フェイスブック創業者は100年の老舗雑誌をデジタル企業にできるのか

先週末、米国のメディアライターたちは、ひとしきりこの話題で盛り上がっていた。11月に創刊100周年を迎えた老舗雑誌「ニューリパブリック」のスタッフ大量辞職騒動だ。

先週末、米国のメディアライターたちは、ひとしきりこの話題で盛り上がっていた。

11月に創刊100周年を迎えた老舗雑誌「ニューリパブリック」のスタッフ大量辞職騒動だ。

2年前、フェイスブックの共同創業者でオバマ選対のデジタル戦略も担ったクリス・ヒューズさんがオーナーとなり、再出発の途上にあった「ニューリパブリック」。

その編集長とベテラン編集者が辞職したのを皮切りに、スタッフ数十人が、一気に辞表を突きつける事態となった。

ワシントンの老舗雑誌とシリコンバレーの若きIT長者の衝突は、メディア環境の激変、ジャーナリズムとITの文化の違いなど、様々な要素が絡み合っているようだ。

●編集長の〝更迭〟

業界の注目を集めたのは、4日に雑誌「ニューヨーク」のサイトに掲載された「ニューリパブリックへの追悼」という記事だ。

筆者は同誌のライターで、ニューリパブリックの寄稿エディターにも名を連ねていたジョナサン・チャイトさんだ。

チャイトさんは、ニューリパブリックの編集長、フランク・フォアさんについて、こう記している。

今日、彼は辞任した。フランク・フォアは、ニューリパブリックの編集長として、不適格だったから辞めるのではない。クリス・ヒューズがオーナーとして不適格だったから、辞めるのだ。

フォアさんと共に、同誌の30年のキャリアを持つベテラン文芸エディター、レオン・ウィーゼルティアさんも同日、辞任したのだという。

フォアさんは、2006年から2010年まで同誌の編集長を務めており、ヒューズさんがオーナーになった後、再び編集長として呼び戻した人材だ。

11月19日には、クリントン元大統領やギンズバーグ最高裁判事も出席した創刊100周年記念式典も催した老舗雑誌。

ヴァージニア・ウルフやフィリップ・ロス、ジョージ・オーウェルもライター陣に名を連ねた名門だ。

ヒューズさんは、同じハーバード大のマーク・ザッカバーグさんらとフェイスブックを立ち上げた後、2007年には同社を離れ、翌年に控えた大統領選で、オバマ陣営のネット戦略を指揮。

だが、ヒューズさん、さらに10月に新設された最高経営責任者(CEO)のポストについたガイ・ヴィドラさんの目指す方向性と、フォアさんの方向性が、真っ向から衝突してしまったようだ。

●シリコンバレー流

ヒューズさん、ヴィドラさんは、言葉遣いからして、老舗雑誌の編集部とは相いれなかった、とチャイトさんは指摘する。

CEOのヴィドラさんの前職はヤフーニュースのゼネラルマネージャー。さらにそれ以前には、ワシントン・ポストでビジネス開発とモバイルを担当していたという。

ヴィドラさんは、編集スタッフとのミーティングで、「プロダクト」「ブランド」という言葉を使い、「イノベーションを起こそうぜ(let's break shit)」「我々は今やテクノロジー企業だ」といった物言いをしていたという。

(ニューリパブリックは)垂直統合型のデジタルメディア企業になるんだ。

そう、ヴィドラさんは宣言したのだという。

ハフィントン・ポストやバズフィードのモデルをコピーできると考えることも間違っているだろうが、それをニューリパブリックに応用できると考えるのが完全な間違いだ。そこに問題がある。

