ヘイトスピーチ排除と表現の自由、欧州の対ソーシャルメディア規制に温度差

ヘイトスピーチ動画などの排除をめぐってソーシャルメディアの規制に動き出しているEU。規制のあり方をめぐっては温度差がある。

ヘイトスピーチ動画などの排除をめぐり、欧州連合(EU)がソーシャルメディアの規制に動き出している。

EUの行政機関にあたる欧州委員会(EC)は5月25日、「2010年オーディオ・ビジュアル・メディア・サービス指令(AVMSD)」の改正提案を発表した

フェイスブックやユーチューブなどのソーシャルメディアが規制対象となる。

改正作業は今後、欧州議会、閣僚理事会、ECのトリローグ(三者対話)で進められる。

EU内では、表現の自由の観点から、よりソーシャルメディア側の自主的取り組みを重視する声も強く、今回の改正提案も自主規制を法規制を組み合わせた「共同規制」を掲げている。

ただ、規制のあり方をめぐっては、EU内にも温度差がある。

すでにドイツ政府は、ソーシャルメディア上のヘイトコンテンツをめぐって、ソーシャルメディアがヘイトスピーチやフェイクニュースなどの違法コンテンツをすみやかに削除しなかった場合、最大5000万ユーロの罰金を科す法案を作成している。

まだ、EU離脱を表明した英国では、ユーチューブ上でヘイト動画に政府などの広告が掲載されていることが発覚。議会からは、ソーシャルメディア側の対策は「極めて不十分だ」として法規制を求める報告書が公開されている

一方、英ガーディアンは、フェイスブックがこれまで明らかにしてこなかった、コンテンツ削除の線引きに関する詳細な内部文書を暴露。複雑で奇妙な、コンテンツ削除の実態を明らかにした

ソーシャルメディアの「メディアとしての責任」と表現の自由、法規制のせめぎ合いが、加速度的に動き始めている。

●欧州委員会の提案

5月25日に発表されたのは、EU域内でのテレビ・ネットなどの映像コンテンツ流通と規制に関する「2010年オーディオ・ビジュアル・メディア・サービス指令(AVMSD)」の改正提案

注目されるのは、ヘイトスピーチ動画などの違法コンテンツ対策の義務を、ソーシャルメディアに課すという点だ。

改正指令によって、加盟国は、動画共有プラットフォームの提供事業者が、適切な対策(共同規制が望ましい)を導入し、(1)未成年を有害コンテンツから保護する(2)すべての市民を暴力やヘイト扇動コンテンツから保護するよう、措置を講じる義務を負う。

欧州委員会のデジタル単一市場担当副委員長、アンドルス・アンシプ氏は、この改正提案にこうコメントしている

我々は動画視聴の新たなスタイルを考慮に入れ、サービスのイノベーションを促進し、域内の映像産業を推進するとともに、より効果的な方法で子どもたちを守り、ヘイトスピーチに対処するための、適切なバランスを探っていく必要がある。

改正作業は欧州議会、閣僚理事会、欧州委員会のトリローグ(三者対話)を経て、年内にも成立する、と見られている

改正提案の特徴は、対ソーシャルメディアの規制について、法による直接的な規制ではなく、自主規制と法規制を組み合わせる「共同規制」に言及している点だ。

●「行動規範」の取り組み

ソーシャルメディアによるヘイトスピーチ排除の取り組みは、すでに昨春から行われている。

これは、欧州委員会とフェイスブック、グーグル、ツイッター、マイクロソフトが昨年5月31日に合意した「行動規範」に基づくものだ。

ベースとなっているのは、「2000年電子商取引指令」などで取られている「通知と対応」の仕組みだ。

ヘイトスピーチのコンテンツの存在について通知を受けた場合、削除などの適切な対応を取る限り、ソーシャルメディア側の責任は制限される、という建て付けだ。

具体的には、通知を受けてから24時間以内にその大半について確認作業を行い、必要であれば削除、非表示などの対応を取る、などのルールを自主的な取り組みとして実施。

その結果を、加盟国のNGOや公的機関が半年ごとに評価している。

それによると、「ヘイトスピーチ」として通知のあったうち、59%で削除の対応がとられ、半年前の28%から大幅な改善が見られたという。また、通知から24時間以内の確認作業についても、40%から51%へと向上している。

