パリ同時多発テロで、なぜスノーデン氏が非難されるのか?

パリで起きた同時多発テロは、法制化推進派には追い風と映ったようだ。そして、その標的となったのが、スノーデンさんだった。

パリ同時多発テロの発生を受け、米国家安全保障局(NSA)の大規模情報収集活動の暴露で知られるエドワード・スノーデンさんが非難の的になっている。

背景には、テロと暗号を巡る議論があるようだ。

テロ対策の一環として、テロリストたちの動きを政府当局が監視できるよう、暗号化されたネット通信を解読するための「裏口」をつくるべきだ――

そんな声が、米政府内で再燃してきた。

スノーデン事件以降、通信のプライバシー保護の機運が急速に高まったことに対し、パリ同時多発テロをきっかけに、揺り戻しを図る動きのようだ。

そして、今回のテロと暗号のかかわりが注目を集めるきっかけの一つとなったのは、ソニーのゲーム機「プレイステーション4」をめぐる〝誤報〟だった。

●プレイステーション4とイスラム国

フォーブスはテロ発生翌日の11月14日、「イスラム国のテロリストは、プレイステーション4を襲撃の謀議と計画にどう使った可能性があるか」と題する記事を掲載した。

記事は、テロ実行犯グループの重要拠点であったベルギーでの捜索によって、プレイステーション4が押収されたとし、今回のテロ計画にプレイステーション4が使われていた可能性があると指摘。

さらにこの中で、ベルギーのヤン・ヤンボン内相は、イスラム国の活動家たちが盗聴の難しいプレイステーション4を通信手段として使っているとし、こう述べている。

プレイステーション4はワッツアップよりもずっと追跡が難しい。

フェイスブック傘下のメッセージアプリ「ワッツアップ」は暗号化によるプライバシー保護で知られ、イスラム国のテロリストらが連絡用に使っている、としばしば名指しされてきた

一方のプレイステーション4も暗号化通信で知られ、今夏に世界で累計出荷台数1000万台を記録した、と発表されている。内相の発言は、その通信サービスであるプテイステーション・ネットワークのことを指しているようだ。

