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2015年02月14日 02時00分 JST | 更新 2015年06月12日 00時18分 JST

娘が生まれてから嫁ぐまでの25年を、パパはカメラに収め続けた。【画像】

1964年、ソウルで一人の女の子が生まれた。大学で写真部の指導教授を務めていた女の子の父親は、かわいい娘と妻を愛するあまり、家族の日常をカメラに収めることにした。

전몽각

1964年、韓国・ソウルで一人の女の子が生まれた。大学で写真部の指導教授を務めていた女の子の父親は、かわいい娘と妻を愛するあまり、家族の日常をカメラに収めることにした。娘の名前は允美(ユンミ)。娘を可愛がった父親の名前は全夢角(チョン・モンガク)。写真集「ユンミの家」はこうして、ユンミの誕生とともに始まった。

全夢角氏の写真集は様々な意味で格別だ。写真集としては異例なほどに読者の関心や高い評価を得たが、プロのカメラマンではない「パパ・カメラマン」の作品ということに驚く。「結婚はできないと思っていたのに、愛する妻と娘に恵まれたことがとても不思議で」日常を記録し始めたのが、この写真集の出発点だった。

全夢角氏は父親の視線で、愛娘ユンミが生まれてから結婚する瞬間までの日常をカメラでコツコツと追った。写真集として出版したのも、結婚してアメリカに渡ったユンミが恋しくなったからだった。商業的な目的ではなく、長く記録と記憶にとどめておくために出版した「ユンミの家」は、予想に反して多くの読者の注目を集めることとなった。

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全夢角氏自身が語っている「アマチュアリズムの賜物」なのか、フラッシュや三脚をまったく使わないモノクロ写真は、家族の他愛ない日常がもたらす静かな感動を、多くの読者に呼び起こした。読者の関心は高いにも関わらず初版の部数が少なく、長いこと多くの読者を焦らした。ついには家族が持っていた分まで売りに出された。

多くの人に愛された「ユンミの家」は、初版発行から20年となる2010年に修正と再編集を経て再刊された。ノンフィクション写真家として有名な朱明徳(チュ・ミョンドク)氏が編集し、初版にはなかった「My Wife(私の妻)」の項が追加された。「My Wife」は、2006年に死去した全夢角氏が、膵臓がんを宣告されたことを契機に整理した妻への手紙と写真だ。

全夢角氏は土木学者で、ソウル・釜山間の高速道路建設に携わり、成均館大学の副総長も務めた人物だが、「ユンミのお父さん」としての方がよく知られるまでになった。娘と家族を愛するあまり、ユンミが生まれた1964年から、ユンミがある男性と出会って結婚する1989年まで、ユンミと妻の一生をレンズに収めた。家に帰るといつもカメラを持ち、妻と娘は最高のモデルだった。

誰でもカメラを持つようになった最近は、「パパ・カメラマン」でない人の方が珍しい。しかし子供が成長して結婚するまで「パパ・カメラマン」を続ける人は少ない。全夢角氏は、ユンミがのちに結婚する男性とデートする場所まで着いていって写真を撮った。もちろん娘の了解を事前に得てのことだが、ものすごい執念と言わざるを得ない。その情熱は結婚式まで続き、新婦の手を取って式場に入場する瞬間もカメラを持って、ローアングルから撮影しようとしていたという。

残念ながらこの試みは、妻の反対によって断念することとなるのだが、全夢角氏の親友で写真作家のカン・ウング氏が代わりに撮影した。ユンミが結婚してアメリカに渡ったため、これ以上娘の写真を撮れなくなり、この結婚式の写真が最後の写真になった。写真集としては珍しく一般の人々の人気を呼んだ「ユンミの家」は、人を感動させる写真とは結局、技術や機械の力ではなく、愛の力で撮るのだと教えてくれる。

この記事はハフポスト韓国版に掲載されたものを翻訳しました。