「原子力規制委が弱腰だと思われるのは良くない」 〜 米国の元原子力規制委員会幹部

国の原子力規制委員会(NRC)の元幹部で、東京電力・福島第一原原子力発電所事故に係る汚染水対策などに関して様々な助言を行ってきたレイク・バレット氏に御意見を伺った。

米国の原子力規制委員会(NRC)の元幹部で、東京電力・福島第一原原子力発電所事故に係る汚染水対策などに関して様々な助言を行ってきたレイク・バレット氏は、1979年に米国で起こったスリーマイル島(TMI)原発事故の現地対策ディレクターとして、規制関係業務を指揮した経験を持つ。先月25日、私はバレット氏と懇談させていただき、①福島第一原発・汚染水問題、②原発「40年」ルール問題、③原発ゴミ処分問題、④今後の原発再稼働の見通しなどに関して御意見を伺った。

<1>福島第一原発・汚染水問題について

石川)福島第一原発のサブドレンからの「処理済み水」(トリチウムを含んだ水)は、ようやく地元漁連の了解を得て海への放出が行われる見通しとなった。世界の原発では、こうしたトリチウム水は発生しているのかどうか?

バレット)TMI事故後、それまで川に流していたトリチウム水を流さなくなった。科学的に問題ないと判断されたトリチウム水であっても、下流の住民たちが感情的にどうしても受け入れることができなかった。だから、蒸発させて処理した時期があった。今は川に流している。蒸発させれば雨になって下流の住民にも降ってくるので、同じと言えば同じなのだが、社会的政治的な観点から蒸発処理した時期があった。そういうものだ。科学的リスクと、一般の人々が抱く精神的リスクでは、全然違うものがある。科学の事実と人間の認識には大きな差がある。

<2>原発「40年」ルールについて

石川)日本の原子力規制委員会(NRA)は、「原子炉を運転開始時から40年で閉鎖する。特別に認可すれば60年まで認める」というのを原則化した。これは、米国の「40年」ルールを参考にしたもの。米国では、「40年」で閉鎖することを原則としているのか?

バレット)それはない。安全やリスクという観点からは、「39年」でも「41年」でも同じ。リスク管理が重要であり、「40年」が妥当かどうかの証明は、事業者側が行うもので、NRCがそれを科学的に審査し、合否を判断するということ。「40年」は厳密な数字ではない。

石川)「40年」の根拠は、どのようなものか?

バレット)米国では、事業者が稼働させたい期間を申請し、それに見合った対策が講じられているかどうかを診る。「100年」でも「1年」でも、「60年」でも「40年」でも「30年」でも、規制当局としては構わない。申請した期間を安全に運営できることを証明すれば良い。「100年」ではコストが莫大になり、「1年」では投資回収できない。そうこうしているうちに、だいたい「40年」くらいが一般的なものとなっていった。これは、規制するNRC側の発意ではなく、規制される事業者側の発意だ。

石川)延長期間として認める『20年』というのにも、科学的根拠はないのか?

バレット)今から25年くらい前のことだが、最初の世代の原発が20〜30年の稼働経過となってきて、事業者側としては当初「40年」で許可を得たが、それ以降どうしようかと検討した時に、「40年」を超えて稼働することが社会的にも適切だし、電力供給もできるということで、「20年」分の安全を確保した上で延長するという申請が出てきた。NRCがそれを科学的に審査し、合否を判定してきた。今は、費用便益を勘案しながら「60年」を超えて「80年」という可能性が探求され始めている。〔筆者註:現在、米国の稼働中の原発は99基、このうち「60年」までの延長が承認済みなのは73基。〕

<3>原発ゴミ処分問題について

石川)使用済核燃料の再処理や、高レベル放射性廃棄物の中間貯蔵・最終処分に関する問題は、世界的にも大きな関心事項の一つ。米国では使用済核燃料の再処理は行わず、全て直接処分を行っていくとのことだが、それに対する米国民の反応や姿勢はどのようなものか?

バレット)米国の最終処分場として計画されているユッカマウンテンの件に、私は10年間も携わっていた。科学的技術的な部分は1割で、政治的感情的な部分が9割だった。米国では、最終処分問題は原発反対の口実に使われている。日本も同じ状況に見える。

<4>今後の原発再稼働の見通しなど

石川)日本では、原発について"発電している=危険、発電していない=安全"といった思い込みが蔓延しているように私は思っている。今、日本の原発は全基停止している。米国ではTMI事故以降、今の日本のように全基停止せよ!といった声は出たか?

バレット)全基停止が適切かとよく訊かれるのだが、答えはNOだ。日本は、文化的な面で世界の他の国々とやり方が異なり、極めて規律正しく、伝統的な手順から外れない国。日本では、毎年、定期検査で稼働を停止し、再稼働する際にはいちいち知事の了承を要するという手順。米国にはそういう手順がなく、TMI事故後も全基停止ということにはならかなった。米国では、ルールとして厳しく毎年停止させるとか、再稼働に知事の了承を要するということはない。TMI事故は人為的な事故だったが、米国の電力業界が事故後ほんの数週間で所要の改善を図ったので、NRCとしても稼働を続けながらでも安全上問題ないと判断した。

石川)それは前民主党政権時代のことだが、その際、NRAを設立した。現自民党政権はNRAが合格を出した原発については再稼働させる方針としているが、NRAの審査は非常に長い時間がかかっているが、これについてどう思われるか?