チャイトさんは、この騒動をこう総括している。

●感情的なしこり

ニューヨーク・タイムズによると、デジタル路線は、ヒューズさんが明確に打ち出していた方針でもある。

11月のインタビューでヒューズさんはこう断言していたという。

20年前なら、これは間違いなく政治雑誌だった。だが、今、私はこれを雑誌などとは呼ばない。私たちはデジタルメディア企業だと考えている。

フォアさんはヴィドラさんの採用を快く思っていなかったという。フォアさんは、そのことをヒューズさんに伝えていた。

ところが、ヒューズさんはそれをそのままヴィドラさんに伝えてしまったため、2人はすべり出しからうまくいかなかったという。

さらに、フォアさんの知らないところで、後任の編集長も決まっていた。

しかし「デイリー・ビースト」によると、ヒューズさんとヴィドラさんは、それをフォアさんに伝えることすらしていたかったようだ。

12月4日午後、「ゴーカー」が、新編集長に「ブルームバーグ・メディア」のデジタルアドバイザーで、「アトランティック・ワイヤー」のエディターだったガブリエル・スナイダーさんが就任する、との〝噂〟を伝える

これが当たりだった。

それまで、編集長交代説について、ヒューズさんたちは繰り返し否定してきた上での交代劇。

しかもワシントンを拠点にしてきた「ニューリパブリック」が、主要拠点をニューヨークに移すことも決まっており、スナイダーさんは、そのためのライターとエディターの募集までかけていたようだ。

同日、フォアさんは辞任する。

●50人を超す離脱

フォアさんとウィーゼルティアさんの辞任を引き金に、スタッフの大量離脱が起きる。

「ニューヨーカー」のライターで、「ニューリパブリック」の寄稿エディターでもあるライアン・リッツァさんは、ツイッターに自身を含む離脱組28人の一覧表を投稿している。

さらに人数は続々と増えていき、すでに50人を超えたようだ。

ヒューズさんも、この大量離脱に反応して、ツイッターでコメントを公開している。

偉大な才能を失うのは悲しい。その多くが『ニューリパブリック』の今日の成功に重要な役割を果たしてくれた。

フランクは編集長なわけだし、私も彼と何とか一緒にやっていこうとした。でも、この数週間でフランクは(収益化にむけた)改革にはほとんど関心や熱意が見られなかった。彼には、それを成し遂げられないと判断したんだ。

これに対して、ウォールストリート・ジャーナルのブログは、「ニューリパブリック」残留組の、もう少し陰影のあるコメントも紹介している。

彼ら(離脱組)の心も背景も情熱も紙にある。だが、クリスとガイは、デジタル空間でもっと強力な存在感がなければ、ニューリパブリックの影響力を維持していくことはできないと感じていた。

つまり紙に守旧派とデジタル推進派の対立、という構図を提示している。

(離脱組がいなくなったことで)いっそ、真っさらからスタートできる。(中略)バンドエイドなんかはがして、さっさと次に行こう、ということだ。それに、みんないなくなれば、その分の結構な金が浮くわけだし。

これには、離脱組もかちんときたようだ。

離脱組のジュリア・ヨッフェさんが、フェイスブックで強い調子の反論を公開している。

クリスとガイが、今日辞職した私や同僚のことを、インターネットを怖れ、『バズフィード』を中傷サイトとけなす、絶滅恐竜みたいに扱った記事を、目にしているでしょう。彼らを信じてはいけない。

スタッフたちはデジタル化に積極的だったのだ、と。むしろ問題は、フォアさんやウィーゼルティアさんらに対する「卑劣で敵対的な扱い」なのだ、と。

なるほど、編集長の交代劇を見る限り、騒動のポイントはこのあたりにありそうだ。

●「政治雑誌の役割は終わった」

この騒動に参戦したのが、4月に新ニュースサイト「ヴォックス」を立ち上げた元ワシントン・ポストの人気ブロガー、エズラ・クラインさんだ。

「追悼すべきは『ニューリパブリック』ではなく、ワシントンの政治雑誌の役割そのものだ」とクラインさんは指摘する。

インターネットは、今やワシントンの膨大な政策決定機関をカバーするサイトがあふれている。『ヴォックス』もその一つ、『ニューリパブリック』の他にも『ウォンクブログ』『アップショット』『マザー・ジョーンズ』『ストーリーライン』『ファイブサーティーエイト』『ポリティコ』。いくつかの例を挙げただけでもこうだ。

