パリ同時テロと〝ゲーマーゲート〟:ジャーナリストがテロリストに仕立て上げられる

パリ同時多発テロの発生直後、カナダ在住のジャーナリストが、ツイッターの投稿写真で、テロリストに仕立て上げられる騒ぎがあった。

パリ同時多発テロの発生直後、カナダ在住のジャーナリストが、ツイッターの投稿写真で、テロリストに仕立て上げられる騒ぎがあった。

ツイッターで公開していた自撮り写真を自爆ベスト姿に改竄され、拡散。メディアにまで掲載されてしまった。

しかもこの騒動には、ネット上のムーブメント「ゲーマーゲート」との関わりも取り沙汰されている。

パリのテロではこのほかにも、現場で死亡した女性テロリストとしてモロッコ在住の別人の写真が拡散。やはりメディアの1面に掲載される事態が起きた。

●自爆ベストとコーラン

パリ同時多発テロは、現時時間の13日夜9時半前後に、相次いで発生した。

その約2時間後、ツイッターにこんな投稿が送信される。

パリの自爆テロ犯の一人の写真が公開された。犯人は襲撃の直前にツイッターに写真を投稿していた。

ターバン姿に自爆ベストをつけ、コーランを手に、笑顔で浴室でたたずむ男性。

男性の写真はネットで拡散し、スペインの全国紙「ラ・レゾン」が1面で「テロリストの一人」として顔写真を掲載

イタリアのテレビ局「TG24」や、インドのメディアにまで取り上げられたという。

この男性は、カナダ・モントリオール在住のジャーナリスト、ヴィーレンダー・ジュバルさん。テロとは何の関係もなかった。

ただ、ジュバルさんが闘ってきた相手はいた。

「ゲーマーゲート」だ。

●「ゲーマーゲート」と闘う

米国のゲームコミュニティで昨夏から動き出したムーブメント「ゲーマーゲート」は、ゲーム批評の公正性をめぐる議論に端を発し、女性へのハラスメント、個人情報の暴露、殺害予告などといった騒動が起きるごとに注目を集めてきた。

以前に「『ゲーマーゲート』の騒動はどこまで広がるのか」でも紹介したが、脅迫メールにより、自宅から避難せざるをえなくなった被害者も出ている。

これに対して昨年10月、「#StopGamerGate2014」というハッシュタグで、反ゲーマーゲートのキャンペーンに乗り出したのが、ジュバルさんだった

すると、ゲーマーゲート側からのジュバルさんに対する攻撃が激化。

ゲーマーゲートによる被害も、ツイッターの前CEOのディック・コストロさんが対策を表明する事態になったという。

だがついに今年2月には、ジュバルさんはいったんツイッターの休止を宣言するに至る

その後、ツイッターは再開したが、いやがらせは続いたようだ。

●アイパッドの自撮り写真

今回、拡散した写真のもとになったのは、今年8月にジュバルさんが浴室の鏡を使い、アイパッドで撮影した写真だ。

今回、テロの2時間後にこの写真をツイッター投稿したのも、この時と同じ人物たちだったようだ。

すでに投稿に使われたアカウントは削除されているが、ヴァイスのスタントンさんは過去のツイートのやりとりなどを検証し、ゲーマーゲートのとのつながりを指摘。

アカウントの持ち主も特定され、ジュバルさんは訴訟を検討中だとしている。

デイリービーストのアーサー・チューさんは、自らもゲーマーゲートから嫌がらせを受けてきた、と明らかにしている。

自身の写真も自爆ベスト姿に改竄されたとし、これがゲーマーゲートの手口だと指摘する。

シーク教徒であるジュバルさんは16日に、こんな声明文を発表している

パリとベイルートで先週発生した暴力の暗鬱な恐怖に対し、世界2500万人のシーク教徒と15億人以上のイスラム教徒が喪に服している。私の写真を掲載したメディアは、すみやかに削除し、謝罪してほしい。そして、世界で5番目の規模を持つシーク教について、読者が学ぶ時間をとってほしい。

●「バスタブの殺し屋」

ニューヨーク・ポストは20日、1面に「バスタブの殺し屋 これがパリの自爆犯」の見出しで、入浴中の女性の写真を掲載した。

テロの首謀者とされるアブデルハミド・アバウド容疑者のいとこで、鎮圧のさなかに死亡(当初は自爆と伝えられた)した女性、ハスナ・アイトブラシェン容疑者の写真と伝えていた。

デイリーメールなど複数のメディアも、この写真を掲載していたようだ。

ところが、写真の女性は死亡してはいなかった。

CNNによると、この女性はモロッコ在住のナビラ・バカッサさん。

この女性の場合は、ソーシャルメディアに写真を投稿していたわけでもないようだ。

絶縁していたフランス在住の旧友が、嫌がらせとして写真をジャーナリストに売ったのだという。

CNNの取材に、こう述べている。

私の人生は激変してしまった。仕事にいくのもやめた。そして、外出することもできず、どこまでも続く恐怖の中で生きていくのです。

女性は、写真を売った旧友と、それを買ったジャーナリストに対する訴訟を検討中だという。

ちなみにニューヨーク・ポストは2013年4月のボストンマラソン爆破テロでも、現場にいた無関係の高校生の写真を、捜査当局が行方を追う人物として、やはり1面に掲載した経緯がある。

(2015年11月28日「新聞紙学的」より転載)

【追記】12月1日16:00

ただジュバルさんの事件とゲーマーゲートの関わりについて、ジャーナリストのキャシー・ヤングさんは、「リアルクリアポリティクス」の記事で、この改竄をおこなった人物たちが、ゲーマーゲートの周辺にかつていた、あるいは外部から来た〝荒し(トロール)〟ではないか、と指摘している。

この中で、ヤングさんは実際の画像改竄をしたという人物と、それをテロ発生後にツイッターに投稿したという人物にコンタクトしたとしている。

改竄をしたという人物は「ゲーマーゲートを名乗ったことはない」とし、画像改竄はあくまで冗談のつもりだった、としているという。

また、改竄画像を投稿をしたという人物は、ゲーマーゲートとの関係については触れなかったが、ツイートによってジュバルさんがテロリストに間違われたことについては「反省している」と述べたという。

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