とかく「熱しやすく冷めやすい」「のど元過ぎれば何とやら」「人の噂も75日」と言われる日本の国民性だが、今回限りはしっかり覚えておいてほしいものだ。2015年9月19日。この日抱いた思いを。今、政治家はもちろん、「民度」も問われている。
自民党が慢心するのも、時が経てば国民なんて忘れてしまう、安保法案の衆院通過の時もそうだったじゃないか、「世論なんてそんなもの」と高をくくっているからだ。ましてや、来年夏の参院選までには綺麗さっぱり忘れているさ、そう、それが自民党の魂胆なのだ。
しかし、この安保法制を白紙に戻すには政権交代しかない。いや、その前に、実際の自衛隊出動には国会承認が必要だから、とりあえず来年夏の参院選で与野党逆転させて、そこでブレーキを踏むしかないのだ。そのためには、違憲立法を許したふがいない我々野党を再編して、自民党に対抗しうる、政権交代可能な国民の選択肢、受け皿を作っていくしかない。
先週、会期末の日(9・25)に、民主と維新の党首会談を開き、両党首、幹事長をメンバーとする「連携協議会」の下で「基本政策協議」をスタートさせることにしたのも、これが目的だ。10月中に「政策合意」ができれば、次のステップは「選挙協力」、その先には「新党」も見えてくるだろう。
今回の安保法制は、言うまでもなく欠陥だらけだ。安倍政権は、「自国防衛」のための「集団的自衛権」と言い募るが、そんな概念は国際法上ない。「集団的自衛権」とは「他国防衛」の権利である。これがニカラグア判決をはじめ国際法の常識だ。しかし、安倍政権は、今回の「集団的自衛権」はあくまで「自国防衛」なので、憲法が許容する「必要最小限度」の武力行使だから合憲というトリックを使った。
しかし、本当にそうなら、日本が「存立危機事態」にあるのに、それが限定的であれ「集団的自衛権」と位置付けられるため、その要件たる「他国からの要請」がないと自衛隊が出動できなくなる。どこの国に、自国が深刻な危機に直面しているのに、「他国からの要請」がなければ何もできないなんて国があるだろうか?この一点をとってみても、今回の法制が深刻な矛盾を抱えていることがわかる。
「存立危機事態」という概念自体も「幸福追求権が根底から覆される」などという曖昧な言葉を使うから武力攻撃以外の経済的要因も入ってしまう。「後方支援」する地域もより前線に近づき、「武器弾薬」の提供や戦闘機への「空中給油」までできるようになると、あきらかに「敵」はここを狙う。「兵站をたたけ」が戦争の鉄則だからだ。そうなると自衛隊も応戦せざるをえない。今回の法律で「後方支援」は地球の裏側まで可能となるから、あながち、デモ等で人々が「戦争法案」廃案!と訴えていることも間違いではない。
いずれにせよ、この違憲立法は一旦白紙に戻して、一から、合憲の範囲内で現下の安全保障上の要請に応えられる、国民をしっかりと守る安保法制を再構築していかなければならない。まさに、これからが勝負だ!
(2015年9月28日「今週の直言」より転載)