宝探しと春のタケノコ、驚くべき草マルチの世界

筍をソースにディップして食べると、春の味がした。

原生林と川と湖と氷河に囲まれた南米チリのパタゴニア地方で暮らす私たちの日常のストーリーを綴っています。今回は、その24回目です。

「シンプル・ライフ・ダイアリー」11月2日の日記から

「ハロー!」今朝、庭に出てチャイブを摘んでいたら、ポールの声がした。

「あれ?誰か、来たのかな?」と思って、玄関に回ってみると、誰もいない。家に入って、「ポール、誰かと話してた?」と尋ねると、ポールは事も無げに、こう言った。

「鳥と話してたんだよ。今日は天気がいいし、暖かいから、鳥がたくさんいたんだ」

確かに、ポールの言う通り、11月に入ってから、太陽が出て、気温が上がり、何種類もの鳥が庭を飛び回るようになった。

「ところで、梨の花、見た?」と、ポール。

「え?見てない」

「見に行ってごらんよ。すごく、きれいだよ」

この梨の木は、5年前に、自分たちで食べた梨の種を蒔いて、育てたもので、もう3メートルぐらいに大きくなった。でも、花をつけたのは、今年が初めてだった。庭へ出て、梨の木のあるところまで行くと、小さな白い花が鈴なりになって咲いていた。

Paul Coleman

「わあ!!」

梨の花を見たのは、初めてだ。小さくて繊細な白い花びらと真っ赤な雄蕊。いかにも、ミツバチが喜びそうだ。そばに植えたリンゴの木々も、花が満開になっていた。リンゴの花は、梨の花より少し大きく、白と淡いピンクのグラデーションで、甘い香りがした。

リンゴと梨の木を植えた時、ポールには、見えているイメージがあった。木が大きくなって、花が満開になった時、丘の上に建てた家から、満開の花を見下ろしているイメージだ。それを聞いた時、私の脳裏には桃源郷のイメージがあった。

「これって、宝物だよね。何年も前に思い描いたイメージが、ついに目の前に現れたんだから」

ポールが、外へ出てきて言った。

「うん、待ったかいがあったね。鳥たちも、ありがとうって言ってるみたいだよ」

私がそう言うと、ツバメたちが、8の字を横に描くように、流線形を描いて私たちの頭上を飛び回った。それは、無限(インフィニティー)のサインのようだった。

Paul Coleman

ここ数日、お天気が良かったので、梨やリンゴの花が満開になっただけでなく、野菜の苗たちも、ぐんと一気に成長した。苗ポットが窮屈になって、みんな、「外へ出して!」と言っているようだ。そこで、今日は、ロシアン・ケールの苗を、アカシアの木の下にある畑に植えることにした。畑に行くと、アカシアの甘い香りがした。黄色い花も満開で、何種類ものミツバチが、ブン、ブンと音を立て、忙しそうに花粉と蜜を集めていた。

ケールの苗を植える前に、まずは、雑草を抜いた。草のマルチを敷いておいたので、生えている雑草は、以前に比べて、ずっと少なくなった。雑草が生えにくくするために、マルチは、30センチぐらいの厚さに積む。最初は、「こんなに山のように積む必要があるのかな」と思ったけれど、それより薄いと、雑草が生えてしまうことがわかった。

草のマルチを敷き始めたのは、3年前。ボランティアに来たフランス人のオーレリアンに勧められたからだった。オーレリアンは、土壌改良士で、農家を回って土の質を改良したり、パリの公園やルーフトップにオーガニック・ガーデンを作ったりと、ユニークな活動をしていた。その彼が、うちの土を見て、雑草を刈って、草のマルチを分厚く敷けば、土の質がぐんと良くなると言ったのである。

「草を敷くだけで?」と、半信半疑な私に、オーレリアンは、こう言った。

「マルチを上からどんどん積んでいけば、微生物が下の方から徐々に草を分解してくれるので、栄養分が土の中に入って行く。マルチの下にいろんな虫が住むようになって多様性ができるので、害虫の天敵も住むようになり、野菜を育てるのために健全な環境ができる。土の中の湿度が保たれるし、土の温度変化が少なくなる」と。

