メディアの危機とフェイクニュースの氾濫を、シリコンバレーがつなぐ

メディアの危機とフェイクニュースの氾濫を、シリコンバレーがつなぐ

20にものぼるソーシャルメディア対応に追われながら、高コストのニュースコンテンツに見合う、収益の道が見えないメディア。

低コスト、低品質、高拡散で、リアルニュースを圧倒するフェイクニュース。

この二つの現象を同一線上でつなぐのが、ソーシャルメディアのビジネスモデルとアルゴリズムであり、それを運営するフェイスブックやグーグルなどのシリコンバレー企業だ――。

コロンビア大学トウ・デジタルジャーナリズムセンターが、ニュースメディアの危機とフェイクニュースの氾濫を、プラットフォームとの関わりから分析した報告書「プラットフォーム・プレス シリコンバレーはジャーナリズムをいかに変容させたか」をまとめている。

ニュースメディアによるプラットフォーム依存と、自らメディア化する現実の中で、その責任を負いきれずにいるプラットフォーム。

報告書は、フェイクニュース問題の背景として、そんなメディアの生態系のゆがみを指摘する。

●70人を超すインタビュー

報告書は3月末に公開。8月23日には、報告書に収容されたプラットフォームとメディアをめぐるタイムラインの、インタラクティブ版を公開している

まとめたのは、コロンビア大学ジャーナリズムスクール教授でトウ・デジタルジャーナリズム・センター所長のエミリー・ベルさんと、ブリティッシュコロンビア大学助教のテイラー・オーエンさんら。

研究プロジェクトの概要は、すでに昨年6月にコロンビア大ジャーナリズムスクールで行われた公開イベントでも紹介されていた

報告書は、70人を超すメディア関係者へのインタビューや、14のニュースメディアのコンテンツと21のプラットフォームのデータをもとに、メディアとプラットフォームの現状と課題を分析している。

●スケールとシェアビリティとフェイクニュース

2016年の米大統領選で"フェイクニュース"が明らかになったことで、ソーシャルプラットフォームはコンテンツ配信の判断について、しっかりとした責任を負わざるを得なくなった。だがこの混乱は、より大きな問題に起因している。ソーシャルプラットフォームの構造とビジネスこそが、高品質のコンテンツをおさえ、低品質のコンテンツが拡散する原動力となっているのだ。権力に対する調査報道や、これまで見逃されてきた地域コミュニティに手を差し伸べる、公共的な価値の高いジャーナリズムは、ユーザーのスケール(規模)とシェアビリティ(共有のしやすさ)を優先するシステムによって、冷遇されているのだ。

報告書は、コンテンツの質とソーシャルメディアのプラットフォーム、フェイクニュースの氾濫との関係について、こう整理する。

高品質のジャーナリズムをつくり出し、配信するためのコストは、メディアのプラットフォームの利益を減少させる。その一方で、フェイクニュースや虚偽コンテンツを配信する人々が、それをつくり出すのは数秒。そして、数万ドルの利益を上げることができる。最も穏当なケースで言えば、それは感動話だ――あるいは最近ありがちなのは、動物感動話だが。反対側のケースで言えば、それは人の恐怖心や政治的な忠誠心につけこんだり、誇張や捏造で煽ることによって成功をおさめる、というタイプのコンテンツだ。

フェイクニュースは、コストはかからず、金になる。それを支えるプラットフォームがあるからだ。

ユーチューブやフェイクブックのようなプラットフォームの力学とアーキテクチャは、これらチープにつくり出させるコンテンツの、豊かな温床となってきた。フェイスブックとグーグルはいずれも、そのような儲けに吸い寄せられた雑多な人々によって、ゴミのようなコンテンツが、自動的に、あるいは入念に量産されていくことに対して、懸念を表明している。だが、低品質でセンセーショナル、捏造コンテンツのページを生み出す原動力になっている収益システムこそが、その同じ仕組みの中で、真面目な報道がどう頑張っても、低品質なコンテンツの氾濫を見せつけられるだけ、という現状も生み出している。

