日韓冷却と韓中接近(上)

3月上旬、ソウルに行ってきた。1年ぶりだった。街中で目についたのは中国人観光客のやたらの多さだ。日韓の冷え込みをしり目に「韓中接近」は、また一段と進んだようだ。

3月上旬、ソウルに行ってきた。1年ぶりだった。街中で目についたのは中国人観光客のやたらの多さだ。日韓の冷え込みをしり目に「韓中接近」は、また一段と進んだようだ。いま、韓国で見る日本、中国は、どんなものなのか。北東アジア地域の諸問題について積極的に発信している延世大学の文正仁(ムン・ジョンイン)教授にも話を聞いた。

■群がる中国人

ウイークデーの夜7時過ぎ。ソウルの中心部、日本人観光客にもおなじみのロッテ百貨店の免税店をのぞいてみると、中国人でごった返していた。9階の化粧品売り場など、中国語以外は聞こえてこない。

10階の高麗人参売り場で、販売係に日本語で話しかけると、おずおずと後ずさりし、少し離れたところにいた別の一人の女性が飛んできた。尋ねると、このコーナーを担当する販売員4人のうち、日本語ができるのはその一人だけなのだそうだ。あとの3人はいずれも中国語要員。

その日本語係に聞いてみると、3年ほど前から客筋は大きく変わった。それまでは半分以上が日本人客で、中国人は2割程度だったのが、いまは完全に逆転して中国人5割、日本人2割といったところで、あとは外国に出かける韓国人や東南アジア方面からの観光客という。

「ここではもう、中国語ができないと仕事にならない。私もいまは中国語の特訓を受けています」。説明してくれた日本語係はこう言って首を振った。私の感じでは、10年ほど前まで、ここの客はまず9割方が日本人で、販売員はみな日本語が達者だった。それがいま、この変わりようである。

「韓流」は中国人女性にも人気(2013年3月、ソウルの徳寿宮前で)

■日中逆転

観光客筋の「異変」は数字にもはっきりと表れている。ソウルの街中を流れる清渓川沿いの韓国観光公社に日本チーム長の李丙賛(イ・ビョンチャン)さんを訪ねると、「ほら、こんな具合です」と数字を示してくれた。

▽2013年中の外国人の韓国入国者数

日本人 2747750人(前年比マイナス21.9%)

中国人 4326869人(前年比プラス52.5%)

「中国人が日本人を上回ったのは初めてです。日本人観光客の場合、リピーターは確実に来てくれているが、団体客が大幅に減った。逆に中国人は団体が急増している。日本旅行業協会(JATA)に聞いてみると、日本人の海外旅行者は総数では減っていないようです。やはり、いまの政治状況...、こんな時にあえて韓国へ行かなくとも、という人が多いようです。日本人の誘致に力を入れるのはもちろんですが、なんと言ってもいまの状況が好転しないことには...」

大阪支社勤務の経験もある李さんは、流暢な日本語でこう説明してくれた。

韓国紙は最近、法務省の数字を紹介し、「中国人観光客が、韓国の外国人入国者統計を52年ぶりに書き変えた」と報じた。1961年に出入国統計をとり始めて以来、ずっと1位を守ってきた日本人を中国人が抜き去った、というのである。

朝鮮王朝時代を再現するイベントにカメラを向ける中国人観光客ら(2013年3月、ソウルの徳寿宮前で)

■中国語志向

日本語学習の方はどうなのか。世界45の言語が学べることを誇る韓国外国語大学に日本語学部長、崔在喆(チェ・ジェチョル)教授を訪ねると、すこしさえない表情で、こう話してくれた。

「1961年に韓国で初めてこの大学に日本語学科ができて53年目になるが、最近、日本語の志望者が減ってきているのは事実です。入試の難易度で言えば、日本語は英語に次いでずっと2番だったのが、中国語に抜かれてしまった。いまは英語、中国語、スペイン語、日本語...といった順でしょうか」