欧州委員会によるAVMSDの改正提案は、先行する合意ベースのこの自主的な取り組みに、法的な枠組みを与えるものだ。

だがそこに、高額の罰金をともなう厳格な規制法案が浮上する。ドイツのヘイトスピーチの対策法案だ。

●ドイツで罰金法案

ドイツでは、ソーシャルメディアに対し、ヘイトスピーチなどの明確な違法コンテンツであれば24時間以内、違法かどうかの見極めが難しい場合でも1週間以内に削除などの対応を取らなかった場合には、最大で5000万ユーロ(62億円)の罰金を科す法案を、4月に閣議決定。国会で審議されている。

これは、「行動規範」ですでに自主的に実施されている取り組みに、高額の罰金を追加することになる。このため、法案が成立すれば、欧州委員会の指令改正の方向性と齟齬が生じてしまう、との指摘もEU内部から出ているようだ

また高額の罰金が導入されることで、ソーシャルメディア側がコンテンツ削除のハードルを下げ、表現の自由に踏み込む可能性もある。

特に欧州委員会のデジタル単一市場担当副委員長で、指令改正を担当するアンシプ氏は、この点に対する懸念をすでに繰り返し表明している。4月に出した声明で、アンシプ氏は、基本的人権、表現の自由を強調した上で、こう述べている。

フェイクニュースは悪いことだ――だが、真理省はもっと悪い。

「真理省」とは、オーウェルの反ユートピア小説『1984年』で、ビッグブラザーが率いる党の、プロパガンダを担当し、歴史的記録や新聞の改竄を行う機関だ。

ヘイトスピーチ排除でソーシャルメディアへの規制を厳格にすることの副作用について、警告しているようだ。

ドイツだけではない。

EU離脱を表明したイギリスでは3月、英タイムズの報道をきっかけに、政府やメディアの広告が、白人至上主義、同性愛蔑視、反ユダヤ、レイプ擁護、といったユーチューブ上の差別的な動画に掲載されていることが発覚。

英政府、企業による広告引き上げ騒動に発展し、さらに、その動きはウォールストリート・ジャーナルの報道もあって米国にも飛び火した。

●英でも法規制求める議会報告書

英下院内務委員会は5月1日、ネット上のヘイトスピーチに関する報告書を公表。その中でソーシャルメディアによる対策の現状を、激しい表現で非難した

(グーグル、フェイスブック、ユーチューブなどの)最も大規模で収益のあるソーシャルメディア企業は、違法で危険なコンテンツに対処し、適切なコミュニティ・スタンダードを実装、ユーザーの安全を確保するための、十分な手立てを講じていると言うにはほど遠い、恥ずべき状況にある。その膨大な規模、リソース、グローバルな影響力を考えれば、法を順守せず、ユーザーやその他の人々の安全を確保できていないということは、全くの無責任である。

さらに、「表現の自由」は尊重されるべきとしながら、この分野の法規制の見直しをすべきである、と指摘している。

この分野の法的な条文の大半は、大規模なソーシャルメディア利用の時代以前のものであり、いくつかはインターネットの登場以前のものである。政府は、ネット上のヘイトスピーチ、ハラスメント、過激主義に関わる法的な枠組み全体を見直し、法律が現状に合うようにすべきだ。

●オーストリアの削除判決

ヘイトスピーチをめぐっては、注目の司法判断もあった。

オーストリアの緑の党が、党首に対する誹謗がヘイトスピーチに当たるとして、フェイスブックを相手取り、削除を求めた裁判の控訴審で、ウィーン高裁は5月5日、緑の党の主張を認め、フェイスブックに削除を命じる判決を出した。

