『マチノコト』は9月末、本誌初の試みとなるアートプロジェクトツアー企画を実施しました。初開催の舞台となったのは現在開催中の横浜トリエンナーレ。
この企画は、マチノコトオープンゼミのゲストにも登壇してくれた林暁甫さんと、『マチノコト』編集者の江口晋太朗が共同で企画を行いました。
アートプロジェクトツアー企画「横浜トリエンナーレ体験ツアーでアートとまちに思いを馳せる」は、実際にトリエンナーレを体験する時間とアートプロジェクトとまちづくりに関わるゲストによるトークに耳を傾ける時間の二部構成。
トリエンナーレを体験している模様をフォトレポートでお伝えします。
BankART Studio NYK
まず一番最初に訪れたのは日本郵船の湾岸倉庫を利用した「BankART Studio NYK」。同施設は、BankART1929という横浜市が推進する、歴史的建造物や港湾施設等を文化芸術に活用しながら、都心部再生の起点にしていこうとする文化芸術創造の実験プログラムのひとつです。
「BankART Studio NYK」では、韓国を拠点に活動するパフォーマンス集団の展示が行われていました。パフォーマンスを行うことで、都市に影響を与えようというアプローチは、ニューヨークの「Improv Everywhere」を彷彿とさせます。
「BankART Studio NYK」を見て回ってからは、徒歩で横浜美術館へと移動します。
横浜美術館
横浜美術館が位置するのは、みなとみらい駅からすぐ。ランドマークタワー、クイーンズスクエア、パシフィコ横浜など、大型の施設が立ち並び、最近では「MARK IS みなとみらい」ができるなど、景観の変化が激しいエリアです。
横浜美術館では、まずスタッフの方から今年のヨコハマトリエンナーレのテーマ「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」について解説していただきました。
解説を聞いた後は、各自館内を散策。見て回るのが大変なほどのアート作品たちが展示されていましたが、マチノコト的に気になったのは「釜ヶ崎芸術大学」でした。
釜ヶ崎芸術大学
釜ヶ崎は、大阪に位置する東京・山谷と肩を並べる日本最大のドヤ街。元日雇い労働者やホームレス、生活保護受給者が約2万人暮らしていると言われており、日本社会が抱える様々な問題が集積する街です。
この釜ヶ崎を活動の場とするNPO法人「こえとことばとこころの部屋(ココルーム)」が2012年に始めたのが、あらゆる人を対象に、哲学、書道、詩、芸術、天文学等の講義やワークショップを、街のあちこちの施設を利用して行う「釜ヶ崎芸術大学」でした。
この活動自体がヨコハマトリエンナーレの参加アーティストに選ばれ、展示が行われていたのです。
釜ヶ崎芸術大学はヨコハマトリエンナーレ出場のための旅費と、三年目の資金をクラウドファンディングサイト「MotionGallery」で募っていたことも人々の話題となりました。
取り組み自体にも、お金の集め方と使い方にも、そして釜ヶ崎芸術大学の活動がトリエンナーレを訪れるような人々の目に触れたことにも。様々な点から注目の展示でした。
ドヤ街におけるアートプロジェクトを見た後には、定期バスで黄金町バザールへと移動しました。
仮想のコミュニティアジア - 黄金町バザール2014
「黄金町バザール」は、横浜市中区黄金町エリアでアートによるまちの再生に取組む、NPO法人黄金町エリアマネジメントセンターが主催するアートフェスティバル。「街」という日常の空間を舞台に、2008年より毎年秋に開催し、国内外のアーティスト、キュレーター、建築家を招聘してきました。
黄金町バザール2014ゲストキュレーターである原万希子さんに黄金町が今日までに至る経緯や黄金町バザールの内容などを紹介していただき、その後ガイドしていただきつつ、展示を見て回りました。
黄金町は、戦前から大岡川の船運を活用した問屋街として栄えた場所でした。終戦後は高架下にバラック小屋の住居が集まり、次第に飲食店に変わっていったそうです。
戦後の黄金町は麻薬密売の温床だったそうで、特に昭和20年代は大岡川を境界に密売組織による縄張り争いが頻発し、警察官の巡回すら身の危険を感じて出来ないような環境だったんだとか。
地域住民が行政・警察・大学と連携して立ち上がる
2003年11月、地域住民によって「初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会」が設立されます。この団体は行政・警察・大学等と連携しながら、安全・安心のまちづくりを推進するために発足され、2004年7月には、売春防止法の罰則強化、不法滞在者の取締り強化要望書を中区から国へ提出。
2009年の「横浜開港150周年」に向けて街のイメージアップを図るため、2005年1月11日より、「バイバイ作戦」と名づけられた警察による集中的な摘発が行われました。2005年4月、京急線高架下に「歓楽街総合対策現地指揮本部」が設置。この結果、同年8月までに全店が閉店しました。
アートで地域の健全化を
2006年、最初に紹介した文化芸術振興拠点の運営団体に選定されたBankART1929が、「BankART桜荘」をオープン。アーティストが創造、発表、滞在する「創造界隈」を形成する事業の一環としてスタートします。
アーティストや地域住民らが拠点に常駐し芸術活動を行うことで、違法な小規模飲食店等がひしめいていた同地域の健全化の先駆けとなったそうです。
2008年京浜急行電鉄と横浜市の協力により高架下に文化芸術スタジオが建設され、アートを生かした新しいまちづくりを目指し、地域住民、行政、警察、企業、大学、美術関係者が集まった実行委員会によって「黄金町バザール2008」が開催。その後、継続的かつ総合的にまちづくりを推進するために「特定非営利活動法人黄金町エリアマネジメントセンター」が2009年4月に設立されました。
黄金町エリアマネジメントセンターでは、黄金町バザールを毎年開催しており、日常的なにぎわいの創出と地域・アーティストの交流の促進を図っています。
と、いま自分たちがいるエリアが、かつてどのような状態だったのか。どうやって今の状態になったのかという歴史を聞かせてもらった後、今の状態を見て回りました。かつての姿を伝えられてから見ると、街の様子がまた違って見えます。
今年の黄金町バザールでは、アジアを中心とした国内外の若手アーティスト約38組の作品が黄金町の街中に展開し、「仮想のコミュニティ」について考える場が作られていました。
アーティストが、複数のコミュニティを媒介する能力を持ち、フィクションという形式を通して、コミュニティの更新に関与する能力の持ち主である。そのようにアーティストやアートを捉え、それぞれの地域や各都市の背景ごとに、違った役割を持っていると今回のテーマでは考えられています。
ゲストキュレーターの原さんに、各アーティストの作品とアーティスト自身の背景を解説してもらいながら見て回ることで、ただ作品を見て回るよりもアートとそこに込められたメッセージについて考える機会が持ちやすかったように思います。
アートによって健全化した地域で、各地域のアーティストによる作品を見て、アジアとのつながりを感じつつ、バザールのツアーは修了しました。
かつての姿からは大きく変化した黄金町ですが、住民の努力によって勝ち取られた現在の姿は、若い人にとっては当然のように享受できているもの。このエリアをどうしていくのか、ということについて上手く引き継ぎができていないといった課題があることも伺うことができました。
どの地域でも抱えていることかとは思いますが、どうその地域の歴史と精神を次代に引き継いでいくのかというのは重要な様子。
ツアーを終了した後は、トークセッションを開催しました。トークの内容についてはまた後日レポートしたいと思います。
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(2014年10月29日の「マチノコト」より転載)