プレジデント誌「セクハラにならない誘い方、口説き方」は何が問題か。知ってほしい、性的関係における合意のこと

きちんとコミュニケーションをとって、相手がどんな気持ちなのか、どんな意思なのか、やりとりしながら関係性をつくっていくという視点がこの記事には完全に欠落している。

現在発売中のビジネス誌プレジデントhttp://www.president.co.jp/pre/ (プレジデント社)2017年7月31日号には「場面別 人付き合いの高等テクニック」というテーマの特集があり、いくつかの場面ごとに「有識者」のコメントを編集部がまとめた体裁の記事が載っている。

たとえば「初対面の挨拶」というシーンについて、ザ・リッツ・カールトンホテル元日本支社長が、「商談、値切り交渉」というシーンについて、「外資系ISO審査機関のトップセールスとして活躍」した経験があるビジネスマンが語るといった具合なのだが、ここに、「シーン7 女性と仲良くなる」というタイトルで、「セクハラにならない誘い方、口説き方」というサブタイトルが付された記事がある。

この記事が、Twitter上などで「むしろセクハラを助長するのではないか」と非難を浴びている。確かに非常に問題がある記事だ。特に、ホテル(文脈から、ラブホテルではない)にチェックインする前に一緒に酒を買うことをもって、性的関係への合意の証拠としろと指南しているところが悪質なのだが、他にも問題はある。以下順次述べる。

なお、監修なのかインタビューを受けたということなのか記事上では曖昧で不明だが、とにかく記事上に名前と顔写真が載っているのは弁護士の野澤隆氏である。

1 「密室ではなくジョナサンやすしざんまい」なら安心、なのか

記事は、「仕事にかこつけて声をかけるのはNG」と始まる。そこはその通りだろう。仕事にかこつけられてしまうと、部下としては、断りたくても断れないからだ。業務上の上下関係を利用して私的関係を迫るようなことはしてはならない。

そのため、記事は、いきなり1対1で夜の飲み会に誘うのではなく、「目当ての女性を含めた男性2対女性2で食事に誘うのがベスト」と説く。まあ、そうかもしれない。

記事は、食事を終えて1対1になった際、終電がなくなりかけた時間に2軒目のお店に誘う際には、部下にタクシー代や宿泊費を負担させないように配慮しろと説く。それもそうだが、その日は相手に脈がなさそうなら、そもそも終電がある時間に解散すればいいのではないのか。もうちょっと粘りたいということだろうか。電車がなくなる時間に2軒目のお店に行くことについて、女性部下の意思を確認しろという指南は一言もないが、それでいいのか。このあたりからなんだかおかしくなってくるのだ。

記事は「セクハラにならないためには、常に女性に逃げ道をつくってあげて、危険ではないことを認識できる状況にしておく必要がある。つまり密室ではなく一般のレストランのようなオープンな場で話を進めるべきだ」と述べるのだが、なんともピントがずれている。この記事が「オープンな場」としてお勧めしているのは「24時間営業飲食店」「コスパの観点から、ジョナサンやすしざんまいなど」である。

しかし、個室ではなくオープンな場でありさえすれば「女性に逃げ道」があって「セクハラにならない」というわけではない。

そもそもセクハラの根本には、相手が上司であったり教師であったりという継続的な上下関係があることをこの記事は踏まえていない。「下」の立場にある者としては、意に反する性的接触をされても、はっきりと拒絶したり不快な意思表示をしづらい、できない、ということを、「上」の立場にある者は重々認識すべきなのだ。いくつかのセクハラ案件を取り扱ってきた経験上、この認識が希薄で、自分の地位に伴う圧力に無自覚な上司がハラスメントを起こしやすいということを強調しておきたい。

当然のことだが、上司が部下に恋愛感情を持つこと自体は何も問題ないし、現に結婚に至る実例もそう珍しくはないのだから、口説いてはいけないということでは全くない。

ただ、上司と部下という人間関係が厳然としてある以上、たとえ社外で、勤務時間外であっても、上司という属性をもってしまっている者としては、部下という属性をもっている者に対し、上下関係に基づく圧力を行使できてしまうということを十二分に認識し、相手ができるだけその圧力を感じないように配慮し、アプローチするのであれば、部下の側が断りたければできるだけ安心して断れるように気を使いながらアプローチすることを心がける必要があるということだ。

