進化するニュースがウィキペディア化していく

鳴り物入りのニュースベンチャー立ち上げが相次ぐ米国で、元ワシントン・ポストの人気ブロガーが率いる注目株の新サイト「ヴォックス(Vox.com)」が公開された。

ニュースの進化の行き着く先はウィキペディアなのか、それはニュースのビジネスにどんな効果をもたらすか――。

鳴り物入りのニュースベンチャー立ち上げが相次ぐ米国で、元ワシントン・ポストの人気ブロガーが率いる注目株の新サイト「ヴォックス(Vox.com)」が公開された。

ヴォックスの特徴をひとことで言えば、ニュースのモジュール(部品)化、つまりウィキペディア化だ。そしてその狙いは、グーグル対応であり、モバイル対応でもあるようだ。

●ニュースを解説する

ヴォックスの公開は6日。編集長を務めるのはワシントン・ポストで、政治経済をテーマとした人気ブログ「ウォンクブログ」を運営してきたエズラ・クラインさんだ。

ヴォックスのサイトによると、編集部の陣容はエディターはクラインさんを含む12人、ライター10人、開発チーム16人の計38人。

ヴォックスへようこそ:作業進行中」と題したクラインさんらの連名による挨拶文で、そのサイトの基本的な特徴を紹介している。

サイトが掲げるのが「解説ジャーナリズム(explanatory journalism)」。注目のニュースについて、知りたいこと、わからないことが、すぐ理解できる――それがヴォックスの訴求ポイントだ。

そのためのツールとして使っているのが「ヴォックスカード」と呼ぶ、ニュースを組み立てるためのモジュール(部品)だ。

●カードの束としてのニュース

その名の通り、カード型にレイアウトされたヴォックスカードは、それぞれの長さが200語前後。スマートフォンの画面でも、2~3画面分で読み切れる。

ヴォックスでは、話題のニュースを、このカードの束(スタック)で解説している。

例えば「ビットコイン」なら、「ビットコインとは何か」から始まって、「誰がビットコインをつくったのか」、「ビットコインの責任者は誰か」など、ニュースをポイントごとにまとめた19枚のカードで説明している。

これが、「ウクライナ情勢」なら20枚、「地球温暖化」なら24枚のカードの束になる。

カードの文中には、黄色くハイライトされているキーワードもある。これは、その点について、さらに詳しく説明した別のカードにリンクされていることを示している。

カードはニュースの進展とともに更新・訂正され、その更新履歴はカードの最後に記載していくという。

カードスタックで取り上げているテーマは、今のところ17件。それ以外は、普通のニュース記事の体裁で公開している。

例えば、インターネット・セキュリティの分野で騒動になっているOpenSSLのバグ問題「ハートブリード」。

700語のニュース記事と、260語ほどの「SSLとは」というカードで構成している。このカードは、「インターネット」というカードスタックの一部。

なかなか作業のスピードが追いついていかないようだ。

●アクセスを稼ぐ男

クラインさんはほぼ5年にわたりワシントン・ポストでブロガーとして活動。ウォンクブログは、2011年にはページビュー、ユーザー数ともに同紙トップを誇る人気ブログになる。

さらに2013年には、米オンラインニュース協会賞を受賞するなど、29歳のクラインさんはすでにデジタルジャーナリズム界のスターとして知られていた。

また昨年10月には、ウォンクブログ運営メンバーのディラン・マシューズさんが、ソーシャルメディアでの拡散を目指す新たなバイラル(口コミ)コーナーとして立ち上げた「ノウモア(Know More)」もスマッシュヒットに。

開設3週目でウォンクブログ本体もしのぐトップブログに急成長した。

だが今年1月、クラインさんは、ウォンクブログ中核メンバーのマシューズさん、技術担当のメリッサ・ベルさんとともにワシントン・ポストを退社し、ウェブメディア企業の「ヴォックス・メディア」で新サイトを立ち上げることが明らかになる。

●ジェフ・ベゾスさんが手放す

ビッグデータでジャーナリズムを変える?新メディアが始動」で紹介した元ニューヨーク・タイムズの人気ブロガー、ニュースサイト「ファイブサーティエイト(538)」のネイト・シルバーさんなどとともに、クラインさんのケースも、既存メディアからネットメディアへ、というトレンドを代表する出来事の一つだ。

ただ、ウェブメディアへの理解があるはずのワシントン・ポストの新オーナーでアマゾンCEOのジェフ・ベゾスさんが、なぜクラインさんを手放したのか――その疑問をめぐって、様々な見立てが披露された。

ポリティコのメディアリポーター、ディラン・バイヤーズさんによれば、ウォンクブログは月間平均400万ページビューを稼いでいたという。

そして、クラインさんはウォンクブログ拡充のために、30人規模のスタッフと1000万ドルを超す予算を要求。ベゾスさんと発行人のキャサリン・ウェイマスさんがこれを拒否した、とバイヤーズさんは伝えている。