ただこの発言があったのは、テロ発生3日前の10日、ネットメディアの「ポリティコ」がベルギーのブリュッセルで開催したイベントの壇上でのこと。

発言はパリ同時多発テロを受けたものではなかった。

ゲームサイトの「コタク」は16日、捜索でプレイステーション4も見つかってはいなかったとし、これが誤報であることを明らかにした

●セキュリティの脆弱性と強化

フォーブスも誤りは認め、内相の発言が事件前だったことと、プレイステーション4は捜索で押収されてはいないことを訂正文として表記したが、記事自体は取り消していない。

この記事は65万を超すページビューを集めている。

また、訂正前の記事とヤンボン内相の発言は他のメディアでも引用され、プレイステーション4とテロの関係を印象づけている。

プレイステーション・ネットワークといえば、2011年4月の不正侵入により、利用者7700万人分の個人情報が大量流出した事件が思い出される。

この時、ソニーはセキュリティの脆弱性を指弾された。だがその後のセキュリティ強化によって、今度はテロとの関連性を指摘される結果となった。

この誤報が象徴的なのは、通信のセキュリティ、特に暗号をめぐるせめぎ合いが背後にあるためだ。

●暗号をめぐる攻防

パリ同時多発テロは、米国政府にとって、微妙なタイミングで発生した。

米国では、スノーデン事件によって暴露された情報監視活動を受け、シリコンバレーのIT企業がこぞってサービスのセキュリティを強化。

これに対し、米連邦捜査局(FBI)のジェームズ・コメイ長官らを筆頭に、テロ・スパイ対策の一環として、暗号化された通信を解読できる「裏口」の法制化を推進してきた

アップルやグーグルなどのシリコンバレー企業はこれに反発し、オバマ政権に法制化阻止のロビー活動を展開

その結果、10月8日にFBIのコメイ長官は、「裏口」法制化見送りを上院の公聴会で表明していた。

その1カ月あまり後、大西洋の対岸で起きた同時多発テロは、法制化推進派には追い風と映ったようだ。

そして、その標的となったのが、スノーデンさんだった。

●スノーデン事件への非難

CIAのジョン・ブレナン長官は、テロ発生から3日後の週明け16日、戦略国際問題研究所(CSIS)のフォーラムに登壇し、今回のテロに絡んでこう述べた

過去数年間、このようなテロリストたちを見つけ出そうとする政府の任務についての、数々の不正な開示と多くの著述によって、いくつかの政策と法制、その他の措置が取られた。それにより、こういったテロリストたちを見つけ出すための我々の集団的、国際的な能力は、従来よりはるかに困難な状況におかれている。

一切の固有名詞は出てこない。

だが、「不正な開示」とはスノーデン事件、「多くの著述」とはそれをめぐるガーディアンなどのスクープ報道、そして「いくつかの政策と法制、その他の措置」とは、NSAの活動を制限する「米国自由法」の成立(今年6月)など、事件を受けてオバマ政権が打ち出した施策、と読み替えるのが自然だ。

CIAのジェームズ・ウールジー元長官は、さらに直截的な表現を使う。19日、CNNの番組で、今回のテロに関して、エドワード・スノーデンさんを、こう非難している

(スノーデン事件は)今なお死刑に値する重罪だということだ。私なら彼に死刑を宣告し、ただの電気椅子ではなく、絞首刑で息絶えるまで見届けたい。(中略)彼の手は血塗られている。

米連邦通信委員会(FCC)のトム・ウィーラー委員長も17日、通信傍受支援法(CALEA)の見直しについて言及している。

ニューヨーク・タイムズは17日、「大規模監視はテロ対策の解決策ではない」と題した社説でブレナン長官の発言や、FBIのコメイ長官の暗号規制策を取り上げ、こう指摘している。

IT企業に端末やソフトへの「裏口」を設けさせるということは、犯罪者やスパイによるハッキングに対しても、それらのシステムをはるかに脆弱なものにしてしまうのだ。

さらにワシントン・ポストは19日付の記事「政府がパリの事件を受けて監視を拡大するなら、メディアにも責任の一端がある」で、プレイステーションの誤報なども取り上げながら、技術政策を担当するという匿名のオバマ政権高官のこんなコメントを引用している。

メディアは捜査当局にいいように操られているように見える。暗号が今回の事件に使われたとは判明していないのに、捜査当局はこの危機事態に便乗している。世界がより安全なシステムを必要としている時に、この動きは我々をより安全でない方向に向かわせている。

ニューヨーカーも19日付の記事「パリへの攻撃でエドワード・スノーデンを責めるな」で、暗号規制の動きに懸念を示し、こんな指摘をしている。

NSAが法律を破って(情報監視をして)いることを一般の人々が知らずにいて、それがそのまま継続されていたなら、すべてはずっとうまくいっていた、という主張は、成熟した民主主義において、まともな議論には値しない。スノーデン氏への批判が殺到しているということは、ブレナン長官や周辺の人々が、スノーデン事件から正しい教訓を学び取っていない、ということを示している。

●暗号化はされていなかった

暗号化通信と政府による「裏口」設置の議論は今に始まった話ではない。

古くは1993年、当時のクリントン政権が電話機やコンピューターに「裏口」つきの暗号化チップ「クリッパーチップ(MYK-78)」を導入しようとし、大規模な反対運動の末に頓挫した騒動が思い出される。

ル・モンドの今月18日付の記事によると、襲撃されたバタクラン劇場近くのゴミ箱から、容疑者グループのものと見られる携帯電話が見つかったという。

調べたところ、劇場の詳細な地図と、ショートメール(SMS)で連絡を取り合っていたことがわかったようだ。

少なくとも実行犯の携帯による通信は、暗号化されていなかった模様だ。

(2015年11月22日「新聞紙学的」より転載)

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