BLOG
2018年09月07日 17時51分 JST | 更新 2018年09月07日 17時51分 JST

目指すのは「医療の民主化」

Googleが期待を寄せる広島の医師

7月にサンフランシスコで開催され、世界中から2万人以上が参加したGoogle主催の国際会議「Google Cloud Next '18」で、日本から招かれた一人の医師が講演を行った。放射線科医である北村直幸医師は株式会社エムネス(広島市)という企業の代表を務めている。エムネスでは、契約するクリニックや病院がクラウド上にアップしたCTやMRIなどの医療画像を、同社に勤める放射線診断専門医が読影し、診断を行ってレポートを返信するLOOKREC(ルックレック)というシステムを開発した。従来初期投資に多額の費用が必要だった遠隔画像診断が、クラウド上でデータを管理することによって、インターネット環境とパソコンさえあれば可能になるという画期的なシステムだ。

北村医師がエムネスを起業した経緯と、見据える視線の先について話していただいた。

(聞き手:只野まり子)

・Google Cloud Next '18 サイトトップ

■遠隔画像診断との出会い

20年くらい前、勤務医をしていたときに外来に30代後半のすごく痩せた女性がやってきて、僕がたまたまCTの検査についたんですけど、撮った画像を見たらすい臓がんの末期だったんです。

その患者さんは県北の別の病院で半年くらい前に撮ったフイルムを持ってきておられて、そのフイルムにはすでに異常が写っていました。見逃しです。でも、フイルムと一緒に入っていたレポートには一行「異常なし」の一文だけ。その病院には放射線科医がいるはずはなく、誰が診断したのかと思ってレポートをみたら、診断したのは東京の会社でした。東京の会社に画像を送って診断してもらっていたんですね。そのとき初めて遠隔画像診断の存在を知りました。後で調べたら、広島県内で8つの医療機関がその企業と契約していました。

当時の僕は31〜32歳くらいで、日々カンファレンスに出て、手術を行うかどうか、手術ではどこまで切るかをジャッジするのが主な仕事で、外科部長クラスの先生たちと対等に話ができることに喜びを感じていました。一方で、その患者さんに出会い、最初の段階で見つけてあげられれば手術できたのにという思いもありました。

手術が可能かどうかを判断する仕事をしていたわけですが、そこにはすでにある程度進行したがんがあるわけです。それよりも、手術が必要になるよりもっと早い段階で見つけるところに関わった方がいいんじゃないかという気づきがありました。それが起業のきっかけです。

・北村直幸医師

■世界の最先端をいく取り組み

エムネスでは、クラウドを使った遠隔画像診断を行い、近年はそこにAI(人工知能)を搭載して画像診断の精度を上げる開発を行っています。こういった取り組みがGoogleに注目されて、今回「Google Cloud Next '18」で講演をすることになったわけですが、元々企業として業界の先陣を切ろうという思いでいるわけではないんです。

現場のニーズから遠隔画像診断を始め、そこにはシステムが必要で、システム構築にはお金がかかる、ではクラウドを使ってコスト削減しよう、そうやって困ったことを解決してきた延長線上にいまがあるというのが実情です。ただ、いろいろ話を聞くと、パブリッククラウド上で遠隔画像診断をしているところって他にないようで、結果的に先陣を切っているという感じですね。契約先の先生方にもすごく喜んでいただいています。

・エムネスが開発したLOOKRECの概要

http://www.mnes.org/lookrec/ より)

一番の障壁は医療データでクラウドを使うっていうところに対する規制です。当局による規制だけでなく、自主規制も含めて。特に医療界って、個人のレベルでは賛成していても、組織、特に公的機関となるとなかなか一歩を踏み出せないっていうところがあります。そのあたりをどうクリアするかですね。

ソフトウエアにしても、厚労省が承認したものでないと使ってはいけないという決まりはあるものの、現場では承認されてないものを医師の判断で少なからず使っています。それが実情です。リスクをわきまえた上で、「患者さんにメリットがあるなら使おう」、現場の医師がそう判断しているのです。それを頭ごなしに否定するのは良くない。私は社長と医師を兼ねていますが、経営においても診療においても、現場感覚を尊重するよう心がけています。

AIにしても、せっかく日々先生たちが苦労して診断されているデータがあるので、この知見は残さないともったいないんですよ。AIはインターネットに乗ってくるので、国境がありません。いずれ中国などが国としてデータを溜めてこの分野にきたら全てもっていかれます、先を越されますよ。法的なところで制限があるせいでそうなるのは悔しいじゃないですか。

アメリカで医薬品の認可を行うFDA(米国食品医薬品局)では、AIの医療分野への進出に対応すべく、デジタルヘルスを扱う専門部署を立ち上げた。従来の「プロダクトの認可」から、「プロセスの認可」へ審査を変え、AIを搭載した医療装置などに認可を与え始めている。

■「医師の働き方改革」、患者にとっては......?

エムネスの常勤医11名のうち、3名の女性はそれぞれ自宅で働いています。家にいながらいろいろな診断・相談できるようなシステムが構築できるので、LOOKRECのようなクラウドを使った医療がもっと進めば、医師の働き方も大きく変わっていくのかなと思っています。

これは医師にとっては働き方改革ですが、患者側にとっては医療そのものの変化になります。より患者寄りの、しかもボーダレスなものに変わります。

「Google Cloud Next '18」の講演の最後に、自分たちがやりたいことは「医療の民主化」だという話をしました。僕らが本当に目指しているところっていうのはやっぱり患者さんを救うことですから、いずれは患者自身が自分のデータを蓄積するっていう状況にもっていきたいですね。LOOKRECは、カルテや検査画像、服薬履歴などを患者本人が一元管理するシステムを目指しています。複数の施設で行った診療の記録や検査結果をまとめて本人が管理できるようになれば、例えば旅先などで病院を受診しなければいけなくなったときなどに、患者にとっても医師にとっても大きなメリットになります。すでにその第一段階に近いものはできているので、開発を進めていきたいと思っています。

・Google Cloud Next '18 での講演動画

ヘルスケア分野でのクラウド活用が進めば、日本のみならず世界中で大きな変革がもたらされる可能性があり、すでにその変革は始まっている。その最先端に「いち医師として患者さんを救うことが最大の目標ですから、そこに向けて、いいものだと自分が思っていることにはチャレンジしていきたい」と語る北村医師がいることは、患者にとっても医療界にとっても僥倖だったと言うほかない。

北村直幸(きたむら なおゆき)

広島県出身。1993年広島大学医学部卒業後、同大学放射線医学教室に入局。中国労災病院、広島市民病院勤務を経て2000年に有限会社エムネス(遠隔画像診断センター)設立、07年より株式会社エムネス代表取締役。日本医学放射線学会認定 放射線診断専門医、肺がんCT検診認定医師、検診マンモグラフィ読影認定医。