韓国の大学で日本語を専攻し、日系企業に勤める40歳代の社員は、次のようなことを語ってくれた。

▽韓国でも名前の知られた企業であり、この間、周囲から羨ましがられ、誇らしかった。でも、いまは逆。勤め先についてちょっと言いにくい雰囲気がある。

▽大学時代に一緒に日本語をやり、街の語学学校に勤めている同窓が苦労している。生徒が集まらず、いい年になって中国語への転向をまじめに考えている友人もいる。

▽福島の原発事故が痛かった。あれで、日本からの輸入品の放射能汚染に敏感になり、中国の急成長とも重なって「日本離れ」が一気に進んでしまった。

■留学生も中国へ

留学生の目も中国に向いているようだ。韓国の教育科学技術省の統計によると、2011年4月1日基準で海外に出た留学生は26万2千余人。行き先別では、多い順に(1)米国7万2千余人(全体の27%)(2)中国6万2千余人(24%)(3)オーストラリア3万3千余人(13%)(4)日本2万5千余人(10%)...。

つまり、韓国人留学生の2人に1人以上が米国か中国に向かっており、日本へは中国行き組の4割しか来ていないというわけである。一方、この統計で韓国に入った留学生総数は約9万人だったが、うち66%にあたる5万9千余人が中国人。あとは日本人4千余人(5%)、米国人2千余人(3%)など。中国人には朝鮮族が多いとみられるが、それにしても日本人との開きは大きい。

■パワーシフト

こうした背景には中国、韓国の経済成長と、それに伴う両国経済の結びつきの深まりがある。韓中間の2012年の貿易額は2,151億ドルに達し、1992年の国交正常化後の20年間で34倍に膨れ上がった。2004年以降は中国が韓国にとっての最大の貿易相手国となり、韓中間の貿易額は、このところ、日韓と韓米の貿易額を合わせた数字より大きくなってきている。

2012年の韓国の貿易相手国の状況は図表に示す通りだが、とくに注目すべきは輸出先だ。韓国のような貿易立国にあっては輸出先が重要になるが、この年の輸出総額5,482億ドルのうちの24%を中国が占めた。これに香港を加えると30%となり、日本の7%の4.3倍にもなる。韓国経済にとって中国圏がいかに大きな存在か、一目瞭然である。

国際冷戦の終結に伴って韓中が国交を開いて以降の20年は、日本の「空白の20年」と重なる。この間、中国は2010年に国内総生産(GDP)で日本を抜き去り米国に次ぐ世界第2の経済大国に躍り出たと思ったら、13年にはもう日本の2倍にまで膨らんだ。韓国も12年のGDPは世界15位、国民1人当たり所得も13年には2万4千ドル近くに達し、日本の約6割にまで迫ってきている。

要するに、日本が足踏みをしているうちに日中韓3国のパワーバランスは大きく変動したのである。ソウルに身を置いて周囲を見渡すとき、日本から見るそれとはまた違った光景が広がっている。この北東アジア地域で唯一、日本だけが飛び抜けていた時代は過ぎ去った。いま、日本には新しい立ち位置を定めることが求められているのである。

■安倍首相に警戒心

それにしても安倍晋三首相は、韓国では、相当に警戒されているようだ。今回ソウルで5,6回タクシーを利用し、そのたびに運転手に最近の日韓関係について尋ねてみたのだが、全員申し合わせたかのように「独島(竹島)」「慰安婦」「靖国神社」といった言葉を口にし、「アベ」(安倍首相)批判を繰り返した。

運転手の話を聞きながら昨年10月、韓国ギャラップが発表した「各国指導者に対する韓国民の好感度調査」の結果のことを思い出した。「好感が持てる」の比率が高い順に並べると次のような結果だった。

タクシー運転手らが「アベ」を連発するのは、日本の政治指導者と一般国民を区別しようとしているようにも聞こえた。実際、そうなのだと強調する運転手もいた。この点、一部週刊誌などが「パク・クネ」(朴槿恵大統領)を「嫌韓」の標的のようにする日本の場合と比べると、どうなのだろうか。

そんなことを考えながら私はタクシーで、延世大学近くの金大中図書館へ向かった。文正仁教授は、この図書館の館長を兼ねており、その館長室で、いまの日韓、韓中関係などについて話を聞く約束を取り付けていたのだった。(以下、次回に続く)

注目記事