未来はあなたの手の中に――寺社フェス「向源」のテーマ

自らの精神の柱が何に立脚しているのかを見つめるきっかけとして「向源」というイベントが機能していくことを目指しています。
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今回は、今年で32歳という仏教界では最若手である私が何故向源を始めるに至ったのかを語らせていただきます。

現代のお坊さんは住職の息子がお寺を継ぐ世襲が主ですが、私はお寺の生まれではありません。一般家庭に産まれ、お寺へ行くのはお盆やお彼岸だけ、神社で七五三をやって初詣に行き、クリスマスには毎年ツリーを飾ってケーキを食べていました。そんな僕が高校3年の頃にお寺の三女の彼女とお付き合いを始め、大学4年の就職活動の時期にお母さんに『お坊さんにならない?』と声をかけていただいたのが出家のきっかけでした。そう言われた瞬間頭が真っ白になり「神様とか信じてないので無理だと思います」と答えたら『神様じゃなくて仏様なのよ』と言われ「ちょっとよくわかんないんでやっぱり無理だと思います」と言うくらい、何も知らないところからのスタートでした。

普通に生活してきた自分が突然聖職者になるという姿はまったく想像がつきませんでした。一度は断ったものの、その日をきっかけに仏教に興味を抱き、結局は仏教と天台宗を学ぶために編入で大正大学に入り、天台宗の本山である比叡山での修行を通じてお坊さんとしての知識や作法、一番大事な覚悟を2年間かけて決めることができました。

修行を終えて帰ってきたその日にプロポーズをして結婚し、その翌年には子供が産まれ順風満帆に見えた生活。しかしその一ヶ月後に東日本大震災が起きました。生後一ヶ月になる子供を抱きしめながら呆然とテレビを眺め「自分は何のために僧侶になったのか? 何ができるのか?」という自問自答を繰り返しました。

震災直後、明るさや笑い声が自粛された渋谷の街角で信号待ちをしていると、隣のサラリーマンが電話をしていました。

『お前が被災地に行きたいのは分かるけど会社にとってもどんな時期か分かるだろ、どうしても行くって言うなら会社を辞めて行け』

部下が被災地支援に行かせてほしいと言っていたのでしょうか。東京では誰もがこう思っていたというわけではありません。ただ、こんなやり取りも少なからずありました。目の前の大型ビジョンには若者の姿と"頑張ろう日本"のCMが流れていました。東京で出来ること、東京でやるべきことがあると強く感じた瞬間でした。

東日本大震災で、この国は多くのものを失い、多くのことに気付きました。

失ったものは15,861名の存在と未来です。それでは気付いたことは何だったか。

"本当に"人はいつ何が起きて死ぬかわからないということ。

"本当に"大切なものは人々との関係性や心の中にある、と。

ただその大切な物や人々との関係性を、どうやったら豊かにできるのかが分からなくて、戸惑うのも確かなのです。だから私はその戸惑いやもどかしさを整理する場所として、お寺や神社に足を運んでもらいたい、そこで日本人が育んできた仏教や神道の表現を体験してもらいたいと思いました。

なぜならそれらの文化は長い年月をかけて私たちの精神に宿った、日本的思考の基盤、すなわち私たちがシンプルな自分に立ち返ることができる、実に洗練されたプログラムだと気付かされたからです。ノイズから脱して丸裸の自分と向き合うことで本当の声や今、未来が見えてくる。日本人はいつの時代もそうやって強くなってきました。着飾るのではなく、削ぎ落としていく事で自らを磨いてきたのです。

自らの精神の柱が何に立脚しているのかを見つめるきっかけとして「向源」というイベントが機能していくことを目指しています。

さて、少し固い話になりすぎました。こういった目標を掲げつつも、向源はあくまでフェスです。誰もが気軽に足を運び、自分の興味に応じて自由に学び、遊び、驚き、踊り、食べる場所です。偉いお坊さんや文化人が壇上から偉そうに話すのを押し付けられるのではなく、同じ世代の試行錯誤と経験を共有し、同じ目線で手足と頭を使って楽しむ中で、共に気付いていく場所です。だからどうぞ気軽に、心の荷物を出来るだけ軽くして遊びにきてください。そしてここでの体験から、あなただけの、あなたの内側から湧き出る未来を掴んでもらえれば嬉しいです。

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未来はあなたの手の中に

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これが今年の向源の、そして私自身のテーマです。同時に、あなたのテーマになることを願ってつけました。未来を握りしめて生きる事が出来るなら、そこがどんな場所でもあなたは輝くし、耐えられると思うからです。

これからの向源、そしてこの連載にご期待ください。向源が伝えたい精神を発信していきます!

向源実行委員会 代表 友光雅臣

向源

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