米社会分断に狙い、ロシア製3500件のフェイスブック広告からわかること

様々に読み解きができそうだ。

フェイクニュースで揺れた米大統領選に、ロシアはどのように介入していったのか――それを探る上で、一つの手がかりとなるデータが公開された。

米下院情報特別委員会の民主党は10日、ロシアのフェイクニュース工作(トロール)の専門業者「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」が、米大統領選をはさむ2015年から2017年にかけてフェイスブックに出稿した広告3500件を超すの画像と関連データを、PDFファイルで公開した。

ファイルのデータ量は合わせて8.8ギガバイト。

ロシアによるネットの情報戦略は、候補者への直接的な攻撃もさることながら、人種問題や銃問題など、米国社会の分断に力点をおいており、フェイスブックのユーザーもまた、そのようなテーマに敏感に反応していたことが、はっきりと浮かんでくる。

●8.8ギガ、3517件

2016年の米大統領選を焦点としたロシアの介入疑惑については、主な舞台となったフェイスブック、グーグル、ツイッターの幹部が、昨年来、連邦議会で証言。11月には、その概要を米下院情報特別委の民主党が公開している

この時に、14点のフェイスブック広告などのサンプルも公開されていた

「インターネット・リサーチ・エージェンシー」がフェイスブックに掲載したとされる広告は、全部で3519件(当初発表は3393件)。これらの広告は、1140万人以上の米国人の目に触れたという。

このほかに、470のフェイスブックページで、8万件の投稿が公開され、1億2600万人以上の米国人の目に触れたとされている。

今回、下院情報特別委の民主党が公開したのは、このフェイスブック広告のほぼ全件、3517件だ。個人情報保護のため、「一部を編集した」としており、画像が黒塗りになっているものもある。

2015年6月から大統領選をはさんで2017年8月まで、圧縮ファイル11本で合計8.8ギガというかなりのデータ量だ。

CNETによれば、データを公開した下院民主党は、ロシアのフェイスブック広告を、テーマごとに「イベント」「アフリカ系アメリカ人」「移民」「修正憲法第2条(武装権)」「テキサスの心」「LGBT」「ムスリム」「退役軍人」「候補者」の9つのカテゴリーに分類しているという。

ここでは、公開されたデータのうち、表示回数(インプレッション数)の多かったものから、その特徴を見ていくことにする。

●100万回表示

3517件のファイルはPDFのため、すべてをテキスト変換。変換がうまくいった3515件のデータを整理した上で、今回公開されたフェイスブック広告の、おおまかな傾向を探ってみた。

表示回数を見ていくと、最も多かったのは、「勇敢な警察官を支援する人々のコミュニティ。警官支援を」(アカウント:バック・ザ・バッジ)と題した2016年10月19日の広告だ。

表示回数は133万回、クリック数は7.3万件。サンプル画像ではいいね」の数は11万件になっている。広告料は11万ルーブル(約19万5000円)。

表示回数が100万回を超えているのは、この1件だけだ。

「警察」は米世論を大きく分けるテーマだ。この広告では「警官支援」を打ち出しているが、後述の人種問題などでは、警察批判の色彩が強くなる。

今回公開されたデータには、それぞれの広告の「ID」「広告文(テキスト)」「ランディングページ」「ターゲット(表示地域<国・州・都市>、年齢、言語、表示先、表示ユーザー<関心領域>)」「表示回数(インプレッション)」「クリック回数」「広告料」「広告制作日時」が含まれている。

試しに今回公開された「広告文」に、「警察(ポリス)」で検索をかけてみると、450件ほどがヒットした。

データの整理が粗いので、単なる目安に過ぎないが、多用されていたテーマであることはわかる。

また、ターゲットユーザーの関心領域を検索してみると、190件ほどがヒットした。

ただ、「警察不正」「警察陵虐」などの記述も目につき、支援と批判、両方の立場のユーザーにアプローチする狙いがわかる。

表示回数の上位20位までを見ていくと、9位にやはり「警察」がテーマになっている広告がある。

「さあ一緒に! 警察の支援を!」というインスタグラム向け広告が表示回数42万回、クリック数は0.9万件となっている。

●移民と国境

2番目に表示回数が多かったのは、「ブラウン・パワーは米国のメキシコ人のための教育、エンターテイメント、そして連帯のためのプラットフォームです」(アカウント:ブラウン・パワー)という2016年12月9日の広告だ。

