり熾烈なマーケットになりそうだ。

※GQ JAPANのウェブサイトに、「ジャーナリズムの伝統と流行」というテーマで、筆者のインタビュー記事が掲載されています。「ジャーナリズムが得た新たな表現方法──平和博」。よろしければどうぞ。

(2014年3月19日「新聞紙学的」より転載)

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