「相手は、私の旦那です」 凍りつく診察室、10代の妊娠相談…。太平洋の小さな島で繰り広げられるドラマの数々

先進国、途上国、という区別でなく、「性」という範疇で考えると女性が経験していることは、バヌアツにも日本にも同じような状況が存在します。

太平洋にある人口27万人の小さな国・バヌアツを知っていますか。日本ではまだまだ馴染みのない国です。私はその国のクリニックで保健師として2年間働きました。そこで出会った患者さんのストーリーは、日本の常識からはみ出るようなことばかりでした。でも、恋愛をして、結婚して、家族が出来て、という過程は国が違っても、根本は同じです。

全10回の連載で、バヌアツのディープな性事情を紹介しながら、そこから見える日本の性や生きることを皆さんと考えていきたいと思っています。

日本よりも圧倒的に子だくさんの国、バヌアツ。

人口増加率は毎年2%前後、合計特殊出生率(女性が生涯に産む子どもの平均人数)は4.1人。国の人口の約40%が15歳以下の年齢層で構成されていて若い人口であふれている国です(Vanuatu national census 2009&2016より)。

一方で、日本の人口増加率はマイナス0.1%と減少、合計特殊出生率は1.44人、65歳以上の人口が27%(総務省統計局HPより)。数字でみても明らかなように、日本とバヌアツは真逆の状況です。

村に行くと沢山の子ども達に出会います。兄妹姉妹関係なく、皆で小さな子どもをあやしています。
村に行くと沢山の子ども達に出会います。兄妹姉妹関係なく、皆で小さな子どもをあやしています。

そんなバヌアツの子作り事情とはどんなものでしょうか?

妊婦さんやカップルによって、様々な事情があり、状況は千差万別です。

今までの連載でも紹介したように、恋愛の相手は不特定多数であることも普通です(第1話)。性行動は活発だけれども避妊薬の使用は普及していません(第2話)。そんな背景があるということを知って頂いた上で、私がクリニックで出会った妊婦さんの中で印象的なストーリーをいくつかご紹介します。

Case1. 初めて経験した10代女性の妊娠相談

活動先に配属されて1週間程経ったときのこと。「生理が1ヶ月以上来ていないので、妊娠検査をしたいんです」と10代の女の子がクリニックに来ました。妊娠検査をしたところ、結果は「陽性」。妊娠していることを告げると、突然泣き出してしました。

「今は妊娠したくない。島から勉強するために首都に出てきたから親にもこんなこと言えない。どうすればいいの...」と。

私もクリニックに配属されたばかりで言葉もわからない、バヌアツではどう対処すれば良いのかもわからない。クリニックの同僚に相談するしても、「どうしようって言っても、私たちに出来ることはないのよ。バヌアツでは中絶は違法だし、彼女が妊娠していることを受け入れるしかないんだから。」と言われてしまいました。ショックを受けている女の子の話を聞きつつ、妊娠している事実を彼と親御さんに伝えて次の検診に備えようと話し合い、女の子は帰っていきました。

1ヶ月後、彼女はまたクリニックに来てくれました。検診での受診だと思ったら「生理が来たんです」と話す彼女。私は「!!?」と驚くばかり。妊娠検査を再度したら「陰性」になっていました。結局流産していたんですね。それを伝えたら「そっか」とちょっとほっとしたような表情。こちらは複雑な心境です、、、「これからはちゃんと避妊薬使うことをオススメするよ」と避妊薬一式について説明。「どれにするか考えてまた来ます!」と帰っていった彼女にそれ以降会えていません。

Case 2.歓喜に沸いた診察室

ある日20代後半のカップルが2人一緒に診察に来ました。男性の方が「彼女の妊娠検査をしたいんです」と。問診していくと最終月経から3週間ほどしか経っていないことが判明。クリニックで使用していた妊娠検査薬では判定できるかどうかギリギリの週数です。私は「妊娠検査するにはちょっと早いかもしれないから、あと1週間くらい待ってからやったらどうかな?」と説明しましたが、彼女は「吐き気もするし、眠気も前より強いし、妊娠していると思うんです」と。どうしても今日検査したいという彼らの要望に答える形で検査をしたものの、結果は陰性。来週以降再度受診をするよう説明した後は、患者さんと雑談タイム。そうこうしている間に、検査薬を再度確認すると、とても薄―く陽性反応が出ていることを発見。カップルは抱き合って喜び、「今日は人生で1番嬉しい瞬間をあなたと共有できて本当によかった。今日の日のことは忘れないよ。もし女の子が生まれたら君の名前をつけるよ」と話し、笑顔でクリニックを後にしました。

首都よりも子供の数が多い村。小さな幼稚園には園児達で溢れています。
首都よりも子供の数が多い村。小さな幼稚園には園児達で溢れています。

Case 3. また妊娠?

