ウェイモの自動運転車を住民が襲う

グーグルから分社化した自動運転開発の実験車への妨害や攻撃が、2年間で21件にのぼっている。

グーグルから分社化した自動運転開発の「ウェイモ」の実験車への妨害や攻撃が、2年間で21件にのぼっている――米アリゾナ州フェニックス郊外のチャンドラー市警察が、そんなデータをまとめている。

一つの引き金は、2018年3月に隣のテンピ市であった、ウーバーの自動運転車による初の歩行者死亡事故だ。

だが、それだけでなく、自動運転車に対する安全性、プライバシー、失業の不安など、様々な感情が入り交じっているようだ。

●銃口を向ける

チャンドラー市警察は12月14日、1本の動画を公開した。

住宅街の道ばたに、上半身裸の男性が立っている。車がその脇を通り過ぎようとすると、右手で何かを取り出し、振り上げるようなしぐさをする。それは黒い拳銃だった――。

これはウェイモの車載カメラから撮影した動画だ。地元紙「アリゾナ・リパブリック」によると、撮影されたのは同年8月1日。拳銃は22口径のリボルバーで、持っていたのはその道路に面した家に住む69歳の男性だった。

ウェイモのドライバーの証言によると、この男性はドライバーに銃口を向けていた、という。

男性はその1週間後に、銃器による治安紊乱行為の容疑で逮捕されている。

ニューヨーク・タイムズによれば、この男性は警察の調べに対し、自動運転車が「嫌いだ」と話し、3月に起きたウーバーの自動運転車による歩行者の死亡事故のことを話している、という。

●自動運転車による初めての歩行者死亡事故

その事故が起きたのは、3月18日、日曜日の夜だった。

チャンドラー市の北隣にあるテンピ市。この夜9時58分、49歳のエレイン・ヘルツバーグ氏は自転車を押しながら、4車線のノース・ミルアベニューを歩いて渡ろうとしていた。

路面は街灯に照らされていたが、横断歩道のある交差点からは100メートルほど離れた場所だった。

通りを渡り終わる手前、ヘルツバーグ氏は右から来たSUV、2017年型のボルボXC90のライトを浴びる。

制限時速45マイル(72キロ)の場所で、ボルボは時速約40マイル(64キロ)で走行。ヘルツバーグ氏を自転車もろともはねてしまう。

ヘルツバーグ氏は搬送先の病院で、間もなく死亡が確認された。

ボルボの運転席にいた44歳のラファエラ・バスケス氏にけがはなかった。

このボルボ車は、配車サービス「ウーバー」による自動運転の実験車。そしてこの事故は、AIを搭載した自動運転車が、歩行者をはねて死亡させた、初めてのケースだった。

ウーバーは2016年9月から東部のペンシルベニア州ピッツバーグで自動運転車の実験走行を開始。事故の1年前、2017年2月から、南西部アリゾナ州のテンピにも、実験走行の拠点を拡大していた。

同市では300人にのぼるテストドライバーによって、実験走行を展開していた。

事故発生から2カ月後、2018年5月に米国家運輸安全委員会(NTSB)が調査速報を公表する。

データによれば、ドライバーのバスケス氏は、衝突前、1秒を切ったところで、ハンドル操作をしている。この時のスピードは時速39マイル(63キロ)。そしてブレーキを踏んだのは、衝突の後、1秒足らずのタイミングだった。

報告書は、システムに障害は認められなかった、としている。そして、車内に取り付けられたカメラは、衝突までのバスケス氏の様子も撮影していた。

車内設置のカメラは、バスケス氏がしばしば運転席の下の方に視線をやっている姿を捉えていた。

ロイターが、地元のテンピ市警察による300ページを超える報告書を情報公開請求で入手し、その内容を公表している。

同市警はネット動画配信サービスの「フール-」から、バスケス氏の利用データを入手。バスケス氏が当夜、事故発生の1分後、午後9時59分までの42分間、人気の音楽オーディション番組「ザ・ヴォイス」を視聴していたことが判明した。

