世界中を歩いた人と結婚した私が、たどりついた場所

思えば、「よく、ここまでやったものだ」と自分でも、感心する。

南米チリのパタゴニア地方で暮らす私たちの日常のストーリーが、シンプルに生きたいと思っている人たちの手助けになるかもしれないし、忙しく都会で生きている人には、リラックスできる空間を提供できるかもしれない、という思いで、一か月半前から、「シンプル・ライフ・ダイアリー」というブログを書き始めました。今回は、その3回目をシェアします。

『シンプル・ライフ・ダイアリ-』7月13日の日記から・・・

昨夜、水を汲みに外へ出ると、雪が降っていた。ところが、夜中に、猫のキティーに起こされて外へ出ると、今度は、月が出ていた。少し欠けた月が、くっきりと雲の合間から光り輝いて、銀世界を照らしている。辺りは一面、青いフィルターをかけたようだった。「わあ」と声を上げ、寒かったけれど、しばらく見とれていた。時計を見ると3時半。月が出ていたからなのか、キティーは、嬉しそうに外に出て行った。

PAUL COLEMAN

朝起きると、嵐だった。雨に流されて、雲は消えていた。強い風と雨が窓を叩きつけていたので、嵐の中を航行している船の中にいるような気分になる。かすかに、「ニャオ」という声がしたので、ドアを開けると、キティーが駆け込んできて、屋根裏にある寝室へ上がって行った。薪ストーブをつけ、コーヒーを淹れる。その後、ヨガをし、瞑想するために椅子に座った。

目を閉じると、書きたいことが次々に浮かんできた。今までは、「忙しくて書く時間がない」と思い込んでいたけれど、何年もかかった家作りも完成し、ゲスト用のキャビンも作った。木が一本も生えていなかった土地に1200本の木を植え、グリーンハウスを作り、果樹やベリー類を植えた。それらの作業が一段落して、心の余裕ができたのかもしれない。

思えば、「よく、ここまでやったものだ」と自分でも、感心する。

ポールと再婚した時、彼が「世界で一番美しい場所に家を作ってあげる」と言ってくれ、永住の地を探す旅に出た。そして、メキシコの山の中に半年ほど住んでいた時、この世のものとは思えないほど美しい原生林と透明な川と壮大な雪山の写真を見て、二人とも、一目で気に入り、チリのパタゴニアにやって来た。

知り合いや、つてなどもなく、ただ、「ここに土地を買う」という信念だけを持って、4ヶ月間、1000キロに及ぶ地域を行ったり来たりして、旅の最後に、やっと理想の土地を見つけた。それは、いくつもの偶然と、たくさんの人との出会いが導いてくれた場所だった。

PAUL COLEMAN

でも、チャレンジは、それで終わりではなかった。今度は、アースバック(土嚢)で家を作るという夢と、オーガニックの畑を作るという夢を実現するための日々が始まった。そのために、まず、私が最初にしたのは、ポールがシャベルで掘った土を、一輪車で運ぶ作業だった。自分でも驚いたことに、一輪車を押すのは、生まれて初めてで、坂道を登ろうとするとバランスを崩して、何度も転んだ。

「一体、こんな調子で、ちゃんと家ができるんだろうか?」と不安に思ったけれど、毎日、一輪車を押しているうちに、腕の筋肉がつき、背筋と腹筋がついてきた。

中国を歩いた時も、同じような経験をした。再婚して、最初に歩いたのは、中国だった。これは、アースデイ東京のプロジェクトの一つで、「中国、韓国、日本を歩いて、木を植えながら、3カ国の環境運動をつなげる」という目的で、バックパックを背負い、テントを持たず、必要ならば野宿をするという旅だった。

それまで、長い距離を歩いたこともない私が、地球一周以上に相当する距離を歩いたポールについて行くというのが、そもそも、無謀な計画だったのだが、案の定、万里の長城から歩き始めた翌日にアキレス腱が腫れ、それから、しばらく、足を引きずりながら歩かなければならなかった。

あまりの辛さに、どうにかして、途中で止めて、日本に帰れないだろうかと思ったほどだ。でも、その時、ポールは、こう言った。

「致命傷ではないのだから、歩き続ければ、痛みはなくなる」と。

本当にそうなのだろうかと疑ったけれど、歩き続けていると、いつしか、アキレス腱の痛みは全くなくなり、気づけば、太腿が競輪選手のように太くなっていたのだった。これには、心底、驚いた。当時、私は40歳。

しかし、年齢に関係なく、筋肉は毎日、使えば、それなりに発達するという経験をし、肉体と共に、精神も鍛えられ、どんなに遠くに見えるゴールでも、毎日、一歩ずつ歩けば、必ず到着するということを学んだのだった。

PAUL COLEMAN

その教訓は、家作り、畑作りも生かされた。本当に家ができるのだろうかと、不安に思ったことは、数え切れない。でも、毎日、その日にできることをして、前に進んでいるうちに、気づけば、私たちが思い描いていた現実が、目の前に現れていたのだった。

瞑想を終え、深呼吸をしてゆっくりと目を開けると、雨は止んでいて、屋根から落ちる雫の音だけが聞こえた。

静寂と心の平安。

すると、 ポールが屋根裏の寝室から下りてきた。

PAUL COLEMAN

「おはよう。今朝、可笑しなことがあったんだよ」ポールが言った。

「フンフーン、フンフーンって、誰かが、歌っているのが聞こえたんだ。誰が歌っているんだろう、木乃実が歌っているのかなって思ってたんだよ。で、目を開けたら、キティーが横で寝てた!フンフーン、フンフーンっていうのは、キティーのイビキだったんだよ!ハハハ」

朝から、二人で大笑いした。

シンプルな日常の始まり。

こうして、また、私たちは、次の夢に向かって進んで行くのだった。

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