そのような配慮がないなら、場所が個室のような「密室」ではなくジョナサンやすしざんまいのような「オープンな場」であったとしても、部下の女性側としては「もう終電も無い時間で帰りたいのに上司から二軒目に行こう、ジョナサンならいいだろうと言い張られて、不本意ながら、帰りたいと言えず、ついていかざるを得なかった」と感じるような事態が生じかねない。記事は「女性に危険ではないことを認識できる状況にする必要」とあるのだが、そうではなく、必要なのは、上下関係に圧力を感じて本心をいえないような状況下に置かないことだ。

重要なのは、部下側にできるだけ圧力を感じさせないようにし、本心に基づく言動をできるよう配慮することだということを何度でも強調しておきたい。

2 「事前にシングルとセミダブルの2部屋を予約」しておけば大丈夫なのか

記事は、1対1になったあと、「事前にホテルを確保しておくのであれば、シングルとセミダブルの2部屋を予約する」と指南する。こうしておけば、「別々に泊まろうと思っていたという言い訳をできる」ということなのだが、正気だろうか。これでは、せっかく単なる飲み会、懇親会という体裁で誘っても、結局、上司のほうには、あわよくば性的関係に持ち込もうという意思が当初からあったことが推認されることになるだろう。

もしかしたら性的関係をもてるかもしれないと内心で期待し、事前にこっそりホテルの部屋を予約しておくところまでは構わない。しかし、女性側にその気がなかった場合、単なる飲み会と思って参加しただけなのに、終電がなくなる時間まで上司と1対1で過ごすこととなり、あげく「ホテルの部屋はとってあるよ、別々だから安心して」と言われた女性部下はどんな気持ちになるだろうか。上司には、はじめから終電が無い時間までひっぱり、性的関係をもとうとアプローチする意欲があったのだと普通なら気づくだろうし、違う部屋にいる上司が夜中に部屋をノックしてくるのではないかという不安感を抱くことさえありうるだろう。

今日は解散、ということになったなら、女性部下は自力で帰るなりすればいいだけで、上司側としては、せいぜい自腹を切ってタクシー代を部下に渡してあげる程度に留めるのがスマートな対応ではないだろうか。セクハラと言われるのが怖いというなら、「自分も別のタクシーで帰る」と嘘をついて、実は事前にホテルを予約していたという気ぶりなど見せないことだ。

3 「一緒に近隣のコンビニでお酒を買うことは「合意の成立」を推認する重要な判断要素」なのか

最も問題な箇所はここだ。

記事は、ホテルにチェックインする前に、「一緒に近隣のコンビニでお酒を買うのも役に立つ」「一般的に、2人でホテルの同じ部屋に入り、そこに一緒に買ったお酒を持ち込むという行為は、『合意の成立』を推認する重要な判断要素となる」と述べる。

違う。

全く違う。

セクハラ訴訟で加害者代理人がこんなことを言う弁護士だったら最悪だ。

「お酒を買って、部屋で一緒に飲まないか」と誘い、それに女性が応じたなら、合意の範囲は「お酒を買って、部屋で一緒に飲む」ところまでだ。この記事は、「部屋で一緒に飲酒することを合意した以上、性的関係についても当然合意があった」ということをなんの説明もなく当然の前提にしている。この発想自体が性暴力加害者のものだ。

たとえば出張先などで、「このあと部屋で飲もう」と上司に言われ、「それくらいならいい」と思いながら部屋に行った女性部下が、そこで意に反する性的関係を強要されるというような被害は現実にある。そのことを、この記事に関与した野澤弁護士も編集部もどう認識しているのか。

もし上司から「部屋で飲みながら話の続きをしよう」と誘われた場合、気が進まなくても部下という立場上応じざるを得ないということはある。「部屋で二人きりになったら危ないかも」と少し不安を感じたとしても、そのことを部下は明確には言えない。一体どう言えばいいというのだろうか。「二人きりになって飲酒したらあなたが私をレイプするかもしれないから不安だ」とはっきり言えるはずがない。