アリゾナ・リパブリックなどによると、ウーバーはこの事故を受けて、各地の自動運転の走行実験を停止し、アリゾナでのプロジェクトは閉鎖。300人のテストドライバーも5月下旬に解雇されたという。

●相次ぐ妨害や攻撃

ウーバーの自動運転車の死亡事故が起きたテンピ市の現場は、チャンドラー市の中心部から20キロ、自動車で20分ほどの距離だ。

チャンドラーの住民たちにとっても、極めて身近な出来事だったようだ。

ウェイモは2016年からチャンドラーで自動運転車の路上実験走行を実施している。

すでにチャンドラーを含む25都市で、600台の自動運転車が合わせて1000万マイル(1600万キロ)を超す実験走行をしてきたという。

そしてウーバー車の死亡事故から9カ月後の2018年12月5日には、チャンドラー市に加えて隣接するテンピ、メサ、ギルバートの4カ所を対象に、初の商用サービス「ウェイモ・ワン」もスタートさせている。

ウェイモ車では死亡事故はないものの、複数の事故の事例はある。

「ウェイモ・ワン」スタートの2カ月前の10月19日には、同社の地元、カリフォルニア州マウンテンビューの路上で、マニュアルモードのウェイモ車が、車線変更をしてきた乗用車を避けようとして、オートバイに接触。けがを負わせる人身事故を起こしている

チャンドラーで拳銃を取り出して逮捕された男性の事件は、ウェイモ車への妨害や攻撃の21件の一つだ。

その内容は多岐にわたる。

37歳の男性は、所有するジープでウェイモ車に幅寄せをしたり、正面から対向していくなどの危険行為を繰り返し、警察から警告を受けている。

ニューヨーク・タイムズの取材に、この男性は「実験するなら別の場所があるだろう」と話す。

10歳の息子が路地でウェイモ車にひかれそうになったことがあり、それが妨害行為のきっかけになったのだ、という。

35歳の妻もウェイモ車を見かけると、出て行け、と声をあげているという。

この他にもチャンドラーでは、ウェイモ車に対して、刃物でタイヤをパンクさせる、岩を車体にたたきつける、などの妨害行為が続いている。

●攻撃の背景

相次ぐ妨害や攻撃の背景には、何があるのか。

「アリゾナ・リパブリック」の記事を書いた記者のライアン・ランダッゾ氏は、NPRのインタビューで、過激な妨害行為だけでなく、住宅街でウェイモ車を見かけると、警察に電話をする人々もいる、という。自動運転車がカメラを搭載しているために、プライバシー侵害の懸念もあるようだ。

ランダッゾ氏は、さらにこう述べる。

ロボットが自分たちと同じ道路を走ったり、ドライバーの仕事を奪うかも知れないということを嫌がる人々がいるのは確かだ。この種のテクノロジーが象徴する未来が嫌だ、という人たちもいると思う。

ニューヨーク市立大学クイーンズ校教授のダグラス・ラシュコフ氏は、ニューヨーク・タイムズの取材に対し、住民たちの疎外感を指摘する。

巨大企業は自動運転のテクノロジーを向上させていく一方で、我々のことは気にかけてもいない――そんな気分が広がっている。

自動運転車のドライバー席にいる人々のことを考えてみても、結局はAIの教育係であり、いずれはAIに取って代わられる運命なのだ。

●「未来」へと追い立てられる

ウェイモは、住民が拳銃を振り上げた事件について、「アリゾナ・リパブリック」に対して「自動運転テクノロジーについては、地元コミュニティの人たちも盛り上がり、関心も高まっています。この事件は、そんなポジティブな地元の反応とは裏腹のものです」とコメントしている。

ウェイモの乗車実験には、2万人を超す地元住民が応募し、うち9歳から69歳までの400人が実際に参加しているという。

"AIが運転する車"が走り回る街では、その「未来」に先乗りしようとする住民たちがいる。だが、「未来」へと追い立てられるような気分になっている住民たちもまた、いるようだ。

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(2019年1月5日「新聞紙学的」より転載)

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