「忘れられる権利」:検索結果から削除される記事と削除されない記事の線引きはどこに?

EU司法裁判所がネット上の「忘れられる権利」を認めた判決をもとに、米グーグルが検索結果から削除した記事について、英BBCが25日からそのリストを公開し始めている

欧州連合(EU)司法裁判所がネット上の「忘れられる権利」を認めた判決をもとに、米グーグルが検索結果から削除した記事について、英BBCが25日からそのリストを公開し始めている

「忘れられる権利」による報道への影響を、可視化することが狙いのようだ。

ただ、このようなリスト公表が二次被害を生んでいる、との専門家からの指摘も出ている。

そもそも、検索結果から削除するかしないかは、グーグルによって決められており、個別の判断内容は明らかにされていない。

ただ、削除開始から1年以上が過ぎ、どのような運用が行われているのか、おぼろげながら、その手がかりは見え始めてはきた。

●182件の削除

BBCが公開しているのは、昨年7月から今年5月まで、月ごとにまとめた計182件の削除対象記事だ。

BBCでは、過去記事の保存(アーカイブ)について、〝歴史的公文書〟と位置づけており、その削除手続きについては取り決め集で厳密に規定しているという。グーグルからの削除対象記事のリスト公開は、この取り決めに準じた、透明性の確保が目的のようだ。

BBCのニール・マッキントッシュ報道局長は、この公開について「〝忘れられる権利〟判決によってどんな記事が影響をうけたかを明確にすることで、この問題をめぐる議論に貢献できることを望んでいる」と説明している。

BBCでは今後も月単位で削除分を追加していくという。

このようなリスト公開が可能なのは、グーグルが検索結果からの削除を行う際、対象記事の掲載サイトに通知を行うためだ。

英テレブラフも、これまでに削除された約90本の記事と写真のリストを公表

こちらのリストはすでに昨年から継続的に更新されているようだ。

英デイリー・メールも同様に約50本の記事リストを公開している。

●2次的被害

BBCのリスト公開をきっかけに批判の声を上げたのは、ガーディアンに執筆している弁護士のローラ・パウエルズさんだ。

BBCの削除対象記事の中には、状況から見て、犯罪などを犯した当事者ではなく、その被害者や関係者が削除申請をしたものも散見される、と指摘。

リストを公開することで、他のメディアもそれらの記事を取り上げ、かえって再び関係者に注目が集まってしまうと問題提起をしている。

●削除記事の内容

グーグルからの削除通知は、削除の事実とその対象記事のURLのみで、削除申請者や削除の理由などについては一切明らかにされない。

例えば、以下はBBCのリストのうち、2015年5月分のうちの5本。

・資産家の女性が自宅で婚約者に絞殺された事件を報じる2006年6月の記事

・芝生の庭園で親子がボール蹴りをしていたことが、公園利用規則で制限する「サッカー」に該当するかが争われた訴訟を報じる2006年11月の記事

・自宅で就寝中の女性をレイプしたとして男性被告が5年の実刑を受けた判決を報じる2012年3月の記事

・通信会社のカスタマーサポートの対応に怒ったハッカーが、応答音声を4文字言葉を含む内容に差し替えたとして起訴されたものの、無罪となったことを報じる2005年6月の記事

・人工授精により生まれたレズビアンカップルの子どもの出生証明に、カップル2人の名前を記載することが、イングランドとウェールズで認められたことを巡る2009年8月の記事

一見しただけでは共通点は見いだせない。

●グーグルの線引き

当初はいったん削除されたものが、再び復活するなど、運用に混乱も見られたことは、「忘れられる権利:ガーディアン、BBC、デイリーメールの記事が欧州グーグルから削除される(※そして一部復活する)」でも紹介した。

また、「『忘れられる権利』とグーグル:プライバシーは誰が守るのか」「忘れられる権利:ルールを決めるのはグーグルかEUか」でも取り上げたように、グーグルは専門家による諮問委員会を立ち上げ、削除の仕方について検討。昨年9月から11月にかけてマドリード、ローマなど欧州7都市で公開討論会を開催し、今年1月に報告書を公表している