「うちの畑には、ナメクジやハサミムシが大量にいて、草の下に卵を産んで繁殖するので、マルチは良くないのでは?」と言うと、「草の下に、いろんな虫がやって来るようになり、それらが、ナメクジやハサミムシの卵を食べてくれるようになるから、数は次第に減っていく」と言うのだった。なるほど、試してみる価値はありそうだ。

「オッケー!じゃあ、やってみよう!」

すると、次の日から、オーレリアンは、ものすごい勢いで草を刈り始め、畑とグリーンハウスにどんどん草を積んで行った。毎年、夏に草刈りをするのが一苦労だったので、彼の働きぶりは、願ってもないことだった。しかも、今まで、邪魔だったものが、突然、有益な資源に変わったのだから、驚きだった。

Paul Coleman

全ての草を刈り終わり、全ての畑とグリーンハウスに草のマルチを積むと、オーレリアンは、言った。「辛抱強く待って。目に見える効果が出るまでには3年かかるから。諦めずに、マルチを積み続けてね。大変な仕事だけど、やる価値はあるよ。保証する!」と。

こうして、3年経ってみると、オーレリアンが言ったことは、本当にその通りだと言うことがわかった。草のマルチを上からどんどん積んで行ったおかげで、分解された養分が土の中に入り、粘土質で茶色かった土が、黒く、ふかふかになったし、マルチのおかげで、以前ほど頻繁に水をやらなくても済むようになり、貴重な水を節約できるようになった。また、草のマルチの下には、それまで見たこともなかったような虫が何種類も住むようになって、ナメクジやハサミムシの数も減ったのである。

オーレリアンは、他にも興味深いことを言っていた。

「できるだけ、畑を掘り返さないように。土を掘り返すと、土中の微生物を邪魔することになるので、そっとしておく必要があるんだよ。例えば、野菜を収穫した後は、根こそぎ抜いてしまうのではなく、根っこは土中に残しておく。根っこの周りには、ミミズや微生物がたくさんいて、そこで、養分の交換が行われ、良い土が作られる。特に、マメ科の植物は、根には、窒素が出る粒々がついていて、そこから、土の中に窒素が入っていくので、根を抜かない方がいい」と。それまで、野菜を収穫した後は、根こそぎ抜いていたので、これも、目からウロコだった。

オーレリアンのアドバイスを聞いて、本当によかった。そうでなければ、土の中で起こっている、驚くべき微生物の世界について、考えることもなかっただろうから。

そんなことを考えているうちに、雑草を全て抜き終わったので、フダン草と人参を蒔いた。フダン草は、深く根を張るし、越冬するので、人参を収穫した後でも、土中の微生物やミミズを根の周りにキープしておくことができる。去年、フダン草と人参を隣り合わせに蒔いたら、人参が大きく育って、大成功だった。野菜を育てるのも、良い土を作るのも、時間がかかる。でも、待てる時間はたっぷりあると思うと、なんだか、豊かな気持ちになる。

「ディナー!」

作業を終え、道具を片付けていると、突然、ポールの声がした。見上げると、ポールが、たくさんの筍を持っていた。豆を支える支柱にするために、笹を刈りに行っていたのだけれど、そこで、筍を見つけたのだった。

太陽が西の空に沈みかけていて、ツバメがまた、頭上を飛び始めた。夕方は、小さな虫が出て来る時間。ツバメたちも、ディナータイムだ。

台所へ行って、筍の皮をむき、さっと湯がいた。それから、友達の農家から買った新鮮な卵を使って、マヨネーズを作り、ニンニクとバルサミコ酢を入れてソースを作った。

Paul Coleman

「うーん、美味しい!」筍をソースにディップして食べると、春の味がした。

「ありがとう、ポール」私は言った。

「夕飯は何にしようかなあって考えていたんだけど、『考えるのは、やめよう。きっと、何か、現れる』って思ってたんだよ。そしたら、魔法みたいに、筍が現れた!」

自然の中での暮らしは、毎日が、宝探し。毎日が、発見の連続だ。

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