また、女性側にも、上司への信頼等から、そのような不安を抱かないことだってあり得る。たとえば年齢がかなり離れているような場合、「まさか父親のような年齢の人が自分を性的対象として見ているとは思いもよらなかった」ということもあるのだ。

多少不安があったとしても、「男性と夜に部屋で二人きりというのはちょっと・・・」と伝えれば自意識過剰な痛い奴扱いされることもあるし、女性側にも「そんな風に疑うのは失礼だ」と自分で自分の不安を打ち消そうとする心理が働くこともある。

「今日はもう飲みすぎたから」とやんわり断ろうとしても、「普段はもっと飲んでるじゃない」などと意に介さない上司の態度に、部屋で飲むことを断りきれなかった、というような話は典型的なセクハラ被害事例でよく聞く話だ。

以上より、繰り返すが、「部屋で一緒に飲酒する」ことへの合意を勝手に性的関係への合意に読み替えてはならない。「お酒を飲もう」と誘ったなら、合意の範囲はそこまでだ。同室で飲酒することへの合意は、そこで性的関係をもつことの合意とは違う。飲酒後に性的関係をもとうということなら、それについての合意があるのか改めて確認しなくてはならない。

そこで性的関係を期待するところまではいい。

しかし、同じ部屋に入室したという一事をもって性的関係への合意の存在を当然視する発想こそが性暴力の温床だ。

セクハラをしたくないなら、都度、相手ができるだけ上下関係の圧力を感じずに本心を言えるような時間、場所、伝え方を配慮することだ。そのようなコミュニケーションと配慮には一切触れずに、「手元に残ったレシートは、合意の成立を立証する客観的証拠となる」とは何事か。セクハラの基本のキもわかっていないと言わざるを得ない。プレジデント編集部は、適切な講師をよんで、速やかに、編集部内で、セクハラをテーマにした倫理研修を行うべきだ。

4 性的関係における合意とは何か。「豹変」したのは誰なのか。

一緒に酒を買ったレシートを、態度を「豹変」させた女性からのセクハラの糾弾から身を守る証拠だと説く記事には、「いったんは性的関係に合意したのに後からそれをセクハラだと言い募る女性への恐怖・不信」を強く感じる。そこには、「性的関係に合意があったはずなのに」という強い思いがあるのだろうが、合意があったと信じる根拠が「一緒にお酒を買って同じ部屋に入ったから」という以外にないのであれば、性的関係に合意があったと感じたこと自体が誤りであったかもしれないと真摯に省みるべきなのだ。

女性部下が同室で飲酒することを断れず、あるいは本当に飲酒だけだと信じて一緒に飲酒を始めたら、いきなり男性上司があらかじめ合意がある関係であるかのごとくに性的関係を迫ってきたというなら、「豹変」したのは上司のほうではないのか。このような、断りづらい関係を背景にセクハラが起きるのだということは何度強調してもしすぎることはない。

飲酒の誘いという断りづらい誘いで部屋に囲いこみ、そこで当然かのごとくに性的関係に合意があるという前提で性的関係に及び、その後女性から「セクハラを受けた」と言われたら一緒に酒を買ったレシートを見せて「あなたも性的関係をもつのに合意していたでしょう」と言えるという指南をするこの記事は、性暴力についての誤った認識を公言するもので、その点において到底許しがたい。訂正記事を求めたいくらいだ。

現実のセクハラ事案では、多くが、「触ったか触っていないか」ではなく、「合意があったかなかったか」が争いになる。ここで加害者として訴えられている側が「彼女にも合意があった証拠」として挙げる事実が、被害者側から見れば到底性的関係への合意とは言えないににもかかわらず、加害者側は性的関係への合意と本気で思い込んで熱心に主張立証するというのはよく見られるシーンだ。

更に、現実には、「あなたも同じ部屋に入って酒を飲んだなら、性的関係をもつことを期待させた責任がある」「性的関係をもつのが嫌だったら同じ部屋に入らなければよかったのではないか」と、第三者から被害者への心ない非難が浴びせられることも珍しくない。被害者自身もそう思ってしまって自分を責め、性暴力被害を告発できないこともしばしばある。