現状では、ソーシャルメディアのプラットフォームは、フェイクニュースには追い風に、ジャーナリズムには逆風になっている、との指摘だ。

それだけではない。フェイクニュースの氾濫は、プラットフォームやメディアそのものの、信頼の毀損にもつながっている、と報告書は指摘する。米大統領選で、その批判は特にフェイスブックを標的として向けられた。

フェイスブックのプラットフォームにおける、バイラルな虚偽情報の拡散による悪影響は、疑問の余地がない。経済的、政治的状況が、フェイクニュースをつくり出し、プロモーションによって、瞬く間に拡散させることを後押ししている。だが、それはユーザーがフェイスブックに寄せる信頼を傷つける危険もはらむ。それだけでなく、フェイスブック上では、様々なタイプ、品質のコンテンツが混在し、見分けがつかなっている。そのため、この信頼に対する危機の問題は、確実にさらに幅広い議論へと発展していくはずだ。公共空間における、信頼できる情報とは何か? そして、ジャーナリズムの役割とは何か?

メディア空間そのものへの信頼が揺らぐ。それこそが、フェイクニュースが与える悪影響の、一番の問題点だ。

●メディアとプラットフォームのしがらみ

メディアはテクノロジーの変化に対応する。そしてその中で、テクノロジーの側もメディアを変えていく。

メディアは、それぞれの記事について、各ソーシャルメディアにフィットし、よりよいパフォーマンスが上げられるよう、微調整を続けている。この作業は、必然的にジャーナリズムの見せ方や、トーンの変化を伴う。メディアは、それがパフォーマンスを測る指標の一つにすぎず、報道機関の核となる価値は、それによって変化することはない、というかもしれない。しかし、オーディエンス戦略やソーシャルプラットフォームエディターの重要な役割は、パフォーマンス増加のために、どのコンテンツをてこ入れするかを選ぶことにある。あるメディア関係者はこういう。もし、オーディエンスチームが、その記事はパフォーマンスが期待できない、と考えれば、その記事が選ばれることはないだろう、と。

メディアとプラットフォームのしがらみを端的に示すのが、14のニュースメディアによる21のプラットフォームへの対応状況を示すマトリックスだ。

そのすべてに対応するウォールストリート・ジャーナル(21対応)からヴァイス・ニュース(9対応)まで濃淡はあるが、おおむね幅広くプラットフォームに対応していることがわかる。

ソーシャル対応は、メディアにとってのコストとなり、さらにはプラットフォームの動向に振り回される、という結果にもつながる。

新たなツールは、新たなコストをもたらす。我々のインタビューによれば、報道機関の組織、ワークフロー、そしてリソース配分は、ますますプラットフォームによって牛耳られていく。メディアはかつて、まずソーシャルメディアエディターを置いた。そして、だんだんと特定のプラットフォームごとに専任のスタッフを置き、特定のプラットフォーム向けのコンテンツをつくり、それによるエンゲージメントに取り組むようになってきた。さらに、こういったチームこそが、編集局の中心に位置するようになってきたのだ。

スケールを追求するバイラルコンテンツは、そんな編集局にも浸透してきている。

スケールへの需要は、ジャーナリズムのメディアをも、バイラルでクリックベイト(釣り)のコンテンツづくりへとせき立てる。バズフィードは、優れたジャーナリズムの業績をつくり出す一方で、その収益を牽引するのはバイラルコンテンツだ。そして、多くの既存メディアも、バズフィードのアプローチを見習うようになった。

問題は、それだけのリソースをあてながら、それに見合う十分な収益がもたらされない、という点だ。

このため、プラットフォームへの依存度には、メディアによって大きな判断の違いも出ている。特にはっきり表れているのが、フェイスブックのモバイルコンテンツ配信サービス「インスタント記事(アーティクルズ)」への対応だ。

