戦闘正面が拡大するメディアビジネス|2018年、メディアのサバイバルプラン(その5)

専業の競合他社がおり、多角化をするということは、戦闘正面がますます拡大することになる。

これまで4回に渡って考察してきた、「ニーマンラボ」の特集「2018年のジャーナリズム予測」。その中には、メディア企業のビジネスの現状に、厳しい目を向ける提言もある。

その代表格が、ギズモード・メディア・グループCEOで、デジタルメディア業界の"ご意見番"ラジュ・ナリセッティ氏だ。

2018年のメディアビジネスは、戦闘正面の拡大に直面する。その備えはできているか――ナリセッティ氏はそう指摘する。

そして、この困難に取り組むには、まずビジネスモデルのほころびから本格的なメディア環境の変化まで、そのリアリティにしっかり向き合えと説く。

●収益多角化が生死を分ける

ナリセッティ氏は、収益多角化が2018年最大のテーマになる、という。

元ニューズ・コーポレーション戦略担当副社長でもあるナリセッティ氏が挙げるメディアの収益の方策は、現時点で12。

(1)ディスプレイ広告(2)プログラマティック広告(3)動画(4)ネイティブ(ブランド/カスタム)コンテンツ(5)課金購読(6)eコマース(アフィリエート、物販、サービス)(7)収益ベースのイベント(8)メンバー制(9)テレビ番組制作(※テレビが本業でない場合)(10)ネットフリックス、アマゾンなどサードパーティー向け番組・映画制作(11)シンジケーション/ライセンシング(12)国際展開

それぞれのリアリティと単なるブームを見分けることから、始めよ、とナリセッティ氏。そして、こう釘を刺す。多角化の手法のそれぞれに、専業の競合他社がおり、多角化をするということは、戦闘正面がますます拡大することになる、と。

これらのカテゴリーの一つひとつに、固有のビジネスモデルをベースにした競合がすでに存在する、ということを忘れてはならない。つまり、それぞれの新たな収入源を探るということは、潜在的な競合が、それだけ大規模で多様になることを意味する。さらに忘れてはいけないのは、これらの新たな収入源の分野に参入するための社内態勢を整備するには、どれだけのリソースが必要で、それをどこから持ってくるのか、という点だ。

ナリセッティ氏は、注目を集める「イベント」事業を例にあげて、そのリアリティを指摘する。

例えば、メディア企業の成長ビジネスとして、イベント事業に目を眩ませないように。単発のイベントならば、高収益のビジネスということもありうる。しかし、たとえ同じ分野のイベントを繰り返すにしても、意外にスケールせず、毎回極めて手間がかかるビジネスだ。フォーチュンやウォールストリート・ジャーナルといったメディアが、長年にわたって大規模イベントはほんの数回に限っているのは、これが理由だ。

●「トランプ景気」の行方

すでに
で取り上げたように、2018年、メディアが注力する施策の一つが「課金」だ。

特に、米大統領選の結果を受けた2016年11月以来、メディア業界にとっての追い風となっている「トランプバンプ(景気)」が、課金への取り組みを後押しする。

「トランプ景気」により、課金購読の契約数は各メディアで軒並み右肩上がり。

ニューヨーク・タイムズが2017年11月に発表した第3四半期の決算では、デジタル購読数は249万人(9月末現在)。米大統領選最終盤の2016年9月(156万人)比で59%増。この1年で、100万人近く積み増している。

だがナリセッティ氏は、この課金モデルについても、厳しい目を向ける。新規読者はその後、どれだけ契約を継続していくのか、と。

2017年、「トランプ景気」による課金購読のすばらしい伸び具合について、多くの記事を目にした。だが今こそ、その読者たちの解約率について、問い始める時だ。いかなるメディアでも、水漏れのバケツにいくら水を注ぎ続けても、存亡にかかわるビジネスモデルの問題の解決にはならないからだ。

新規課金読者の獲得コスト、1人当たりの利益、その維持率(リテンションレート)を精査してから、評価をすべきだ、とナリセッティ氏は指摘する。

特に新規読者獲得による収益増は、1年後、その解約率によっては、収益を引き下げる要因にもなる、と。

●「メンバー制」のカギ

そして、読者からのもう一つの収益手法として注目を集めるのが「メンバー制」だ。

「2018年のジャーナリズム予測」の中でナリセッティ氏は、「入会の特典にトートバッグをプレゼントするだけでメンバーがやってくるわけではない」と釘を刺す。

そして、自らが率いたウォールストリート・ジャーナルのプレミアムサービスとしてのメンバー制「WSJ+」を紹介し、こう述べている。

ウォールストリート・ジャーナルのようなブランドのメンバー制「WSJ+」には、そもそもの優位性がある。親会社であるニューズ・コーポレーションの幅広いネットワークから、傘下のハーパーコリンズのハードカバー書籍のプレゼントでも、ナショナル・ジオグラフィックの「エクスプローラー」イベントのチケットでも、利用することができるからだ。ジャーナルのジャーナリストたちとの対話イベントや報道局ツアーといった、希少価値を演出する企画に招くのもいいだろう。それらによって、極めてユニークなメンバー制の特典をつくりだすことができる。つまり、毎年のジャーナル購読契約の更新の際の売り文句として、ジャーナリズムに対する支出というだけでなく、「WSJ+」のメンバーだけに提供される、ユニークな数々のサービスがアピールできるということだ。そのサービスの中には、たまたまジャーナルの閲読も含まれている、と。

