この数週間、不可解な展開を続けてきたトランプ大統領による「オバマ大統領がトランプタワー盗聴」疑惑は、さらに奇妙な話になった。
"実行犯"は英国の情報機関「政府通信本部(GCHQ)」との「見解」をホワイトハウス報道官が紹介。
さらにトランプ氏自身も会見の場で、ドイツのメルケル首相まで巻き込み、"盗聴被害者"としての「共通点」があるとジョークを飛ばす。
荒唐無稽なツイートで注目を集める、という手法を続けてきたトランプ大統領。ただ、今回はその手法が裏目に出ているようだ。
騒動の余波がたたり、トランプ氏の支持率は、就任以来の最低記録を更新した。
●「マッカーシズムだ」「ウォーターゲート事件だ」
発端は3月4日朝6時半の、トランプ大統領によるこのツイートだ。
恐ろしい! オバマ氏が私の当選の直前、トランプタワーを〝盗聴〟していたことが判明した。結局、何も見つけられなかった。これはマッカーシズムだ!
トランプ氏はこの後、30分間にさらに3本のツイートで、「これはニクソン時代のウォーターゲート事件だ」などとオバマ前大統領による〝盗聴〟を訴える。
これに対し、オバマ氏のスポークスマンが即座に否定コメントを出す。
司法省が行ういかなる調査に対しても、ホワイトハウスは決して干渉をしないというのが、オバマ政権の鉄則だ。
そのため、オバマ大統領もホワイトハウスのスタッフも、米国市民に対する監視を命じたことはない。これに反するいかなる主張も全くの虚偽だ。
トランプ大統領の主張は唐突にも思えるが、その前日、首席戦略官兼上級顧問のスティーブン・バノン氏が会長を務めていた「ブライトバート・ニュース」が配信した記事がきっかけだった、とワシントン・ポストなどが報じる。
「ブライトバート」の記事は、保守派のラジオパーソナリティ、マーク・レヴィン氏の番組での発言を引いて、オバマ政権がトランプ陣営を盗聴していた、としていた。
この記事がトランプ政権幹部の間で回覧されていた、という。
ネットでは「ディープステートゲート」「オバマゲート」などと呼ばれている。
●議会が動く
これに対し、議会が動き出す。
上院司法委員会の犯罪テロリズム小委員会委員長である共和党のリンゼイ・グラハム議員と同委員会の民主党のシェルドン・ホワイトハウス議員は連名で8日、連邦捜査局(FBI)のジェームズ・コミー長官と、司法省のダナ・ボエンテ長官代行に宛てて、盗聴に関する証拠書類の提出を求める書簡を送る。
我々は、司法省に対して、トランプ大統領、トランプ選対、トランプタワーの盗聴に関する令状請求や裁判所命令があれば、その写しを提出するよう求める。
だが、それらしいものは一向に出てこない。
そして16日、上院情報特別委員会の委員長、リチャード・バー議員(共和党)と副委員長のマーク・ワーナー議員(民主党)による共同声明が公開される。
入手可能な情報によれば、2016年大統領選投開票日の前後、米国政府のいかなる部著によっても、トランプタワーが監視対象とされたことを示すものはなかった。
また、下院でも情報委員会委員長のデビン・ニューンズ議員(共和党)が15日、報道陣に対して、こう述べている。
トランプタワーに実際に盗聴があったとは思っていない。(トランプ氏は)間違っている。
●「英CGHQの関与」
ここに奇妙な話が入り込む。
14日、フォクスニュースの朝の番組「フォックス&フレンズ」で、元判事でコメンテーターのアンドリュー・ナポリターノ氏がこんな見解を述べたのだ。
情報機関の3人のニュースソースがフォクスニュースに寄せた情報によると、オバマ大統領は、指揮系統以外を使った。
彼は国家安全保障局(NSA)も中央情報局(CIA)もFBIも使っていないし、司法省も使っていない。彼は英政府通信本部(CGHQ)を使ったのだ。
さらに2日後、16日の会見で、ホワイトハウス報道官のショーン・スパイサー氏は、〝盗聴〟疑惑に関するいくつかの報道を紹介する中で、このナポリターノ氏のコメントを、そのまま読み上げたのだ。
そして、こう続けた。
これらの報道内容と常識とを勘案すると、多くの可能性が見えてくる。
「その考えは大統領も支持しているのか?」との質問にも、「大統領は支持している」と答えている。
これには、CGHQも反応した。スポークスマンがこのような声明を発表している。
メディアコメンテーター、アンドリュー・ナポリターノ氏が最近、GCHQについて、当時の大統領候補に対して"盗聴"を行うよう指示されたと述べているが、ナンセンスだ。全くばかげていて、無視すべき話だ。
●「我々には共通点がある」
その翌日、トランプ大統領と訪米したドイツのメルケル首相との共同記者会見。
ここで〝盗聴〟疑惑と、GCHQが取り沙汰されていることについての質問が出ると、トランプ大統領は、こう答えたのだ。
前政権によるもの、と私が推測している盗聴についてだが、少なくとも、我々には共通点がある(笑い)。
2013年のスノーデン事件で、メルケル首相の携帯電話に対する盗聴をオバマ大統領が承認していたことが明らかになっている。
トランプ大統領の発言は、同席したメルケル首相をダシにしたジョークだ。トランプ氏はさらにこう続ける。
質問に答えるなら、我々は何も発言していない。我々が行ったのはある非常に有能な法律専門家の発言を引用したことだけだ。彼がテレビで発言したことの責任は、彼にある。
それについて、私の見解はない。フォックスに出演した非常に有能な法律家の発言だ。つまり、問い掛けるべきは私ではない。問い掛けるべきはフォックスだ、OK?
メルケル首相は、この件については、特にコメントしていない。
●低迷続ける支持率
9日に発表された英エコノミストと調査機関「ユーガブ」の共同世論調査では、この"盗聴"疑惑について「虚偽」としたのは50%に対し、「事実」としたのは30%だった。
ただやはり、支持党派別では割れており、民主党支持者は「虚偽」が77%なのに対し、共和党支持者では「事実」が60%となっている。
政権発足時、支持率、不支持率とも、45%と、アイゼンハワー政権以降で最低を記録したトランプ氏。
2月末の上下両院合同会議での演説で、過激さがなりを潜めたとされ、これをきっかけにやや持ち直す気配も見られた。
ただ、一連の"盗聴"騒動が、「ファイブアイズ(UKUSA協定)」と呼ばれる情報活動の同盟関係にある英国を巻き込む事態に至り、トランプ氏の旗色は悪いようだ。
元CIA秘密工作員である共和党のウィル・ハード下院議員は、ワシントン・ポストの取材にこう述べている。
85歳になる父親の言葉を引くなら、謝罪によって損なわれるものなど何もない、ということだ。それは、同盟関係を支えることにつながる。
我々は、各国が共に活動しているということを確実なものにする必要がある。我々は極めて危険な世界におり、単独では任務を果たすことはできない。
ギャラップの調査では、〝盗聴〟騒動を受けて、支持率はさらに下落。18日時点で政権発足以来最低の支持率は37%、不支持率は58%にまで落ち込んだ。
ツイッターで荒唐無稽な主張をして注目を集め続ける、というトランプ氏の手法も、今回ばかりは裏目に出たようだ。
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(2017年3月18日「新聞紙学的」より転載)