「インスタント記事」のスタート当初は、コンテンツのモバイル上での高速表示と、今では20億人を超えたフェイスブックの膨大なユーザーへのリーチを目指して、コンテンツそのものをフェイスブック側のサーバーに置いて発信する「ネイティブ」対応をするメディアも多かった。

だが、ユーザーの閲覧データ開示が不十分、効果が見られない、などの不満から、自社ホームページへの誘導に切り替えるメディアも増えてきた。

「インスタント記事」への配信の96%が「ネイティブ」のワシントン・ポストを筆頭に、ハフポスト、ヴォックス、FOXニュース、バズフィード・ニュースなどは、いずれもなお「ネイティブ」配信が9割上にのぼる。

だが、シカゴ・トリビューン、ロサンゼルス・タイムズ、ニューヨーク・タイムズの新聞3社とヴァイスは、「ネイティブ」配信からは撤退し、100%自社ホームページへのリンクとなっている。

●メディアにとっての解決策とは

メディアとプラットフォーム、フェイクニュースをめぐる問題の根底にあるのは、アルゴリズムの不透明さだ。コンテンツの取捨選択の基準となるアルゴリズムは、非開示であるばかりでなく、しばしば変更される。

さらに、ネット広告の収入の大半が、グーグル、フェイスブックという大手プラットフォームの寡占状態にある、という事実も、突出している。

では、特にメディアにとって、プラットフォームをめぐるこれらの問題点の、持続可能な解決策とは何か?

それは、プラットフォーム依存からの脱却であることは明らかだ、と報告書は指摘する。

大手テクノロジー企業の関心は、さらなるコンテンツの細分化と自動化の推進だ。そのいずれも、公共の利益としてのジャーナリズムの役割と折り合いをつけることは難しい。

独立性を確保したいと思うなら、報道機関はソーシャルメディアの生態系から離れて、その仕事を金銭的に支えるモデルを見つけ出す必要があることは、明らかだ。それは、プラットフォームをオーディエンスにリーチし、エンゲージするためのツールと割り切って利用しながら、コンテンツのマネタイズ(現金化)に関しては、プラットフォームには依存しない、というやり方かもしれない。

その大きなトレンドの一つが、コンテンツ課金への移行だ。

すでに、そのような動きも見え始めている。

米国・カナダの2000社が加盟する「ニュースメディア連合」(旧新聞協会)は7月、連邦議会や政府に対し、業界としてのカルテル(共同行為)を規制する独占禁止法から、メディア業界を免責するよう求める意見表明をしている

「ニュースメディア連合」が具体的に求めているのは、「(ニュースコンテンツの)著作権保護」「(それぞれのサイトにおけるニュースサイトの)課金システムに対する支援」「(広告による)収益の分配とユーザーデータの共有」の3点だ。

これに対しフェイスブックは、ニュースへの課金の仕組みに対応し、10月にも試験的に導入を始める予定だと表明している。

ネットメディア「ザ・ストリート」などによると、フェイスブックのニュース・パートナーシップ担当で、CNNのキャスター出身のキャンベル・ブラウン氏が、7月18日にニューヨークで開かれたメディア業界のイベントで、ネット課金対応の方針を明らかにした。

具体的には、「インスタント記事」でユーザーの閲読数が月に10本程度を超過すると、メディアの課金申し込みページに誘導する、という仕組みを検討中だという。

フェイスブックが1月に立ち上げたジャーナリズム支援プログラム「フェイスブック・ジャーナリズム・プロジェクト」の一環との位置づけだ。

フェイスブックは6月、「ハードクエスチョン」と題したフェイクニュース対策への意見募集を公開。その取り組みの難しさについても、表明している。

アルゴリズムの透明性、コンテンツの取捨選択における「編集」機能の導入など、プラットフォーム側が取り組むべき課題はまだ山積する。

ただ、少しずつだが、課題の共有と対処は始まっているようだ。

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