3回目となる今年の「データジャーナリズム賞」が12日、主催するグローバル・エディターズ・ネットワーク(GEN)によって発表された。
今年は前年を200も上回る520のエントリーがあり、5月にファイナリスト75作品が公表されていた。
受賞したのは8つの団体と個人。ニューヨーク・タイムズ、プロパブリカなどの先頭集団は、さすがの技術力を見せつける。
だがそれだけではなく、3年連続受賞となるアルゼンチンの新聞「ラ・ナラシオン」やワシントン・ポスト、新興の「ディテクティブ・io」など、調査報道としてのインパクトをデータが支えている例も目立つ。
データジャーナリズムは、そもそも調査報道の手法として、デジタルテクノロジーを活用してきた。受賞作は、改めてそのことを思い起こさせる。
一方で受賞者の中には、読者に身近なデータと無料ツールを使って個人でデータジャーナリズムを実践し続けるカナダ「バンクーバー・サン」のデータジャーナリストや、2人で取り組むチームもある。人手と予算のない小規模メディアの参考になるだろう。
●「移民ファイル」
単一テーマのストーリー部門で受賞したのはデータ中心の調査報道プラットホーム「ディテクティブ・io」の「移民ファイル」。
「ディテクティブ」は、データジャーナリスト、ニコラス・カイザーブリルさんが率いるデータジャーナリズムのネットワーク「ジャーナリズム++」が昨年、データを使ったコラボレーション(協働)の仕組みとして、ゲイツ財団の助成金を得て立ち上げたものだ。
テーマは中東やアフリカから欧州を目指し、そして命を落とす難民や移民、亡命者たちの実態だ。
NPOによるデータを元に集計し、2000年から2013年までの間に、2万3000人以上の移民が船の沈没などで死亡したことを明らかにした。これは従来の推計を5割も上回る数字だという。
データそのものが迫力を持つ調査報道だ。
「ディテクティブ」の今回のプロジェクトは、欧州の6カ国、10人のジャーナリストによって行われた。
調査の結果は、提携先のスイスのドイツ語紙「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」、イタリアの週刊誌「レスプレッソ」、スペインのニュースサイト「エル・コンフィデンシャル」、フランスの月刊誌「ル・モンド・ディプロマティーク」などで発表されている。
データドリブン(駆動)調査報道部門で受賞したのは、ワシントン・ポストの「家を手に入れる 抵当権、喪失、利権屋」。
データ分析と丹念な取材を組み合わせた、こちらも王道の調査報道だ。
固定資産税の滞納の回収策として、滞納者の自宅に滞納分の抵当権を設定し、それを競売にかけるという制度が米ワシントンDCにある。
これを悪用する投資会社が、抵当権を買い占め、当初は100ドル程度だった滞納額に18%の年利をかけた上、高額な弁護士費用なども上乗せ。最終的に何十倍もの債務を負わせて、抵当権を行使し、滞納者が自宅を失ってしまうケースが、2005年から509件にものぼっていることを明らかにしている。
そして、マップ上に視覚化されたその509件の実例が、問題の広がりを読者に一目で理解させる。
データ視覚化部門で受賞したのはニューヨーク・タイムズの「ブルームバーグ市政:ニューヨークをつくり変える」。
昨年末に退任したブルームバーグ前ニューヨーク市長の在任期間12年で、ニューヨークの街がどのように変貌したか――新築ビル、区画整理、新設された自転車専用道路などを3Dアニメの中にマッピングし、写真の比較で見せる迫力のマルチメディア特集だ。
ニューヨーク・タイムズの技術力を見せつける作品。
データジャーナリズムのアプリケーション/ウェブサイト部門は、アルゼンチンの日刊紙「ラ・ナシオン」の「アルゼンチン政府高官の資産公開」。
ラ・ナシオンはデータジャーナリズム賞創設以来、3年連続の受賞。いずれも地道な資料収集とデータ分析による調査報道だ。
情報公開法のないアルゼンチンで、3つのNPO、30人のボランティアと協力して、800人以上の政府高官の1500件以上の資産宣誓書を手作業で入力し、データベースとして一般公開するという、4カ月がかりの取り組みの成果だ。
情報源はネット。昨年行われた総選挙での候補者の資産公開資料や、フェルナンデス政権の閣僚の資産情報を一つひとつダウンロードしていったようだ。
ただフェルナンデス大統領は、このデータベースの公開直前に新法を成立させ、政府高官の資産公開義務の範囲を狭め、伴侶や子どもの資産の詳細は非公開にしてしまった、という。
ラ・ナシオンのニューメディア・リサーチャー、フロレンシア・コレーリョさんは、これは資産公開データベースの力を恐れた政権による対抗措置だ、と英メディアサイト「ジャーナリズム.co.uk」に述べている。
個人作品部門の受賞は、カナダのバンクーバー・サンのデータジャーナリスト、チャド・スケルトンさんによる、「あなたと同じような人はいくら稼いでいる?(オンライン計算機)」など計5作品。
他の受賞作(「インタラクティブ(双方向)マップでメトロバンクーバーの通勤パターンがわかる」「バンクーバーでは自動車より自転車の方が盗まれる」「プリティッシュコロンビア州で最も活発なロビー活動は石油・ガス業界」「あなたの近所の自動車犯罪」)も、どれも読者に身近なデータを、わかりやすく視覚化・データベース化している。
使っているのは「タブローパブリック」といった無料ツールだ。
グローバルなマーケットを持つニューヨーク・タイムズなどとは、またひと味違ったデータジャーナリズムの可能性を感じさせる。
チーム/編集部による作品部門の受賞は、ストーリー部門の「移民ファイル」にも参加しているスイスのドイツ語紙「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」。こちらは2人で切り回しているデータジャーナリズムチームだという。
外部のデザインスタジオ、さらに他の記者たちと協力しながら、経済から調査報道まで、幅広いデータジャーナリズムを手がけているようだ。
●「キルン」
小規模編集部部門の受賞は、ダンカン・クラークさん、ロビン・ヒューストンさんの2人組によるデジタルジャーナリズムエージェンシー「キルン」。
ガーディアンなどを舞台に、以下のような、デザイン性の高い作品を次々とつくり出している。
「地球温暖化を引き起こしているのはどの企業だ」「気候変動:私が生きている間にどれだけ暑くなるのか?」「二酸化炭素バブルの危険にさらされているのはどの国だ」「飛行中:今現在、上空を飛んでいる飛行機を見る」「各国別 女性の権利」
審査員部門の受賞はプロパブリカの「銃規制法案に何が起きたのか?」。「審査員部門」は、〝プロパブリカ部門〟とでも呼ぶべき独自のデータジャーナリズムを展開するこの調査報道チームのために創設したようだ。
受賞作は、銃規制に関して上院に提出された9法案についての、各議員の投票結果について、顔写真のアニメーションによって、次々と表示できるアプリケーションだ。
2012年の「オンライン海賊行為防止法案」(SOPA)「知的財産保護法案」(PIPA)審議をめぐる騒動のときに、「SOPAオペラ」で使った手法で、プロパブリカの得意技の一つだ。
(2014年6月15日「新聞紙学的」より転載)