インターネットの管理権限を米政府が手放す

過去20年近く、インターネットの中核機能の運営を担って来たのは、国際的なNPO「ICANN」だ。そしてICANNはこれまで、アメリカ商務省の監督下にあった。

インターネットの管理権限を、米国政府が手放そうとしている。

過去20年近く、インターネットの中核機能の運営を担って来たのは、国際的なNPO「ICANN」(本部・米カリフォルニア州)だ。

そしてICANNはこれまで、米商務省との契約による監督下にあった。だがスノーデン事件をきっかけに、「米国政府のインターネット支配」への批判が強まる中で、その監督権限を手放すための検討が続いていた。

その2年がかりの権限移行案が、先月まとまったのだ。今後、数カ月をかけて米国政府・議会の承認を得ることになる。

この手続きが完了すれば、インターネットを監督するのは米国政府ではなく、「グローバルなインターネットコミュニティ」ということになる。

だが、それは一体、どんな組織や人々なのか?

3月30日に、日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)でこの動きを巡るトークイベント「インターネットは誰が管理するのか? ~米国管理からの脱却に向け前進」が開かれ、「インターネットの新たな一歩」について、その背景や現状を議論した。

●米国政府とICANN

1969年10月に米国防総省の高等研究計画局(ARPA)の資金で誕生した「ARPAネット」が、現在のインターネットの起源だ。

その歴史的な経緯から、中核機能の管理には米国政府が関与してきたが、1990年代半ばから一般の利用が広がると、その民間移行への要請が強まる。

そこで、1998年に設立されたのが、米カリフォルニア州に設立されたNPO「ICANN(アイキャン Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)」。世界各地域からの代表20人の理事会を中心とする国際組織だ。

MITメディアラボ所長の伊藤穣一さんも、2004年から2007年まで、その理事を務めていた。

ICANN設立によって、民間移行への動きは始まるが、その位置づけは、米商務省との契約と覚書に基づく監督下にあった。

だが、「米国支配」への批判の声はやまず、国連が2003年にジュネーブ、2005年にチュニジア・チュニスで開催した世界情報社会サミット(WSIS)でも、「インターネットガバナンス(統治)」を巡る議論が、中国やブラジルなどから提起された。

そんな中、2009年には、ICANNの機能のうち、ドメイン名管理などについてのポリシー(方針)策定に関しては、米商務省の関与から事実上独立することで合意した。

だが、ドメイン名システム(DNS)を支えるサーバー群の管理や、IPアドレスの管理といった、〝インターネット資源〟の運用の根幹を担う「IANA(アイアナ Internet Assigned Numbers Authority)」機能と呼ばれる部分については、依然として米商務省との契約に基づき、その監督下に置かれたままだった。

これは、かつては南カリフォルニア大学のジョン・ボステル教授(故人)が担っていた、DNSやIPアドレスなどの〝管理台帳〟の機能だ。

そこに2013年6月、米国家安全保障局(NSA)による大規模情報監視活動を暴露したスノーデン事件が起きる

●スノーデン事件の余波

スノーデン事件は、インターネットにおける「米国覇権」を印象づけるに十分だった。

フランスの歴代首脳やドイツのメルケル首相の電話を盗聴していたほか、インターネットガバナンスに関する米国追及の急先鋒、ブラジルのルセフ大統領も盗聴の対象として名前があがった。

これを受け、ルセフ大統領は、米国主導のインターネットの離脱と独自のインターネット構築構想まで打ち出す。

さらに同年10月には、翌年4月にインターネットガバナンスを巡る国際カンファレンス「ネットムンディアル」を開催することも宣言。米国主導体制の見直しに、一気に弾みがつく。

するとその開催の1カ月前になって、米商務省は、ICANNに対するIANA機能監督の役割について、「グローバルなマルチステークホルダーコミュニティ」に移管する意向であることを表明する。

インターネットの中核機能への関与を手放すということであり、〝大政奉還〟の意向表明だ。

ブラジルだけではない。中国も2014年11月2015年12月と大規模な「ワールド・インターネット・カンファレンス(WIC 烏鎮サミット)」を開催。その存在感を示している。

