研究と臨床の両輪で関節リウマチに取り組む医師 猪狩勝則

「自分を頼ってくる患者さんをしっかり治してご家族も幸せにしてあげたいと、常々考えています。」

関節リウマチとは?

日本で70~80万人が罹患している関節リウマチは、関節を覆う滑膜に炎症が起こり、関節が破壊される自己免疫疾患である。本来、異物を攻撃するはずの免疫システムが自らの組織を攻撃してしまうという悩ましい疾患だ。朝にこわばりが起きやすいこと、両側対称に発症することなどが特徴で、30~40代の女性に好発する。

英語では、Rheumatoid Arthritis (RA)と表記され、ギリシア語のrheuma(流れる)という言葉から派生した名称だと言われている。語源は、古代ギリシアでは「脳から流れる悪い液体が関節を侵すと考えられていたから」という説が有力だ。尺側偏位、スワンネック変形、ボタン穴変形など、手や指の変形を引き起こすことで知られる。

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関節リウマチの現状や治療法について、東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター猪狩勝則(いかり かつのり)准教授に話を聞いた。

- 永らく、関節リウマチは遺伝が原因といわれていましたが、今、病因は分かっているのでしょうか?

「はい。まず、関節リウマチの原因は自己免疫の異常です。病因の半分は環境要因で、残りの半分は遺伝要因だといわれています。環境要因のうち、確実だといわれているのが喫煙歯周病です。関節リウマチにおいて一番特異的な抗体が抗シトルリン化ペプチド抗体というもの。シトルリン*は人間が作れないアミノ酸の一種。抗シトルリン化ペプチド抗体は、シトルリン化されたタンパク質*に対する自己抗体です。歯周病の細菌の一部も喫煙もシトルリン化を促進するため、免疫反応を誘発させると考えられています。後者の、遺伝要因のうちのいくつかもシトルリン化に関与する遺伝子です。」

*シトルリンは、代謝プロセスの一つである尿素回路を構成するアミノ酸の一つ。アルギニン(アミノ酸)が酵素によってシトルリン化(中性変換)してタンパク質が合成される。

関節リウマチにかかったら?

- 関節リウマチへの罹患について心配な場合は、まずどうしたら良いですか?

「関節にこわばりがあって不安がある方は、まず近隣のリウマチ内科整形外科に相談することをおすすめします。ただし残念ながらリウマチ内科は、全国的にみてもそれほど充足していません。診断には、家族歴や病歴に加えて、血液検査(抗シトルリン化ペプチド抗体)、身体所見、画像が必要になります。初期症状では、グレーゾーン診断がつかなくて見逃されることや診断が遅れることもあります。もし、一般の整形外科で診断がつかない場合は、関節リウマチ専門外来にかかると良いですね。」

関節リウマチの予防につながる、禁煙と歯周病予防

- 治療方法は確立されていますか?

「治療はまずリウマトレックスという薬の投与で寛解(かんかい)を目指します。リウマトレックスはもともと抗ガン剤で、悪性腫瘍の細胞増殖を止める薬でしたが、関節リウマチの改善にも効果を発揮することが判ったのです。欧米では1990年代初めに承認されました。続いて、日本でも1999年から使えるようになり、今ではほとんどの患者にとっての第一選択薬になりました。この薬だけでも高い確率で寛解に持っていけますね。また、2000年代に入ってからは生物学的製剤という抗体製剤によって分子標的も可能となりました。リウマトレックスで救えなかった方にも生物学的製剤を使えば、かなりの方を寛解に持って行けるようになったのです。現在、東京女子医科大学では半数以上の人が寛解という状態で、4分の3が低疾患活動性までになっています。15年前は高疾患活動性の人が20%程度いましたが、今はもう1%台です。関節があまり壊れなくなってきましたね。」

内科と外科でほとんどの患者さんを救えます。

- では、かつてのような手指の変形のイメージは薄れてきたということですね?

「最近、発症した方であれば指の変形に至る人は多くありません。ただ、手術したことがある方はそれなりにいらっしゃいます。整形外科手術の症例数は、この施設で年間で300件ほど。リウマトレックス承認以前に発症して、関節組織が壊れてからキャリー・オーバーしてしまっている方がたが手術の対象となるボリューム・ゾーンですね。リウマチ友の会のデータでいうと、2人に1人は手術を受けていますが、20年後はまた違う世界が見えてくるのではないかと思います。

- もはや、リウマチは怖い疾患ではないのでしょうか?