そこで重要なのは、そのメンバー制の料金を上回る"価値"とコミュニティづくりだ、とナリセッティ氏。

メンバー制が、本当に機能し、スケールするためには、ジャーナリズムへの対価を支払う(ここでは「課金購読」と読み替えておこう)ことを上回る価値交換が必要だ。メンバー限定のリアルなメリット、あるいはメリットと感じられるサービス提供とともに、そのニュースブランドの読者グループによるコミュニティ感覚(帰属意識)を創出する必要がある。

ただ、まだ実験段階のものとして扱うべきだ、とも述べる。「決して、メンバー制を新たな救済策だなどと持ち上げてはならない。課金購読もそうであるように」

特にメンバー制は、メディア企業にとっては、相性の悪さもある、という。

メンバー制を提供するにあたっての不都合な点は? しっかりとしたカスタマーサービスが必要になるということだ。メンバーが多額の会費を支払っている場合は特に。だがちょっと思い返してみてほしい。ひどいコールセンター対応、ほとんど無意味なヘルプデスク、カスタマーサービス意識ゼロの企業姿勢。これらに該当しないようなメディア企業って、これまで存在しただろうか?

●英ガーディアンの取り組み

「トートバッグのプレゼント」を超えた、代表的なメンバー制の事例として知られるのは
だ。

ガーディアンは先代の編集長、アラン・ラスブリッジャー氏の時代から、ニュースを読者との"会話"ととらえる「オープン・ジャーナリズム」を掲げてきた。

そのために、タブレットやスマホ向けアプリでの課金はあるものの、ウェブを"壁(ペイウォール)"で囲う課金には、一貫して否定的な立場を取ってきた。

ただ、ラスブリッジャー編集長時代には、「スノーデン事件」のスクープなど華々しい成果をあげた一方、紙面の広告の落ち込みや、米国、オーストラリアへのデジタル版展開のコストなどが響いて、収支は急速に悪化。2016年4月には、営業赤字が6870ポンド(約105億円)にのぼった

これに先立つ同年1月には、年間経費2億6800万ポンド(約411億円)の20%、5000万ポンド以上の削減や、読者収入の3000万ポンドから6000万ポンドへの倍増などで、2019年4月決算で単年の赤字解消を目指す収支改善の3年計画「2021プロジェクト」を発表している。

人員面では、計画発表から2年で、すでにリストラで400人を削減。2017年4月には営業赤字は4470万ポンドへと縮小しつつある。

この中で、収益増を担う柱が、ガーディアンが2014年からスタートさせていたメンバー制だ。サポーター(年49ポンド)、パートナー(同149ポンド)、パトロン(同599ポンド)の3種類で、イベント参加、書籍プレゼントなどメンバー特典はグレードにより異なる。

ただ、イベントの特典では、物理的に参加可能なロンドン周辺の読者にしか届かないという難点があった。

そこで、ガーディアンも参加した国際調査報道「パナマ文書」をアピールし、「この調査報道に価値があると思ったらメンバーに」と、ジャーナリズムの"価値"そのものに勧誘をフォーカスしたという。

すると、申し込みが急増。継続会員は50万人、1回限りの寄付も30万人と、その数は計80万人にのぼり、2016年末には、メンバー収入や購読料収入などを合わせた読者収入が、広告収入を上回った、という。

ナリセッティ氏の指摘する、コミュニティ化が軌道に乗った、ということだろう。

●メディア化した通信会社の脅威

ナリセッティ氏は、メディア化した大手通信会社が、メディア環境を大きく変える可能性についても指摘している。

ベライゾン、コムキャスト、AT&Tがメディア企業を次々に買収した昨年。そして2018年は、そのメディア化した通信会社(テルコ)、すなわち「メルコ」が本格的に始動する年だ、と述べる。

ベライゾンは昨年6月に米ヤフーの買収(45億ドル)を完了。傘下には「オース(Oath)」の名称で旧AOLブランドのハフポスト、テッククランチなどを擁する。

そしてAT&Tは2016年10月、傘下にCNNやHBOを擁するタイム・ワーナーの850億ドル(負債含め1080億ドル)にのぼる買収を発表している。AT&Tはすでに2015年、衛星放送のディレクTVを490億ドルで買収済みだ。

このタイム・ワーナー買収に対しては、司法省が昨年11月、反トラスト法(独占禁止法)による差し止め訴訟を起こしている。この動きを巡って、司法省が買収の条件として、トランプ政権に批判的なCNNを運営するターナー・ブロードキャスティングの売却、もしくはAT&T傘下のディレクTVの売却を求めた、とも報じられている