政治雑誌はもはやワシントンの政策論議の中心にはない。議論はページを越え、国境を越え、ネットへと流れ出てしまった。大統領専用機の機内誌は、今や(紙ではなく)オバマ大統領のアイパッドだろう。

政治雑誌からネットへの移行によって、失われるものもある。それをどうやって挽回するかが、勝負どころだ――クラインさんはそう指摘する。

さすがに、30人のスタッフと1000万ドルの予算を要求し、断られるや、ジェフ・ベゾスさんに買収された老舗ワシントン・ポストを飛び出したクラインさんだ。

言うことが振り切れている。

今年30歳のクラインさんと、31歳のヒューズさん。メディア観は近いのかもしれない。

●文化の衝突

ジャーナリズムとIT業界の文化的な衝突は、「ニューリパブリック」だけの話ではない。

イーベイ創業者、ピエール・オミディアさんのニュースベンチャー「ファースト・ルック・メディア」の騒動だ。

新たなオンラインマガジン「ラケット」の準備をしていたジャーナリストのマット・タイビさんは、マネージメントへの不満から決別。古巣のローリングストーンに戻ってしまった。

それに続き、スノーデン事件のスクープで知られるグレン・グリーンワルドさんらが執筆陣に名を連ねる傘下のオンラインマガジン「インターセプト」の編集長、ジョン・クックさんまでがやはり古巣のゴーカーに。

「インターセプト」は6日に、「ネイション」のエグゼクティブエディター、ベッツィー・リードさんを新編集長に迎える、と発表したばかりだ。

ウォールストリート・ジャーナルのブログが紹介するところでは、実は「ニューリパブリック」編集部でも、「ファースト・ルック・メディア」の騒動が、話題になっていたそうだ。

編集部内に「ファースト・ルック・メディア」の騒動についてのメールが回り、こうささやかれていたという。

この話、どこかで聞いたことない?

●言葉が通じない

年20回発行していた「ニューリパブリック」は、今回の改革プランで、10回に半減する方針も打ち出していた。

だが「ポリティコ」や「アドバタイジング・エイジ」によると、スタッフの大量辞職を受けて、「ニューリパブリック」は12月15日号の発行と取りやめるようだ。CEOのヴィドラさんが、6日にスタッフ向けメモで明らかにしたという。

人がいなくては、雑誌は作れない。

〝ご意見番〟メディアアナリストのケン・ドクターさんも、「キャピタル」に突っ込んだ分析を書いている

デジタル移行の必要性は明らか、という点でドクターさんの立ち位置ははっきりしている。

ただ、経営陣による説明不足のショック療法は、ジャーナリストにも読者にもブランドにもマイナスの影響しか与えない、と指摘する。

垂直統合が不可欠なのは確かだが、それを達成するには、信頼を築き上げるマネージメントこそが、新時代への通行手形になる。

ニューヨーク大学教授で著名ブロガーのジェイ・ローゼンさんは、この騒動が〝言葉のすれ違い〟だと、連続ツイートで見立てている。

特に「プロダクト」という言葉に、誤解がある、と。

テクノロジストにとって、「プロダクト」の定義は、テクノロジーやプラットフォーム、ユーザーの変化とともに常に変わっていく。

だがジャーナリストにとって、「プロダクト」の定義は簡単だ。偉大なジャーナリズム、素晴らしい記事、優れた文章。

「プロダクト」を巡るすれ違いが原因で、テクノロジストとジャーナリストは話がかみ合わない。結果はこうだ:〝絶滅恐竜がバズワードを糾弾する〟。

そして、双方に苦言を呈する。

「バズフィード」や「ヴォックス」を笑いものにしているジャーナリストは、見失っていることがある。この2つのメディアは、「プロダクト」に関して編集部の共通理解ができているんだ、と。

テクノロジストの側も、共通理解がある前提で話をするのはよくない。相手は理解できていないんだから、と。

ためになるお話です。

(2014年12月6日「新聞紙学的」より転載)

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