この中で、削除申請に対する基本的な判断基準が示されている。

・削除申請者が公的に立場にある人物か。

・削除申請の内容が以下のいずれかに該当するか。(1)性生活など私的なもの(2)個人の財務情報(3)個人の識別情報(4)EUデータ保護法制上、機微情報に該当するもの(5)未成年のプライバシー情報(6)個人を危険にさらすような虚偽・不正確な情報(7)画像、動画の形で表示されることでプライバシーへの影響が高まるもの

・削除申請の内容が社会的関心の高い以下のいずれかのテーマに該当するか。(1)政策的議論に関するもの(2)宗教的・哲学的議論に関するもの(3)公衆衛生・消費者保護に関するもの(4)犯罪行為に関わるもの[その重大性、犯罪における役割、時期、伝えている情報源、社会的関心](5)社会的関心事の議論に資する情報か(6)事実にもとづく真正な内容か(7)歴史的記録に不可欠な内容か(8)科学研究・芸術的表現に不可欠な内容か。

・情報源はどこか。情報を公開する意図は何か。

・情報が公開された時点から見て、なお公開が適切か。

●削除と申請却下

グーグルが公開しているデータによると、7月4日現在で削除要請数は27万9766件、対象URLの総数101万7557件。うち削除されたのはURL数で35万6315件(41.3%)で、残る50万6659件(58.7%)は却下されているという。

申請件数が最も多いのはフランスでURL数で19万5256件、次いでドイツ(18万2760件)、イギリス(13万7624件)の順。

また、削除件数が最も多いのはフェイスブック(URL数7800件)。次いでプロフィールのアグリゲーション・検索サイト「プロフィールエンジン」(6645件)、ユーチューブ(4503件)の順。

グーグルはこのデータ公開サイトに、削除申請について判断した22件の概要を示している。

・重大な犯罪で有罪判決を受けたものの、その判決が控訴審で破棄された個人から、事件に関する記事について(削除、ベルギー)

・上級公務員から、数十年前の刑事上の有罪判決について取り上げられている最近の記事について(削除せず、ハンガリー)

・著名実業家から、当人が新聞社を告訴したことに関する記事について(削除せず、ポーランド)

・児童ポルノ所持の罪で有罪判決を受けた司祭から、判決と教会からの追放を報じた記事について(削除せず、プランス)

・10年以上前に軽微な犯罪で有罪判決を受けた教師から、判決に関する記事について(削除、ドイツ)

報告書の判断基準に照らしてみると、ある程度の相場感は見えてくる。

ただそれは、あくまで〝ある程度の相場感〟に過ぎない。

欧米の80人にのぼるインターネット研究者たちが5月13日、連名でグーグルに公開質問状を出している

まさに、削除と申請却下の具体的線引きとその内訳を明らかにせよ、と要求している。

●EUの判断は国境を越えるか

「忘れられる権利」を巡っては、これ以外にも注目しておきたい動きが立て続いている。

削除申請件数の最も多いフランスのプライバシー保護機関「CNIL」は6月12日、グーグルに対し、現状はEU域内に限定されている「忘れられる権利」判決による検索結果削除を、世界規模で展開する全てのドメインに適用するよう求めている

猶予期間は15日間で、従わない場合には最大30万ユーロ(約4000万円)の罰金が科せられる、という。ただ、この報道は続報がなく、その後の経過はよくわからない。

「忘れられる権利」のEU域外への適用については、かねてからEU内部に同様の主張があった。

EUのプライバシー保護当局の代表者が集まる「EUデータ保護指令第29条作業部会」は昨年11月に、「忘れられる権利」EU司法裁判決を、EU域外にも適用するように、とのガイドラインを公表している

また、今年6月15日には、EUの閣僚理事会が「忘れられる権利」を含む「個人データ保護規則案」を承認。成立に向け、欧州委員会、欧州議会、閣僚理事会による最終調整が始まっている。

折も折、今月3日にロシア下院は「ロシア版忘れられる権利」を含むプライバシー法案を可決。プーチン大統領による署名へと駒を進めているようだ。

日本でも動きはある。

丁寧に追っていきたい。

(2015年7月5日「新聞紙学的」より転載)

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