米大統領選への介入をめぐる「ロシア疑惑」が急展開を迎えている。
トランプ陣営の選対本部長だったポール・マナフォート氏ら2人が10月27日、資金洗浄や脱税など12の罪で、ロバート・ムラー特別検察官により起訴。「ロシア疑惑」関連では初の摘発となった。
これとは別に、トランプ陣営顧問を務めたジョージ・パパドポロス氏が連邦捜査局(FBI)捜査官への虚偽の供述を行った罪を認め、司法取引に応じている、という。
さらに、ロシアによるフェイクニュースの拡散、政治広告の掲載を巡り、フェイスブック、グーグル、ツイッターの幹部らが11月1日、連邦議会公聴会での証言に集められた。
ロシアが拡散したコンテンツは、フェイスブックだけで1億2300万人、つまり米国の全人口の4割の目に触れていた可能性がことなどが、明らかにされている。
この中で注目を集めているのが、「南北戦争の理由は奴隷解放ではなく、金目当て」など、過激な発言と炎上で知られてきたソーシャル有名人、ジェナ・エイブラムズ氏だ。
バイラルにたけた若い米国人女性、ジェナ・エイブラムズ氏のアカウントが、公聴会でツイッターが明らかにしたロシアの「トロール(荒らし)工場」によるフェイクアカウント2752件に含まれていたのだった。
ソーシャル有名人の炎上は、米大統領選に介入するために、ロシアから操作されていた"腹話術"だったことになる。
それらの拡散には、トランプ政権中枢が関わっていただけではなかった。
数多くのメディアもまた、「ネットの声」を引用する、という形で記事の中で取り上げていたのだ。
●1億2300万人が見る
11月1日に上下両院の情報委員会で開かれた公聴会「ソーシャルメディアと2016年大統領選」には、フェイスブック副社長兼法務顧問、コリン・ストレッチ氏、ツイッター法務顧問、ショーン・エジェット氏、グーグル上級副社長兼法務顧問、ケント・ウォーカー氏の3人が出席した。
焦点となったのは、ロシアによる政治広告の掲載など、ソーシャルメディアを通じた米大統領選への介入の実態だ。
公聴会への3社の説明で明らかになったのは、ロシアによる介入とその広がりの規模の大きさだ。
下院情報委員会の民主党がその概要をメモにまとめている。
ロシア側で介入工作に主として関わったのは、"トロール(荒らし)工場"とも呼ばれるサンクトペテルブルクの専門業者「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」とされる。
メモによると、フェイスブックでは、大統領選をはさむ2015年6月から2017年8月までの2年3カ月の間に、IRAが購入・掲載した政治広告は3393件。その広告を目にしたユーザーは1140万人という。
また、IRAにつながるフェイスブックのアカウントは470件。IRAがつくったフェイクブックページは約120件。そのコンテンツは8万件超で、それらを米国のユーザー、1億2600万人が目にした可能性がある、としている。
ツイッターのデータ(2016年9月1日~11月15日)も興味深い。
大統領選に絡む発信をしていたロシア関連の「ボット」のアカウント数は3万6746件。昨年9月からの2カ月半での「ボット」のツイート数は140万件で、その閲覧数は2億8800万回。
IRAが「ボット」ではなく、人力で操作していたツイッターアカウントは、判明しているだけで2752件で、この2カ月半のツイート数は約13万1000件にのぼる。
さらにグーグルのユーチューブ。
ロシア関連のアカウントがアップロードした動画は1108件。その視聴回数は約30万9000回。ロシア政府系の放送局「RT」のユーチューブチャンネルの視聴回数は50億回超、となっている。
●ソーシャル有名人「ジェナ・エイブラムズ」
そこで注目を集めたのが、ソーシャルメディアの有名人の一人、ジェナ・エイブラムズ氏(@Jenn_Abrams)だ。
エイブラムズ氏のツイッターフォロワー数は7万人超。アカウントの自己紹介には、「落ち着いて、私はトランプ支持じゃなく、常識を支持しているの。オファー/アイディア/質問がある?DMかメールをちょうだい」として、Gメールのアドレスも記載されている。
米国居住でツイッターを始めたのは2014年10月から。そのほか、個人ブログにもリンクを張っている。
キム・カーダシアン氏のようなセレブリティから南北戦争をめぐる問題発言まで、扱う話題は幅広く、その発言はメディアにもしばしば取り上げられた。
その有名人ぶりをネットメディア「デイリー・ビースト」が紹介している。