「はい。仮に変形してしまっても、我々が手術して助けます。具体的には、人工関節か、あるいは、軟部再建といって、人工関節を使わずに関節を残したまま変形を治す処置を施します。患者さんご自身の関節を温存できるようになったのは、薬がよくなったからですね。昔は、手術をしてもすぐ再発して腫れてしまっていましたが...。せっかく、組織再建しても修復した組織がまた腫れて破綻してしまったわけです。でも、今では、内科と外科的措置の両輪でほとんどの患者さんを救えるようになりました。」

研究者・臨床家・リーダー、3つの顔を持つ医師

リウマチ関節外科で整形外科医チームの長を務める猪狩は、外科手術を行なう臨床家だが、研究者としての顔も持っている。

神奈川県横浜市出身。弘前大学医学部に進学し、弘前大学大学院では後縦靭帯骨化症の遺伝子研究に没頭した。弘前大学整形外科で医師としてのキャリアをスタートさせ、その後、東京大学医科学研究所に勤務した。

日々の臨床はやりがいがあったが、外科治療に加えて遺伝子の研究もできるポジションがないか模索していた。ところが、1990年代は医局制度全盛の時代...。コストがかかる遺伝子研究をいきなり外様(とざま)にやらせてくれるところはなかなかなかった。そんな折、東京女子医科大学には膠原病リウマチ痛風センターという組織があることを知る。当時、同センターの人事構成は内科が約3分の2、整形外科が約3分の1というバランスであり、数が少ない整形外科医は求められていた。研究職についても、内科で遺伝子研究をしている医師は多少いたが、整形外科で遺伝子研究をしている医師は不在だった。ここに来たら、整形外科のキャリアを捨てる必要がないし、遺伝子研究も続けられそうだと分かり転籍した。

- 大学院では後縦靭帯骨化症の遺伝子研究に従事されていましたね。膠原病リウマチ痛風センターに来て、研究対象が変わることに抵抗はありませんでしたか?

「整形外科として遺伝子を研究させてもらえるのなら、対象疾患にこだわりはありませんでした。後縦靭帯骨化症を研究しはじめたきっかけも、そこに与えられたテーマがあったからでした。研究も、患者さんの血液からDNAを抽出し、症状がない人と比べてどうかという内容。だから、対象疾患が変わっても対応できる自信がありました。東京女子医科大学で、最大のサンプルを集めていたのが関節リウマチだったので、その研究に専念し、尚かつ、整形外科医としても関節リウマチに取り組み始めました。」

研究職と臨床家では異なる視点や職能が必要であり、研究と臨床を行える医師はなかなかいない。その意味で、猪狩は稀有な存在だ。

日本一の実績を誇る、膠原病リウマチ痛風センター

「関節リウマチの手術は年々減ってきて、それなりの数で手術をしている施設は少なくなってきています。我々が持っている技術はかなり特殊なので、遠方から来院される方も大勢いらっしゃいます。全国70万人のうち、東京女子医科大学・膠原病リウマチ痛風センターで継続フォローしている患者さんは約6,000人。つまり、100人に1人はここに通院されています。圧倒的に日本で一番ボリュームがある分、必然的に関節リウマチの手術をすることになりますし、手術だけを目的に来院する患者さんもいて、関節リウマチの手術に関しても日本で一番の実績です。リウマチセンターの名称を冠した組織としては35年と、日本でもっとも歴史が長いのです。」

海外にはいない、関節リウマチ専門の整形外科医

- 海外と比べて、日本における関節リウマチの医療は進んでいますか?

「はい。実は、海外では、内科に関節リウマチ専門医はいても、関節リウマチ専門とする整形外科医はいません。外科治療は、部位別に、手の手術は手の専門の先生が、足の手術は足の専門の先生が担当するという具合です。つまり、関節リウマチは内科の先生が専門的に診るわけです。一方、東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センターでは、内科医、整形外科医と共同しチーム全体で治療に取り組んでいます。」

リーダーシップについて

猪狩は目前の職務だけにとどまらず、整形外科チームのトップとしてドクター50名を率いるリーダーシップを発揮してチーム医療を支え、後進の育成に尽力している。

「人を率いるうえで心がけているのは、組織として得るべきものを最大化したいということですね。同時に、組織に属している個々人の幸福もば最大化したいと考えています。医局員も幸せにしつつ、組織全体で得るものも最大化したい。そして、患者さんも医療従事者もハッピーになれれば嬉しいかぎりです。」

言うは易し行うは難しだが、猪狩はこの難度が高いミッションを確実にこなしてきた。その広い知見と経験が、日本全国のリウマチ患者の心身の苦痛軽減に果たしてきた役割は大きい。最後に猪狩に日々、医師として心がけていることについて聞くと、シンプルな答えが返ってきた。

「自分を頼ってくる患者さんをしっかり治してご家族も幸せにしてあげたいと、常々考えています。」

高い医療倫理と知識・技術を兼ね備える医師の言葉は、何よりも説得力がある。ひと昔前までは、手が不自由になり日常生活に支障をきたす、つらい疾患だというイメージが定着していた関節リウマチだが、日本一のチーム医療による救済手段が確立されてきたという事実は患者やその家族にとって朗報だ。

(敬称略)