都市と地方に食を通じたつながりを育むーー「山形食べる通信」が創刊

「食べる通信」が行っているのは、今まで分断されていた食べ物をつくる地方の人と、それを食べる都市の人をつなぐことで、新しいコミュニティをつくりだし、一次産業を日本全体で再生させていこうという取り組みです。

都市と地域がどのような関係になっていくのが望ましいのか、いろいろなところで話題にのぼります。

都市と地域をつなぐいくつかの線たち。「移住」や「観光」などいろいろな線がありますが、一番多くの人にとって関係しているのは、日々口にしている「食」ではないかと思います。

私たちが毎日のように食べる野菜や果物などの食材たち。その生産者の顔や名前を知っている人はどれくらいいるでしょうか。

ただ食材を口にするだけではなくて、作っている人の名前と顔、そして食材に込められたストーリーまで知ることができたとしたら、より都市と地域のつながりは強いものになるはず。

3月に地方の生産者と都市の消費者をつなぐことで、新しいつながりをつくっていくための情報誌「山形食べる通信」が創刊されました。

食べる情報誌、「食べる通信」

「山形食べる通信」のもととなっているのは、NPO法人東北開墾が発行する史上初の食べる情報誌「東北食べる通信」です。

毎月1回、独自の哲学でおいしい食べものを作り続ける東北各地の生産者にクローズアップした記事とともに、彼らの収穫した食べ物を届けています。

届いた食材が生産されるまでのストーリーや背景を知り、誌面のレシピを参考に調理し、その写真を読者限定のSNSコミュニティに投稿したり、生産者へ食べた感想や感謝の気持ちを伝えることもできます。

食とコミュニティの関係

アメリカやヨーロッパでは、生産者とそれを支持するコミュニティがダイレクトに生産物を定期購入する手段として、CSA(コミュニティサポートアグリカルチャー)と呼ばれる仕組みがここ20年で拡大してきました。

これはコミュニティ単位で生産者を支えようという仕組み。購入者はあらかじめ生産者に購入数を伝えて、生産者は農産物ができたら購入者へ直接届けます。この仕組みだと、生産者は買ってくれる人を確保することができるので、安心して農作業に専念できます。

それだけではなく、生産者から美味しい野菜の食べ方を聞いたり、消費者が野菜を食べた感想を伝えたり実際に生産の現場に尋ねるなど、食を通して強いつながりが生まれているそうです。このように、今、食とコミュニティの新しい関係が注目され始めています。

「食べる通信」の取り組み

「食べる通信」が行っているのは、今まで分断されていた食べ物をつくる地方の人と、それを食べる都市の人をつなぐことで、新しいコミュニティをつくりだし、一次産業を日本全体で再生させていこうという取り組みです。

以前、食べる通信で紹介された秋田県の米農家が、雨が長引いて田んぼがぬかるみ、稲刈り機が使用できなくなり稲刈りの人手が足りないという危機に直面。facebookページでそれを知った読者200人が、秋田まで行って稲刈りを手伝ったというエピソードもあるそうです。

現在は一般社団法人日本食べる通信リーグが組織され、本部が決めたルールに従って、日本全国各地で「ご当地食べる通信」が誕生しています。

食のワンダーランド・山形県

今回食べる通信が創刊される山形県は、日本海と蔵王連峰、出羽三山に囲まれ海・里・山の幸にめぐまれた土地です。

山形県は特産品としてさくらんぼがありますが、果樹王国として全国的に有名なだけでなく、稲作が盛んな地域でもあります。

また、「在来作物」といわれる世代を超えて地域に受け継がれてきた野菜や果物が、日本で一番多く(約160種類)残っている地域でもあります。

また、その「在来作物」をテーマに2011年に公開された映画「よみがえりのレシピ」の舞台として多くの人に知られることになった庄内地方では、鶴岡市が日本初の食文化創造都市としてユネスコに認定されました。

豊かな自然と食文化がある一方で、他の地方が抱える課題と同じように、少子高齢化の進行し、さらに一次産業に担い手が少なく、受け継がれてきた様々な文化が失われつつあります。

山形の食文化の魅力を伝えたい

山形食べる通信」を創刊したのは、前述の映画「よみがえりのレシピ」の渡辺知史監督との結婚を機に、3年前に東京から山形の鶴岡市に移住した松本典子さんです。

松本さんは日々の暮らしのなかで多様な食文化に驚きや喜びを感じ、山形の魅力をもっとたくさんの人に届けたいと考えました。そこで、「美しき、ミチノクの食文化」をコンセプトに、仲間を集めて「山形食べる通信」を立ち上げることに決めたそうです。

「一面の田んぼや温海カブの焼き畑の風景を見て、"一次産業の営みの美しさ"を感じました。そんな時にちょうど赤ちゃんを授かって。山形の美しい風景やおいしい食べ物を子どもたちに残したい。魅力ある食文化を未来につなぐために、生産者が安心して生産に取り組める環境づくりのお手伝いがしたいと思っています」

松本さんは食べる通信初の「ママ編集長」として、1歳になるお子さんを抱えながら忙しく走り回っています。

第1号はホワイトサーモンとうるい

「山形食べる通信」の会員になると、2ヶ月に1度、山形のめぐみに満ちた食材と、その食材をつくる人の物語や創作レシピが載った情報誌が届きます。

松本さんが中心となって作られた創刊第1号は、山形県最北の町である遊佐町の「ホワイトサーモン + うるい」が取り上げられました。松本さんが実際に生産者に会いに行って食べ物にこめられた想いを聞き、それに共感したことからこの食材を選んだそうです。

「うるい」は庄内地方ではスーパーに並ぶほどメジャーですが、都会では料亭などで春の味覚として使われる高級食材で、一般には馴染みの薄い野菜です。食べる通信を通して「山形ならでは」の食材に出会えるのも魅力のひとつだと思います。

今回の食べる通信には、新鮮な庄内産の食材にこだわった山形イタリアンレストランとして有名な「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフが考案した「うるいとスモークサーモンのパスタ」のレシピも掲載されています。

3月8日に、東京都内で創刊記念に開催したイベントは満員御礼!山形の料理ユニット「つむぎや」による、ホワイトサーモンとうるいをつかった創作料理が参加者に振舞われました。

「山形食べる通信」は山形の食べ物を届けるだけでなく、このように東京で編集メンバーと読者が交流するイベントを開催したり、読者に山形の生産者に会いに来てもらったりして、一緒につくる体験の場を生み出していくそうです。

食べ物をとおして、その地域に住む人々や地域の文化を知る。そして、都市と地域の人たちの出会う場を生み出していくことは、今までになかった都市と地方のつながりをつくっていくのだと思います。

「山形食べる通信」絶賛発売中

創刊第一号の受付は終了してしまいましたが、ニ号目からも絶賛受付中です。ぜひ食べ物が生まれるまでのストーリーと一緒に、山形の顔の見える生産者から届けられたこだわりの食材を味わってみてはいかがでしょうか。

(2015年3月30日の「マチノコト」より一部修正して転載)