表示回数は97万回、クリック数は5.6万回。「いいね」は20万回。

3億人を超す米国の人口のうち、60%超の白人に次ぐ17%を占めるのがヒスパニック。うち6割を占めるのがメキシコ系だ。

移民問題、国境問題も絡み、「メキシコ」もまた米国で関心の高いテーマだ。

●黒人をめぐって

3番目に表示回数が多かったのは、黒人問題。「目を覚まし、我々のコミュニティをつくり上げ、人々を向上させよう。さあ一緒に! 目覚めよ黒人たち」(アカウント:ウォーク・ブラック)という広告だ。

表示回数は75万回、クリック数は3.3万回。「いいね」は8万回。

黒人問題は、今回公開された広告の中で、最も目につくテーマだ。人口構成では、ヒスパニックに次ぎ、12%ほどを占める。

表示回数の上位20位までを見ると、実に10本を黒人問題が占めている。

4位:「さあ声を大にして:私は黒人、私の誇りだ」(アカウント:ブラックティビスト)[53万表示、3万クリック、39万いいね]

7位:「このビデオはあなたの涙を誘うかもしれない。拡散しよう。我らのコミュニティにはこの結束が必要だ」(アカウント:ブラックティビスト)[50万表示、5万クリック、2.5万いいね]

8位:「アトランタから来たこの美容師は驚きだ。超音速でドレッドヘアーを編み上げる」(アカウント:ブラックティビスト)[49万表示、2.6万クリック、4.6万いいね]

10位:「黒人であることは我らの誇り。コミュニティのために立ち上がれ!一緒に米国の人種差別を終わらせよう」(アカウント:ウィリアム&ケビン)[37万表示、1.6万クリック、4.8万いいね]

12位:「黒人の向上を。黒人のコミュニティ」(アカウント:ブラック・マターズ)[36万表示、2.5万クリック、22万いいね]

13位:「目を覚まし、我々のコミュニティをつくり上げ、人々を向上させよう。さあ一緒に! 目覚めよ黒人たち」(アカウント:ウォーク・ブラック)[30万表示、1.7万クリック、8.2万いいね]<※3位のものと同じ広告だが、掲載時期が別>

16位:「バレエダンサーがモダンダンスとバレエを融合できる時」(アカウント:ブラック・マターズ)[29万表示、2.3万クリック、6.2万いいね]

17位:「アフリカ系アメリカ人の公民権運動!」(アカウント:ブラックティビスト)[29万表示、1.3万クリック、39万いいね]

20位:「このビデオを見たら笑いが止まらない。#父と娘の会話」(アカウント:ブラックティビスト)[25万表示、2.3万クリック、2.5万いいね]

同じ黒人問題をテーマにしていても、あおるような文面ばかりでなく、バイラル動画なども織り込んで、ソーシャルメディア的な緩急のバランスをとっているようでもある。

今回公開された広告文を検索してみると、「ブラック」は1000件超がヒットする。

●愛国主義、南部、宗教と銃

5位には愛国主義、6位と15位には南部連合、と保守的なテーマが続く。

5位:「団結して立ち上がれ! この声が届くすべての愛国者を歓迎する。旗を掲げ、ニュースを!」(アカウント:ビーイング・パトリオティック)[53万表示、7.2万クリック、2.2万いいね]

6位:「ヘイトではなくヘリテージ(伝統)を。南部は再び立ち上がる!」(アカウント:サウス・ユナイテッド)[51万表示、4万クリック、1.4万いいね]

15位:「(南部連合旗をペイントした)これはただの車、ヘイトのシンボルじゃない。それがわかるならさあ一緒に」(アカウント:サウス・ユナイテッド)[30万表示、1.7万クリック、1.4万いいね]