コムキャストは、2009年にNBCユニバーサルの経営権をGEから取得し、2013年には完全子会社化している。

「メルコ」にとっては追い風となり、メディアにとっては「メルコ」の脅威をさらに増幅させる動きもある。

昨年12月、連邦通信委員会(FCC)が決めた「ネットワーク中立性」の撤廃だ。

通信サービスにおいて、コンテンツ流通の優遇や差別的扱いを禁止するオバマ前政権肝入りの政策であった「ネットワーク中立性」。回線への設備投資を負担し、ネット企業を「タダ乗り」と批判する通信業界と、オープンなインターネットを主張するシリコンバレーのネット業界との対立の火種となってきた。

ただFCCの撤廃決定に対しては、反発も強い。

ニューヨーク州など22州の司法長官は16日FCCの決定差し止めの訴訟を提起。また、グーグルの親会社アルファベットやフェイスブックなどが加盟する業界団体「インターネット・アソシエーション」も、この訴訟に同調することを明らかにしている

ナリセッティ氏は、「メルコ」の動きが本格化することで、メディアにとっては2つの戦闘正面を抱えることになる、と指摘する。

「メルコ」が傘下メディアを統合することで、ベライゾンなら、電話やインターネット契約の一部として、見逃せないスポーツ生中継とエンターテインメントのパッケージに、ヤフーやハフポストといった巨大メディアブランドを加えることもできる。つまり、メディア企業は2つの戦闘正面に立たされていることに気づくだろう。一方には、フェイスブック、アマゾン、ネットフリックスといったおなじみの「フレネミー(フレンドでありエネミー)」、もう一方にはこちらも同じように手強い「メルコ」がいるのだ。

特に「メルコ」には、通信サービスとコンテンツ提供を合わせることで、課金のハードルがぐっと低くなるという優位性がある、と。

我々メディアは、なお自分たちの課金購読をどうしようかと思い悩んでいるが、課金ハードルゼロのベライゾンやAT&Tが、傘下ブランドの著名メディアをパッケージで提供し、例えば、1ドルの追加料金を電話やインターネットの請求書に自動加算することを想像してみてほしい。この「メディアへの明朗会計モデル」の可能性は、我々メディア業界の課金パラダイムを根底から覆す、迫り来る脅威だ。注視していくべき課題だろう。

●ナリセッティ氏の足元

ただ、ナリセッティ氏が現在率いているギズモード・メディア・グループも、決して安泰な経営環境にあるわけではない。

一度は、トランプ氏支持で知られ、フェイスブックへの投資家、取締役としても知られるピーター・ティール氏に"つぶされた"メディアだからだ。

2016年、ギズモード・メディア・グループの前身「ゴーカー・メディア」は、記事をめぐるトラブルがきっかけとなり、「ぺイパル」共同創業者でフェイスブックの社外取締役のIT長者、ピーター・ティールさんによる"訴訟攻勢"にさらされ、あえなく破綻。

その資産を買い取ったユニビジョンがCEOに指名したのがナリセッティ氏だった。

成長軌道に乗せるのは、そう簡単ではないようで、当面の目標として掲げる年30%の収益増の達成は、なかなか厳しそうだ。

●ベンチャーとニュースはそりが合わない

数年前、にわかに
、大量のベンチャーマネーが流れ込んだ。

ところが2017年には、その急速な冷え込みが指摘された。ブログメディア「トーキング・ポインツ・メモ」のジョシュ・マーシャル氏は、「デジタルメディア・クラッシュ」と表現している。

ベンチャー投資とデジタルニュースは、そもそもそりが合わない――メディアビジネス専門のベータワークス・ベンチャーズ、ジャレッド・ニューマン氏は、「予測」の中でそう指摘している。

レストランは、ベンチャーのようにスケール(規模拡大)するビジネスではない。工場もベンチャーのようにスケールするビジネスではない。

デジタルニュースのプラットフォームも、最近の多くの事例でわかるように、やはりベンチャーのようにスケールするビジネスではない。それは別に、悪いことではない。

そして課金モデルへと傾くメディア業界について、これはもう相性の問題だ、とニューマン氏は述べる。

今のデジタルニュースのプラットフォームが、寄付や課金をしてくれる小規模の読者とひきかえに、広告の売り上げを犠牲にせざるを得ない一方で、ベンチャーキャピタルの投資は、大規模な成長では足りず、指数級数的成長の可能性に賭ける必要がある(フェイスブックやグーグルと競争しているのは、なにもメディアだけではないのだ)。2017年、我々はジャーナリズムのビジネスの上にベンチャーのモデルを乗せるとどうなるか、ということを目にした。つまり、テクノロジーニュース「マッシャブル」の大特価売り出しと、ニュースメディア「ヴォカティブ」のリストラだ。

そして、こう付け加える。「だがそもそも、ジャーナリズムは大半のテクノロジープロダクトと違い、インパクトを与え、読者を開拓し、収益を得るのに、ベンチャーキャピタルを必要としていないのだ」

▼シリーズ「2018年、メディアのサバイバルプラン」

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(2018年1月27日「新聞紙学的」より転載)

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