バヌアツで女性が産む平均的な子どもの数は4.2人。最近は「子どもは1~2人で十分」と話すバヌアツ人も増えましたが、なかなかうまくコントロール出来ずに4人、5人と子どもの数が増えてしまう現状があります。

ある日クリニックに受診に来たのは40代前半の女性。ピルを内服したいと希望し、1か月前に受診した患者さんでした。今回の受診の理由を尋ねると「ピルを1か月間飲んだけど生理が来ない」とのこと。「薬は忘れずに飲んだ?最後に旦那さんと関係があったのはいつ?...」などなど患者さんに質問をすると、薬を飲み始めてからすぐに性交渉をしていたことが判明。つまり、正しくピルの内服が出来ていなかったのです。

ピルは通常は月経初日から飲み始める、もしくは遅くても5日以内にスタートするのがベスト。ただ、バヌアツの場合はそんなこと気にせずに、各々のタイミングでやってきます。

例えば、、、村から町へのお買い物ついでに街に来たから...、避妊薬を買うお金の目処がついたから...、来週旦那が出稼ぎの仕事で海外から帰ってくるから...、などなど、生理日とは関係ないタイミングでやってきます。なので、生理日から既に5日以上空いていたら「今日薬を飲み始めるけど、すぐに薬の効果は出ないから1週間くらいは性交を避けるか、コンドームを使ってね」とアドバイスするのです。しかし、彼女はそれを忘れたのか、ちゃんと理解していなかったのか、または看護師がきちんと説明しなかったのか、、、どんな理由があったのかは分かりません。

妊娠中の検診から産後の家族計画について相談し、出産6週後から避妊薬の使用を促進しています。お母さん達が産後検診に戻ってきてくれる時がとても嬉しい瞬間です。
妊娠中の検診から産後の家族計画について相談し、出産6週後から避妊薬の使用を促進しています。お母さん達が産後検診に戻ってきてくれる時がとても嬉しい瞬間です。

Case 4.空気が凍り付いた診察室

女性2人で妊娠検査に来た患者さん。妊娠検査をしたのは若い女の子で、付き添いの女の人は叔母さんとのこと。いつもの様に問診しますが、若い女の子は緊張しているのか口数も少なめでした。妊娠検査をしたところ「陽性」の結果。しかし、あまり反応もなく、じっと静かに受け止めている様子。何かしら理由がありそうだと感じつつ、パートナーのことを尋ねると、返答に戸惑っている若い女の子。

そこで、付き添いの叔母さんが衝撃の一言を発しました。

「相手は私の旦那です」

一気に重い雰囲気になった診察室。叔母さんである付き添いの女性は「わかったわ。とりあえず帰って話をする。大丈夫、大丈夫」と、話します。単なる浮気なのか、叔父の性的な虐待だったのか、詳しい経緯は分かりませんでした。万が一の場合は警察に診断書の提出をするように説明して、2人が帰っていくのを見送りました。

4つのストーリーを紹介しましたが、きっと驚くケースもあったかと思います。でも、私はこのストーリーから「バヌアツの悪いところ」を明らかにしたい訳ではありません。「バヌアツのリアル」を皆さんに伝えたいのです。

そして、同じような状況が日本にも存在するということを考えなければならないと思うのです。「妊娠はハッピーなこと」と捉えることが多いかと思いますが、全てが待ち望んだ妊娠かというとそうではないことも有りうるのです。予期せずに10代で初産を迎えること、もう妊娠しないだろうと思っていたら計画外に40代で妊娠すること、性的な被害にあって妊娠することもあります。

先進国、途上国、という区別でなく、「性」という範疇で考えると女性が経験していることは、バヌアツにも日本にも同じような状況が存在します。

「おめでとう」とは素直に言うことが出来ない妊娠検査の場面をバヌアツで実際に経験してみて、避妊薬を使うことで、バヌアツの女性の性生活をより良く出来る可能性があると強く感じました。

そして、個人にそれを伝えていく大切さと同時に、バヌアツのコミュニティや社会全体を相手にして「恋愛、性、避妊、妊娠、出産」に係る価値観を地道に変えていく努力をしなければと感じました。

産後の家族計画は忘れられがちで、産後に十分な間隔を空けずに妊娠することが多いバヌアツの褥婦さん。産後健診の受診率も低いのが課題です。
産後の家族計画は忘れられがちで、産後に十分な間隔を空けずに妊娠することが多いバヌアツの褥婦さん。産後健診の受診率も低いのが課題です。

私は、同じことが日本でも当てはまると考えます。

バヌアツの問題はバヌアツだけでのものではなかった、と日本に帰国して一番に感じることです。

見方を変えれば、日本も同じ問題を抱えています。

こうやってブログで少しずつ言葉にしていくことも、どこかの誰かの価値観を変えていくものだと信じています。

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