ワシントン・ポストはベゾスさんが2億5000万ドルで買った新聞だ。ウォンクブログが人気ブログとはいえ、ページビューは400万そこそこ。「ワシントン・ポストの1サイトが(1000万ドルの)コスト規模に見合うだけの収益を稼ぎ出すのは、かなり難しいだろう」(コロンビア大ジャーナリズムスクール教授、ビル・グルースキンさん)というわけだ。

●ニッチサイトと一般ニュース

そしてクラインさんが新サイト立ち上げに選んだのが、スポーツサイト「SBネーション」やテクノロジーサイト「ザ・ヴァージ」、フードサイト「イーター」、不動産サイト「カーブド」、ゲームサイト「ポリゴン」、ファッションサイト「ラックト」といったニッチ(専門分野)の人気サイトを擁する新興のヴォックス・メディアだ。

スタッフ330人を抱えるヴォックス・メディアは昨年の売上高が3000万ドル超。昨年、3400万ドルを新たに調達しており、調達資金の総額は7320万ドル。その評価額は2億ドルになるという急成長メディアだ

ニッチサイトをそろえるヴォックス・メディアになかったのが、広いユーザー層に届く一般ニュースサイト。そこをヴォックスがカバーすることになる。

ニューヨーク・タイムズによれば、クラインさんがヴォックス・メディアを選んだ決め手の一つが、記事の作成・配信を担うコンテンツ管理システム(CMS)「コーラス」だったという。

CMSはメディア企業にとっての大事なエンジン部分だが、このコーラスは、取材の手配から記事の編集、ページデザイン、トラフィック解析までをカバーする、かなり使い勝手のいい作り込みになっているようだ。

●ウィキペディア化の意味

ニュースのモジュール化と随時更新という特徴は、まさにウィキペディア。

評価は分かれるが、ブログメディア「ギガオム」のマシュー・イングラムさんや、「マッシャブル」のジェイソン・アブルジーズさん「ザ・ディッシュ」のアンドリュー・サリバンさんら、メディアウオッチャーの見立ては、この点で一致する。

ならばウィキペディアがあればいいじゃないか、というのがサリバンさん。だからこそ、ウィキペディアとの競合をどうするかが課題、と指摘するのがイングラムさんだ。

ニュースのモジュール化と随時更新は、今に始まったことではない。

有名なのはニュースのキーワードをコンパクトにまとめたニューヨーク・タイムズの「タイムズ・トピックス」だ。

ウィキペディアを意識した検索エンジン最適化(SEO)施策の側面があり、一時は結構はやった。

ただ、ウィキペディア化は、ここに来て改めて注目を集めている。ニュースのモバイル対応だ。

短時間でニュースのポイントがつかめ、最新情報もキャッチできる。そしてスマートフォンの画面で読みやすい――。

2012年にサービスを開始したモバイルアプリ専業の「サーカ(Circa)」は、まさにニュースのウィキペディア化の代表格だ。

大手も動き出している。米ヤフーCEOのマリッサ・メイヤーさんが1月のCESで発表したアプリ「ニュース・ダイジェスト」は、その名の通り、ニュースの要約に比重をかけているが、発想はやはりウィキペディアだ。

●ビジネスへの影響

ウィキペディア型のサイト構成を取るということは、検索、すなわちグーグルからのトラフィックを想定するモデルということになる。

アドエイジによると、立ち上げ当初は、GEと医療関連「ロバート・ウッド・ジョンソン財団」が広告主についているようだ(※ただ、執筆時点では広告表示は確認できなかった。地域によって表示制限をしているのかもしれない)。

ヴォックス・メディアCEOのジム・バンコフさんも、一般ニュースサイトの開設による、ブランド認知やユーザーの拡大に期待をかける、と述べている。

さらに、この記事の中で、クラインさんは、ウィキペディアとの違いについて、「私たちの〝オバマケア(オバマ政権による医療制度改革)〟のページは、オバマケア専門の記者が責任を持っている」と話し、その専門性と信頼性を訴えている。

差別化のポイントだろう。

さらにバンコフさんは、カードスタックのネイティブ広告の活用にも言及している。

オバマケアやビットコインについてのカードスタックがあれば、広告主はこれらのトピックの場所に、直接広告出稿することができるだろう

ヴォックスには、CMSの「コーラス」をブランドコンテンツ用にカスタマイズした「ハーモニー」という広告ツールキットがあるという。これを活用した、ウィキペディア型ネイティブ広告に乗り出す、という戦略のようだ。

走り出したばかりではあるが、面白い取り組みだ。

(2014年4月10日「新聞紙学的」より転載)

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