バレット)大きな事故が起こった後に新設された規制機関が厳しいのは仕方ないこと。今は保守的な方に寄り過ぎているにしても、時とともにちょうど良い所に落ち着いていくだろう。米国でもTMI事故後、そういう時期があった。ただ、米国は立ち直るまでにそれほど時間がかからないと思うが、日本はとても秩序立った社会なので、いったんそれが崩れると立ち直るのには長い時間がかかるのではないか。全員のコンセンサスを求める社会なので、なかなか前進しない。再稼働に関する知事の了解や、トリチウム水の放出に関する地元漁協の了解を取り付けることなどがそうだ。米国では、そういうのはない。

石川)NRAによる今の規制運用は、新基準の全てを満たさないと合格を出さず、そして現政権はNRAが合格を出した原発でなければ再稼働させない方針。これについてどう思われるか。

バレット)「安全」に関する考え方が、日米では全然違う。日本はかなり細かく"数字"で決めるなど硬直的。米国はそういうのではなく、リスクに応じて柔軟。日本は一つの選択肢に偏り過ぎており、柔軟性がない。おそらく、以前と同じように稼働させていても安全上問題のない原発は幾つもあるが、新設されたばかりのNRAは、とにかく追い詰められた状況で、うまく機能していない。それぞれの原子力事業者が自社プラントは安全上問題ないと申請してきても、それを認めるという判断をする人がいない。経済合理性がベースにあり、次に安全性の確保、その上で社会的或いは政治的にどうかとなる。経済合理性も安全性も大丈夫と判断されたにもかかわらず、政治的に稼働できなかった例は、米国にもある。ニューヨーク州ロングアイランドの原発がその最たるもので、これは技術的問題ではなく政治的問題だった。当時のニューヨーク州知事が大衆迎合的だったという話。

石川)私は、日本の政府や電力業界には、原子力安全に対する過信や"事故ゼロ神話"があったように思う。

バレット)米国では911テロの後、原発についても想定外の事態を想定するようになり、福島事故のような全電源喪失に関する対策を講じた。だから、福島事故の原因となった全電源喪失という事態が起きたとしても、米国では福島事故のような事故にはならかっただろう。その想定外の事態が、米国ではなく日本で起こってしまった。米国では、TMI事故の前後で大きな変化があった。TMI事故前の原子力事業者の文化は、石炭火力や石油火力の考え方と同じだったが、TMI事故後は原子力潜水艦や原子力施設を持つ海軍の考え方が取り入れられた。原子力に対する根本的な姿勢を変えるのに10年かかったが、おかげで安全性も生産性も向上した。稼働率も65%から90%まで上がったので、経済効果も莫大。

石川)NRAの在り方について、これは5名の学識者などで構成されるが、こうした組織体制に関してどう思われるか?

バレット)NRCも5名で構成されている。ひどい人もいれば、とんでもない人もいる(笑)。無能な人もいるし、優秀な人もいる。歴代の委員を見ると、技術者もいたし、科学者もいたし、弁護士もいたし、反核運動家みたいな人もいた。ただ、5名もいると、1人くらい変な人がいても全体として何とかなる。また、各委員の下に安定した専門スタッフ陣がいるので、委員が政治的思想的に揺れたとしても、組織全体としては技術的合理性ある判断能力を持ち続けることができる。米国連邦政府が特定の政党に偏らない人選をする仕組みになっているし、議会のチェックも入るので、そんなに変な人が入るようなことにはならない。日本国民について言えば、福島事故のトラウマがある中では、新しい規制機関であるNRAが事業者に対して弱腰だと思われるのは良くないので、NRAが保守的な姿勢になってしまうのは仕方ないことかもしれない。

石川)日本のエネルギー政策について、どう見ているか?

バレット)国のリーダーは、国民に対してエネルギーの選択肢をわかりやすく説明する必要がある。しかし、国民の心の中に、"原子力は悪の権化で、癌を引き起こす。太陽光や風力は天使のようで、何も悪いことをしない"といった認識がある時には、政府も論理的に説明をし切るのは難しいだろう。自国にエネルギー資源を持たずに技術立国として生きて来られたのは、世界中で日本だけなのではないか。日本の教育内容は知らないが、そもそも第二次大戦の原因は、日本が米国の禁輸措置により石油を輸入できなくなったこと。だから、エネルギーの確保と安定供給・自給は日本にとっても常に大きな課題であるはずだ。米国は、エネルギー資源に関して、今後10年以内に中東依存から脱却できる見通し。中東で自国民を戦死させることは愚かだと思っている。米国民が中東に行かなくなれば、日本はホルムズ海峡に自分たちで行って石油や天然ガスを安定的に持って来れるようにするのか。エネルギー安全保障とは、そういうことなのだ。

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