「デイリー・ビースト」によると、エイブラムズ氏の発言は、メディアによって主に「ネットの声」として取り上げられてきた。取り上げたメディアの数は、わかっているだけで、米国から英国、フランス、インド、そしてロシア、合わせて34にものぼる。
その内訳も、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト、FOX、BBCなどの既存メディアから、ハフポスト、バズフィード、マッシャブルなどのネットメディア、ブライトバートやデイリー・コーラーなどの右派メディア、RT、スプートニクというロシア政府系メディア、と多彩だ。
特徴的なのは、当初、その投稿内容にはロシアや政治関連の内容がまったくなかった、という点だ。
ストレートな物言いで単刀直入、バイラルにたけた若い米国女性、というキャラクターを前面に出して、面白ネタでツイッターに広がっていったようだ。
ただ、フォロワーが増え、大統領選の投票日が近づくにつれて、移民、差別、トランプ氏、といったテーマが増えていった、という。
●「南北戦争は金のため」
南部連合の旗が嫌いな皆さんへ。この旗、そして南北戦争は奴隷制をめぐる戦いではなかったことをご存じ? すべてはお金のためだったんですよ。
今年4月、エイブラムズ氏はこんなツイートを送信。3000件を超すリプライに火をつけた。
歴史研究者のケビン・クルーズ氏は、「違う、南北戦争は奴隷制をめぐる戦いだ。 敬具 歴史研究者より」と反論。4万件を超すリツイートがあった。
クルーズ氏はエイブラムズ氏の主張が、以前からある南北戦争と奴隷制の事実を否定する、歴史修正主義の立場を反映している点を問題視する。
同様の立場をトランプ政権そのものが後押ししているからだ。
ホワイトハウスの首席補佐官、ジョン・ケリー氏は10月30日、フォックス・ニュースの番組に出演し、「南北戦争は歩み寄りの力が欠けていたことが原因」と発言。奴隷制存続を主張した南部連合にも理があった、と示唆した。
クルーズ氏は、エイブラムズ氏、さらにケリー氏の主張が「歴史的事実と大きく食い違う」と懸念する。
エイブラムズ氏は、ツイッター、個人ブログのほかに、ブログメディア「ミディアム」にもアカウントがあった。
ここでもエイブラムズ氏は、人種差別復活を主張。
さらに、突如罷免されたコミー前FBI長官が6月、議会公聴会で、「トランプ大統領はウソをついている」と発言したことを受け、「トランプ氏はロシアと共謀していない」「ロシアは選挙に介入していない」「コミー氏はヒラリー氏がウソつきだと認めた」などと書き込んでいた。
●2752件のロシア製アカウント
そしてエイブラムズ氏は、ツイッターが公開した2752件のフェイクアカウントの一つだった。バイラルにたけた米国女性ではなく、「トロール工場」IRAの職員が、サンクトペテルブルクから操作していたのだ。
残る2751件の中にも、ソーシャルメディアで大きな存在感を持つアカウントが含まれていた。
「テネシー(@TEN_GOP)」は、「テネシー州共和党の非公式ツイッター」を名乗っていたアカウントだ。
アカウント開設は2015年11月だが、フォロワー数は13万6000人を超す。
「テネシー」は、特にトランプ氏側近や同氏を支持する保守派らがリツイートすることでも知られていた。
その中には、トランプ氏の長男、トランプ・ジュニア氏や次男のエリック氏、元国家安全保障担当補佐官のマイケル・フリン氏、大統領顧問のケリーアン・コンウェイ氏、元大統領副補佐官のセバスチャン・ゴルカ氏、元報道官のショーン・スパイサー氏らが含まれる。
それだけではない、ツイッターCEOのジャック・ドーシー氏は今年3月、クリスタル・ジョンソン氏(@Crystal1Johnson)というバージニアの黒人女性による「生まれつきのレイシストなどいない」というツイートを、リツイートしている。
5万人超のフォロワーを抱えるジョンソン氏もまた、ツイッターが明らかにした、ロシア「トロール工場」によるフェイクアカウント2752件の一つだった。
●1日で最大164記事で引用
フェイクアカウントは、メディアの問題としても、関心が集まっている。
メディアが、主に「ネットの声」として取り上げたフェイクアカウントもまた、エイブラムズ氏だけではなかった。ニュースサイトの「リコード」が検証している。