しかも、削除はオーストリア国内だけでは不十分で、フェイスブックのサービス全体を対象とする、とし、フェイスブック上で共有されたものも含む、とした。

EUにおけるヘイトスピーチ排除の議論が、グローバルに影響する可能性を伺わせる判断だ。

フェイスブックは、最高裁に上告するという

●フェイスブックが3000人を追加する

フェイスブックも動きを見せた。

マーク・ザッカーバーグCEOは5月3日、ヘイトスピーチなどのコンテンツチェックのための要員として、現在いる4500人に加えて、新たに3000人を雇用する、と発表した

フェイスブックをめぐっては、4月半ば、オレゴン州クリーブランドで、37歳の容疑者(2日後に自殺)が74歳の男性を射殺する様子を動画に撮り、フェイスブックで公開。2時間以上も削除されたなかったことを巡り、同社の対応に非難が集中

また同月下旬、タイでは、21歳の容疑者が赤ん坊の娘を殺害する様子をフェイスブック・ライブで中継し、その後、自殺する、という事件も発生していた

これらの事件を受けて、ザッカーバーグ氏は自らのフェイスブックページでこう述べた。

この数週間、私たちは、フェイスブック上で自らを傷つけ、さらには他の人々を傷つける姿を目にした。ライブで、あるいは後から動画を投稿する形で。悲痛な出来事であり、コミュニティをよりよくするために、どんなことができるか、検討をした。

そして、3000人の増員について、こう説明する。

私たちは安全なコミュニティをつくろうとすれば、素早く対応する必要がある。このような動画について、通報をよりやりやすくするよう取り組んでいる。そうすれば、正しい対応を、より素早くできるようになる。助けが必要な人々に対応するにしろ、投稿を削除するにしろ。

●フェイスブックの線引き

では、フェイスブックが何を削除し、何を削除しないのか。

その具体的な線引きについて、フェイスブックはこれまで明らかにしてこなかった。

そして、ピュリツァー賞を受賞したベトナム戦争の報道写真「ナパーム弾の少女」を昨夏に、「裸」が写っていることを理由に一方的に削除。

ノルウェー最大の新聞社や首相までも巻き込む騒動となった。

最近でも、ピュリツァー賞を受賞した調査報道「パナマ文書」の資料を削除するなど、その判断基準には疑問の声が上がっている。

そんな中、フェイスブックが社内で使う、100を超す削除基準のマニュアルを英ガーディアンが入手し、特報したのが、5月21日だった。

ガーディアンが暴露したのは、現在は4500人いるチェック要員が、日常的に使っているマニュアル、ということになる。

そして、ガーディアンがインタビューした担当者たちは、このガイドラインが矛盾し、奇妙な内容だ、と述べている。

その定義や基準も、かなり複雑だ。「リベンジポルノ」の項目はこんな感じだ。

リベンジポルノとは、ヌード/ほぼヌードの誰かの写真を一般に向け、あるいはそれらを目にすることを望まない人々に対して、恥ずかしい思いをさせ、困らせるために公開すること。

不正利用の判断基準:

親密な画像を以下のいずれかによって悪用しようとする試み:

・以下の3つの条件をすべて満たしていれば"リベンジポルノ"としての画像の共有:

1.プライベートな状況で撮影された画像。かつ

2.画像中の人物がヌード、ほぼヌード、性的にアクティブな状態。かつ

3.同意が得られていないことが以下によって確認できること:

・復讐的な文脈(例.キャプション、コメント、あるいはページタイトル)、あるいは

・独自のソース(例.メディア報道、あるいは捜査機関の記録)

また、「国のトップ」などを対象とした「実現性の高い暴力的発言」は削除対象になる。「誰かがトランプを銃撃する」は削除対象

ところが、「女(ビッチ)の首を折るなら、のど真ん中にしっかりと力を集中させないと」「消えろ、死ね」は削除対象にはならない。「実現性が高くない」からだ。

法規制と、このガイドラインの間に広がる、問題の奥深さが伺える。

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(2017年6月3日「新聞紙学的」より転載)

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