少し前に話題になった、NHKあさイチの性暴力特集(6月21日放送)でも、NHKネットクラブアンケートによると「『性行為の合意があった』と思われても仕方がないと思うもの(複数回答)」を回答者に選ばせたところ、「二人きりで飲酒」がそれに該当するという回答が27%に、「泥酔している」が該当するという回答が35%にものぼったという結果が紹介された。暗澹たる気持ちである。

何度でも繰り返すが、二人きりで飲酒することへの合意と、性的関係をもつことへの合意は異なる。

「性的関係について合意があるのではないかと期待すること」と、「当然合意があるとみなす」ことも違う。期待していたとしても、相手が性的関係に合意していないならそれは仕方ないこととしてそれ以上進むべきではない。当然のことだ。

内閣府は、平成11年度から3年ごとに、「男女間における暴力に関する調査」を実施しており、ここに「異性から無理矢理に性交された経験(女性のみ)」という調査項目がある。平成26年度調査

http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/chousa/pdf/h26danjokan-8.pdf)によると、異性から無理やりに性交された経験があると答えた女性は回答者の6.5%、約16人に1人だ(図6-1-1)。そして、加害者との関係は、なんらかの面識がある関係が合計75%にものぼる(図6-2-1)。「職場・アルバイトの関係者」は13.7%だ。

性暴力は、見知らぬ他人からいきなりふるわれるというのはむしろ少ない。顔見知りの関係性においてこそ多くの性暴力が発生しているということの背景には、性的関係についての合意が何かという社会的合意が混沌とし、あやふやだということがあるのではないだろうか。「加害者」は「これは合意があるのだから性暴力ではない」と信じて性暴力をふるっていることが珍しくないと思われる。

カオスを解決するキーワードは「性的関係における合意とは何か」である。

性暴力を根絶するためには、性的関係への合意とは何かという根本的な問いについての真摯な議論を重ね、これについての認識をもっと社会全体で共有するよう努めなければならない。今の日本社会は、著名なビジネス誌上で、同室で飲酒することに合意した以上、性的関係への合意もあったと当然に前提にする主張が堂々と展開されるような状況がいまだにある社会であること、そういう状況下では性暴力の危険に弱い立場の女性たちがさらされ続けているということへの認識も、社会全体で深められなければならない。

その意味で、性的関係への合意とは何かについて、誤った認識を公言しているこの記事はきちんと批判しなければならないと考えた次第である。

5 では結局、女性部下に好意を打ち明けたい場合、どうすればよいのか

記事からは、女性の「豹変」を怖れつつも、万一「豹変」した女性からのセクハラだという糾弾があっても事前準備により身を守った上で性的関係をもちたい、という精神構造がうかがえるのだが、なにか根本的なところをかけ違えている気がしてならない。

重要なのは女性の「豹変」から身を守ることではなく、明確なコミュニケーションにより自分の意思を伝え、相手の意思を知り、相手の同意の有無を前提に行動することだ。

きちんとコミュニケーションをとって、相手がどんな気持ちなのか、どんな意思なのか、やりとりしながら関係性をつくっていくという視点がこの記事には完全に欠落している。

もともとの人間関係や上下関係の強さ等にもよるので、「こうすれば大丈夫」とマニュアル的に提示することはできないが、相手の意思に反した性的関係を強要してしまわないためには、「自分はあなたに好意をもっている、しかし上司である自分がこれを告げることが、部下であるあなたにとって、断れないプレッシャーを感じさせてしまわないかということを危惧しながらこれを伝えている、好意を受け容れてくれるならもちろん嬉しいが、あなたが断りたいならもちろん断ってもらって構わない、そのことによって自分が上司としての立場を利用してあなたに不利益を与えることは絶対にないということをどうか信用してほしい。。。」そのようなことを、相手が本当に断りたければ断れるような時間、場所、環境において、本心から丁寧に誠実に伝えればよいのではないか。そして、もし断られた場合でも、それを理由に相手に業務上の不利益を与えることは絶対にしないことも当然だ。

それで恋愛感情を持ってもらえるかどうかはケースバイケースとしか言いようがないが、少なくとも、上司であるという地位を利用せずに好意を伝えるべく努力しようとしている姿勢は相手に伝わるのではないだろうか。

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