それによると、ワシントン・ポストはエイブラムズ氏のほか、「テネシー(@TEN_GOP)」「クリスタル・ジョンソン(@Crystal1Johnson)」、政治軍事アナリストを名乗る「ウォーフェア・ワールワイド(@WarfareWW)」(フォロワー2万6700人超)、テキサスの愛国者を名乗る「テキサス・ローン・スター(@SouthLoneStar)」(同5万3900人超)なども、「ネットの声」として取り上げ、さらにローカルメディアを名乗る「シカゴ・デイリー・ニュース(@ChicagoDailyNew)」(同1万9200人超)についても、そのツイートを紹介していた。
このすべてが、IRAによるフェイクアカウントのリストに含まれている。
さらに黒人人権団体を標榜する「ブラック・トゥ・リブ(BlackToLive)」(同2万8800人超)のアカウントは、マイアミ・ヘラルドなど新聞チェーン「マクラッチー」傘下のメディア、CBSスポーツ、バズフィードにも掲載されていた。
このほか、「テネシー」はハフポストにも取り上げられていた、という。
リコードがデータ解析サービスの「メルトウォーター」の協力で、ロシア関連のフェイクアカウントを引用したメディア記事の数を2016年1月から2017年9月まで調べたところ、2016年12月1日の164件を最大として、断続的にメディア露出が続いていた実態が明らかになった、という。
この時に取り上げられていた話題は、トランプ氏側近として首席戦略官を務めたスティーブン・バノン氏が会長の右派メディア「ブライトバート・ニュース」に対し、シリアル大手の「ケロッグ」が広告を取りやめる、という騒ぎだった。
●世界の3000を超すメディアに露出
またNBCニュースは、これらの公開データをさらに広範囲に分析。トランプ大統領を含むホワイトハウス幹部や、テレビ局のキャスターなどメディア関係者ら40人近くが、リツイートなどにより、その拡散の一端に関わっていた、とした。
また、2016年の米大統領選期間中、米国での2185件を含め、世界の3000を超すメディアの1万1000を超す記事に引用されていた、と明らかにした。日本のメディアにも9件の記事で引用されていた、という。
特に引用が多かったという14アカウントと、その露出件数は下記の通りだ。
@inforeactor (3070件), @TEN_GOP (2615件), @WarfareWW (626件), @Jenn_Abrams (453件), @Pamela_Moore13 (424件), @SouthLoneStar (300件), @todayinsyria (279件), @Crystal1Johnson (241件), @NovostiDamask (235件), @lukas_rosier (185件), @inspectan (158件), @blacktivists (142件), @ComradZampolit (126件), @GattiSilgatti (121件)
3000件を超す引用があった「インフォリアクター(@inforeactor)」は、米ツイッターが公開した2752件のリストには入っているが、ロシア語のニュースサイトで、所在地もサンクトペテルブルクとなっている。米国の機関や人物を偽装した、というのとは少し毛色が違うようだ。
これを除くと、「テネシー(@TEN_GOP)」の 2615件が最多ということになる。次いで「テネシー」「ウォーフェア・ワールドワイド」「ジェナ・エイブラムズ」となる。その次にある「パメラ・ムーア(@Pamela_Moore13 )」は、テキサス在住の保守派の女性、という設定だ。7万を超すフォロワーを抱えていた。
●「ネットの声」を見直す
フェイクアカウントの判明を受けて、メディア各社は当該のアカウントの引用を削除するなどの対応を行っている。
ワシントン・ポストは「ウォーフェア・ワールワイド」のツイートを引用した2016年2月11日付けの記事に、こんな断り書きを掲載。引用を削除している。
この記事のオリジナルバージョンでは、ツイッターアカウント@WarfareWWが共有したアニメーションマップを引用していましたが、2017年10月にこれがロシア政府とリンクしたアカウントであることが判明しました。
リコードの取材に対し、ポストの編集主幹、マーティ・バロン氏はこう述べている。
不適切であることが判明したツイッターアカウントにリンクしていたことは遺憾といわざるを得ない。このようなリンクを含むすべての記事で修正を行うつもりだ。さらに、ツイッターアカウントへのリンクの掲載に関するポリシーについても、直ちに検討を行うことにしている。
「ネットの声」の扱いにも、変化が出そうだ。
(2017年11月5日「新聞紙学的」より転載)