さらに、11位と18位にはキリスト教、14位では銃が扱われている。

11位:「ともに、信仰のための輝ける導き手に! さあ一緒に神への道を照らそう!」(アカウント:アーミー・オブ・ジーザス)[37万表示、2.8万クリック、2.2万いいね]

18位:「神の軍として、我らの信仰を守るために団結して立ち上がろう!」(アカウント:アーミー・オブ・ジーザス)[28万表示、2万クリック、2.2万いいね]

14位:「憲法修正第2条(武装権)の支持者、銃愛好家と愛国者のコミュニティ」(アカウント:ディフェンド・ザ・セカンド)[30万表示、2.5万クリック、9.7万いいね]

●候補者へのターゲットは

表示回数順に上位20位までを見てきたが、ここまでで米大統領選の候補者を取り上げた広告は出てきていない。

では、候補者をテーマにした広告はどうだったのだろうか。

下院情報特別委が昨秋に先行公開したいくつかのフェイスブック広告の中には、候補者関連のものも含まれていた。

だが、いずれもユーザーの関心を大きく集めたとはいえない。

「ヒラリー・クリントンはオバマの反警察、反憲法プロパガンダの共謀者だ。ヒラリーを倒せ!」(アカウント:ビーイング・パトリオティック)(1.5万表示、0.1万クリック、700いいね)

これを表示数のランキングでみると、556位。1位の「警察支援」の広告では広告料が11万ルーブルなのに対し、こちらは1.4万ルーブルと1けた違うが、表示数では2けた違う。

「バーニー・サンダース:クリントン財団は"問題"だ」(アカウント:ボーン・リベラル)[0.2万表示、200クリック、100いいね]

これは、表示数ランキングでは1482位だ。

広告文に支援、反対含めて「トランプ」の名前を入れているのは、3500件超の中で80件足らず。

トランプ支持をはっきり打ち出している内容では、「#キッズ・フォー・トランプ」という、支持者に子どもの写真投稿を呼びかけるキャンペーンのインスタグラム広告が16.5万表示(34位)を集めているほか、「フロリダはトランプ支持」のイベント広告が5.9万表示(123位)となっている。

●激戦州への広告は

ロシアによるフェイスブック広告の一部は、注目が集まっていた激戦州を表示地域に指定していたことが、これまでにも明らかにされていた。

では、具体的にどのような指定が行われていたのか。

実際に見てみると、表示地域指定があった3500弱の広告のうち、2600件超、8割近くは「米国」のみの指定(英国など外国追加指定を含む)で、州などの具体的な地域の絞り込みはされていなかった。

州レベル以下の個別指定がある中で、激戦州の状況を見てみる。

するとトランプ氏が45万票差で勝ったオハイオ州の地域指定は、168件にのぼった。

やはりトランプ氏が21万票差で勝利したジョージア州も125件。同じくトランプ氏が11万票差で勝利した大票田のフロリダ州は43件。

一方で、クリントン氏が21万票差で勝ったバージニア州は50件だった。

激戦州の中でも、大接戦となったところはどうか。

トランプ氏が1万票差で競り勝ったミシガン州は36件。同じく票差2万票でトランプ氏が勝利したウィスコンシン州は21件。

3000票足らずの僅差でクリントン氏が辛勝したニューハンプシャー州は1件のみだった。

このほか、ノースカロライナ(27件)、ペンシルベニア(20件)、アリゾナ(15件)、アイオワ(1件)、ネバダ(1件)、コロラド(0件)、ユタ(0件)

また、激戦州ではないが、大票田ではニューヨーク(167件)、カリフォルニア(61件)などとなっている。

全体から見れば、地域指定の広告は限定的だが、戦略的に配信していたことは間違いないようだ。

●分断と脆弱性

ロシアの米大統領選介入が、直接的な候補者支援や攻撃よりも、分断に重きがおかれていたのだとすれば、それを米国社会の大きな脆弱性と捉えた、ということになる。

ソーシャルメディアなどのテクノロジーの普及と社会の脆弱性の問題を考える上でも、今回公表されたデータは、様々に読み解きができそうだ。

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(2018年5月14日「新聞紙学的」より転載)

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