海外NGOのサポートを通じて手に入れた「海外留学・研修」
前回の記事では、すでに10人前後の在韓脱北者の青年たちがNKTSA*1.というNGOのサポートを得て、6カ月から2年までの期間、現地で「海外留学・研修」を体験していることを紹介した。彼らはオーストラリアでの体験を通じて、何を思い、何を学んだのだろうか。今回は、体験者の率直な思いを、メール・インタビューをコリア語で行い、そこから明らかになった点を要約して伝えたい。(プライバシー保護の観点からAさん、Bさんという形式で記す点を了承されたい。)
質問① オーストラリアに実際に暮らしてみて、今ではどのような印象を抱いていますか?
Aさん:オーストラリアは英語圏の国であり、白人系の人々が殆どであると思っていました。しかし、シドニーに到着してみたらインドネシア、ベトナム、タイなどアジア系の人々をはじめ多様な人種がいることに気づき、不思議でもありましたし、これが多文化社会であることも肌で感じました。
Bさん:オーストラリアに関する情報は多くありませんでした。海外に行くという漠然としたトキメキを抱く程度で韓国を発ちました。英語という壁にぶつかり、かなり苦労しました。オーストラリアに来た最大の理由が、英語を学ぶためであったにも関わらず、基礎的な英会話もできなかったため、特に苦労しました。実際、オーストラリアでの生活はそれほど簡単ではありません。また、物価が高いために生活費で苦労しています。
質問② 海外留学・研修が将来のビジョンや夢を具体化するきっかけになりましたか?
Aさん:留学を通して将来について悩み続けました。何が自分に向いていて、私の将来はどうなるんだろうという不安について自問自答を続けました。オーストラリアにいる時には永住権をとって現地で暮らしたいと思いましたが、韓国に戻ってからはそれがただの「幻想」にすぎず、現実逃避であったとも思うようになりました。今では、まずは韓国で就職して、社会経験を積みたいです。また、得意とする中国語を活かして中国での大学院進学も考えています。
Bさん:韓国に住んでいる時には公務員や警察行政に関する勉強をしていました。しかし、その学科を卒業しても私が韓国で実際に警察官や公務員になるためには、かなりのハードルがあります。オーストラリアに来てから、英語を学び、新しいビジョンを持つようになりました。現在私は幼児教育を学んでいます。
質問③ オーストラリアでの永住を希望していますか?
Aさん:永住を希望していますが、それに見合う仕事を探すには正直力不足だと思います。ある程度の実力や技術があるならば、それは良いかもしれません。何よりもオーストラリアは社会福祉制度が韓国よりも進んでいますし、自然環境も豊かです。けれども英語力が足りないために一人で自立の道を開拓するのは至難の業です。
Bさん:韓国と比べて、オーストラリアはもっと暮らしが豊かな国ですね。週末になれば家族や友達とビーチに遊びに出かけるなど、豊かさが見えてきます。
北朝鮮で生まれた私にとって、オーストラリアは希望を与えてくれる国でもありました。韓国では克服できない「北朝鮮出身者」という立場がここでは意味をなさないのです。多文化社会であるオーストラリアでは私は朝鮮半島からきた一外国人にすぎません。
質問④ オーストラリアの生活を通じて知った海外暮らしの長所と短所は何ですか?
Aさん:多文化について学べるし、広い視野と洞察力を持てる気がします。自らの決めなければいけないことも多く、たくましくなります。しかし、同時に孤独を感じます。北朝鮮から韓国に移住している友人や家族、そして生活風習が恋しく、言語の壁を厚く感じます。
Bさん:辛い時に相談できる友だちや家族がいないことがつらいです。でも、さまざまな背景を持つ友だちをつくることができますし、異なる文化や考え方を学ぶことができます。
解題-インタビューを通じて何が見えてきたか?
以上のように、オーストラリアで留学している、または留学体験のある二人の若者(女性)の思いを要約して一部紹介してみた。彼女らの本音からは一種の苦悩と決意が伝わってくる。そしてそれらを通じてさらに見えてくることがある。
一つには、海外での生活はとても意義のあることだけれど、決して楽なものでも理想のものでもないということである。その点を、漠然と海外移住を模索する脱北者たちに伝える必要性がある。彼女らをはじめ、ほとんどの体験者は、苦労はあるけれどより多くの脱北者がこのような海外留学・研修を体験できれば良いと思うと言っている。同時に、海外生活には一定の実力と準備が必要であるとも言っている。
留学・研修などの体験が、自分自身の将来と真剣に向き合わせ、将来韓国や海外で暮らすために、何が必要でまた何が今足りていないのか、という現実を冷静に省みる機会になったという。そして、韓国での生活について今一度冷静に考えるようになったらしい。韓国での差別や不満が嫌だけど、それでも韓国での生活も捨てたもんじゃない、ということに気づかされたらしい。
もう一つには、脱北者のためになる支援制度をつくる必要性があるという点だ。Bさんは進路相談の時、誰からも警察官や公務員になることの厳しさを教えてもらえないまま警察行政について学び始めた。警察官や公務員は安定職であるという情報だけを聞いたという。もちろん、表立ってBさんが警察官になれないと韓国政府は言わないだろう。しかし、それが現実的でないことは誰もが分かる。警察官になりたいという当時のBさんにもう少し別のアドバイスをする関連部署の担当者はいなかったのだろうか。
留学・研修プログラムについても似たようなことがいえる。韓国政府や関連機関が推進する海外留学・研修等のプログラムが最近増えている。当然、脱北者たちのためにと思ってつくられている。しかし一歩間違えると、良かれと思ってつくられた制度が脱北者たちの「現実逃避」につながる恐れがあるとAさんは釘をさす。韓国に帰国した後、Aさん自身が海外生活の理想と韓国での現実にまたがるはざまでかなり悩んだらしい。
何よりも当事者の将来のためになるプログラムづくりが必要だ。脱北者支援に関わるすべてのアクターはこの原点を忘れてはいけないだろう。
*1.「NKTSA」(North Korean Transmigration Supporting Association)、在豪北韓移住民後援会
(文/玄麦/北朝鮮難民救援基金NEWS Nov 2015 № 097より加筆・修正し転載)
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