●権限移管へのプロセス

インターネットの基盤に関して今、非常に重要な局面にある。米政府はインターネットの資源の監督権限を手放そうとしている。

3月30日のJPNICトークイベントで、インターネット推進部部長の前村昌紀さんは、今のガバナンスをめぐる動きをそう説明した。

前村さん自身も今年10月改選のICANNの新たな理事候補として、JPNICが推薦をしている。

米商務省の権限の移管先であり、移管案の策定にあたったのが、「グローバルなインターネットコミュニティ」だ。

インターネットの運営は、政府や企業、個人も含む世界中の様々なコミュニティが支えている。ICANNは、そのうちのドメイン名、IPアドレスといった〝資源〟管理を担う。

それ以外にも、技術標準化を担う「IETF(Internet Engineering Task Force)」や、各地域でIPアドレスの割り当て実務を担う「地域インターネットレジストリ(RIR Regional Internet Registry)」など、各分野ごとに専門家、実務家グループが存在する。

特に移管案策定では、ドメイン名、IPアドレス、プロトコル(通信規格の識別用番号など)、という3分野に加え、移管後のICANN自身の説明責任強化について、それぞれの国際的な実務家や専門家らのグループ、いわゆる「マルチステークホルダー」が参加。ボトムアップの議論で、プランを取りまとめたという。

トークイベントに登壇したICANNアジア太平洋地域拠点マネージングディレクターのジアロン・ロウさんの説明では、この議論に要した主な会議の時間はのべ800時間以上、メーリングリストを流れたメールは3万3100通以上、会議の開催はのべ600回を超えたという。

この権限移管案は、3月9日にICANN理事会で承認され、翌10日、米商務省電気通信情報局(NTIA)に提出された。

JPNICの奥谷泉さんとシンクタンク「APIDE」専務理事オメアー・カジさんの説明によると、今後4~5カ月の期間で商務省、さらには連邦議会での審議が行われ、その承認を経て、権限移管の実施段階に入る見通しだという。

ICANNと商務省とのIANA機能に関する契約期限は、今年9月30日までとなっており、そこが一つの目安になる。

●インターネットガバナンスと権限移管

米政府からインターネットコミュニティへの今回の権限移管は、一連のインターネットガバナンスをめぐる議論の中で、どのような意味を持つのか。

イベントの会場で質問してみた。

(左から)江崎浩さん、ジアロン・ロウさん、オメアー・カジさん、奥谷泉さん

ICANNのロウさんは、「インターネットガバナンスはICANNよりも遥かに幅広いものだ」と述べる。

ロウさんは、インターネットガバナンスをインフラ層(通信回線)、論理層(端末、機器)、コンテンツ層(ブラウザー、アプリ)と三つの階層に分け、ICANNが担うのは論理層の部分だと指摘する。

だが一般には、ウイルスや迷惑メール(スパム)など、ICANN管轄外のコンテンツ層で起きる社会経済的な問題も含めて、「インターネットガバナンス」とひとくくりにされてしまうと言う。

ただ、(今回の権限移管で、コミュニティ主導の)マルチステークホルダーの(問題解決)モデルは、ICANNのくくりでは成功したことが示せた。このアプローチが、別の階層の問題解決にも適用できれば、さらなる発展が見込めるのではないか。

インターネットコミュニティの中核的なグループ「インターネット協会(ISOC)」理事を務める東京大学教授の江崎浩さんは、インターネットガバナンスの歴史的経緯から、今回の移管を説明する。

従来のインターネットのガバナンスは、発祥の地である米国とインターネットコミュニティとの話し合いで解決してきたものだった。だがネットが先進国に広がることに伴い、ガバナンスを米国政府から独立させるという目的で設立されたのが、ICANNだという。

そして、その目的を実現したのが、今回の権限移管だった、と。

ただ、ICANN設立から18年という時間の中で、BRICsなどの新興国の台頭(南北問題)と、中ロと西側諸国との溝(東西問題)がインターネットガバナンスと交錯し、ブラジルの「ネットムンディアル」や中国の「烏鎮サミット」などの動きが象徴的に出てきた、と述べる。

その(動きへの)回答を、今回(の権限移管で)ちゃんと出せた。ただ、これはまだ第1ステップ。状況は変化し続けており、すでに中国の経済的な存在感は、米国を上回っている。そんな中で、複雑な問題を継続的に解決していくための、第1ステップがとれた、ということだ。

インターネットが最初につながってから47年。その現在地はこんな風景だ。

(2016年4月2日「新聞紙学的」より転載)

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