やせ礼賛は社会による身体のいじめ。幼稚園児にまでやせ信仰が刷り込まれる異常さ。

いじめや過労死はいじめる側、企業側の問題になるのに、摂食障害は、ありのままの自分を受け入れることができない本人の問題になるのはいったいなぜなのか?

去年の秋、震災で横浜市に転向した生徒が学校でばい菌扱いされ、不登校になった事件があった。2015年の冬には電通社員の高橋まつりさん(24)が過重労働が原因で自殺をした。

この2つのニュースは話題となり、なぜ学校は、企業はこの状況を放置していたのかという議論が巻き起こった。横浜市の事件では、当時の校長ら6人が処分となった。高橋さんの事件では、電通に捜査が入った。その上、残業100時間くらいで過労死するのは情けないと発言した大学教授が謝罪に追い込まれた。

ところが摂食障害の場合はこうはならない。

学校でデブと言われ続け、生理が早く来たことを男の子にからかわれ、必死になってダイエットをした結果、過食嘔吐が止まらなくなった女の子がいる。

彼氏に「女は50キロ以下でないといけない」と言われ、毎日目の前で体重を測らされた結果、食べることが怖くなってしまった女性がいる。

いじめや過労死の問題とつなげれば、彼女たちが摂食障害になった原因は、学校でデブと言われ続けたこと、彼氏に「50キロ以下になれ」と言われ続けたことになるだろう。

しかし違うのである。

「デブと言われても摂食障害にならない子もいる」

「そういう彼氏から離れられないあなたに原因がある」

「そこまで過激なことをしてしまうのは、家庭環境に問題があるのでは?」

現在主流の医学的な見方に沿うと、問題の所在はこういう形で本人の性格の弱さや生まれもった傾向、家庭のあり方に向けられる。

ひとには個人差があるから、こういう考えもありなのかもしれない。

しかし今一度考えてほしい。

「いじめられても死なない子がほとんど。自殺の原因は本人の性格の弱さにある」

「残業がそんなにつらいなら会社を辞めればいい。」

「自殺なんて過激なことをするのは、家庭環境に原因があるのでは?」

もしいじめや過労死が起ったとき、こういう論調で社会が一色になったらどうだろう。少し怖くないだろうか。

現実に目を向けると、こういうことを言う人は確かにいる。でもこのような意見は「そうやって個人に問題を押し付けるから同じ問題は繰り返される」というカウンターに必ず遭う。社会が一つの視点に染まることはない。

だから私は不思議なのである。日本社会には太るのが怖くてたまらなくなったり、過食嘔吐が止まらなくて困っている人がたくさんいるのに、執拗にやせさせようとする社会に目が向かないのはなぜなのかと。

摂食障害は女性の理想体型がぽっちゃりからやせ形に移行した20世紀後半に急激に患者数が増えた病気である[1]。それまで摂食障害が医学書ではみかけたことがあるものの診察室ではめったにお目にかからない病気であったが、20世紀後半になると思春期の女の子によくみられる病気になった[2]。

それに加え、私たちが住む日本社会は、やせることを賛美する言葉と、太ることを否定するメッセージにあふれかえっている。

お笑い番組を見れば、恰幅のよい女芸人が自分が太っていることをネタにして笑いを取っている。そしてそこで良く演じられるのは、デブでブスなのに男にモテると思い込んでいる勘違いキャラである。

これを見た子どもたちはきっとこう思うだろう。

太っていることはブスってことで、恋愛はやせるまでお預けで、太っていたら笑っていいんだ。

それだけではない。

アニメを見れば、人間離れした手足の細さを持つプリキュアの主人公が「ダイエットしなきゃ!」と叫び、小学生・中学生向けの雑誌にはダイエット特集が組まれている。

加えてファッション雑誌やダイエット産業から発せられるメッセージは巧妙だ。現実離れしたモデルの写真と共に、「やせたらあなたはもっときれいになる」、「もっとかわいくなれる」といったメッセージが、ダイエットとからめて示され続ける。

いっけんそれはとても前向きなメッセージに思える。でもその一方でやんわりと否定されているのは、それを見ている女の子の身体である。

太ることを否定する社会のメッセージは、いまの女性の身体にはっきりと刻み込まれている。日本は先進国では稀に見る若年女性のやせすぎが問題になる国であり、近年それは30代の女性にまで広がった。アイドルの体型は80年代、90年代と比べると明らかに細くなり、80年代のマネキンにいまのスキニ―ジーンズをはかせたら太もものあたりで止まってしまうほど、洋服のサイズは小さくなった。

私が去年から実施しているワークショップ「からだのシューレ」の参加者にはじめてやせたいと思ったのはいつかと聞くと、幼稚園、小学校低学年という言葉が当たり前のように出される。そして圧倒的に多いのは女性の身体が変わり始める中学生から高校生だ。

これは身体に対する社会のいじめではないだろうか?

幼稚園、小学校は子どもの身体がどんどんと大きくなっていく時期である。

中学校、高校は女の子が第2次成長期を迎え、身体が丸みを帯びてくる時期だ。

身体が成長するその時期に、太ることの恐怖を途切れなく刷り込み、やせることの素晴らしさを説き続ける社会。やせること、食べることで具合が悪くなったのならそれを本人の心のあり方に求め、心が強ければ病気にはならないという社会。これはなんだかおかしくないだろうか?

摂食障害を専門にする医師の中にも、大事なのは内面であって、外見は表面的なことだという人がいる。でも太ること、やせることは表面的なことでは決してない。

今の社会は、太った身体に「ブス、バカ、怠惰、自己管理ができない」といったネガティブなイメージを、やせた身体には「きれい、かわいい、賢い、自己管理ができる」といったポジティブなイメージをしっかりと刻みこむ。

外見が内面のイメージとしっかりくっついているからこそ、デブと言われた子は傷つき、デブについた意味から必死に逃げようとするのである。

ありのままの自分を受けいれましょう

もっと自分を好きになりましょう

この二つは摂食障害の当事者に向けられる常套句である。

回復した当事者もよくこのようなメッセージを発する。そして回復した人々がこのようなメッセージを発するのはとても大事なことだと思う。

でも一方でこうも思う。幼稚園の子どもにすら太ってはいけないと思わせる社会にあって、ありのままの自分を受け入れることはかなりの離れ業である。太っていることを人間としての質の低さと結びつける社会にあって、デブと言われて平気でいるのはもはや職人芸に近い。

だからこそもう一度問いたい。

いじめや過労死はいじめる側、企業側の問題になるのに、摂食障害は、ありのままの自分を受け入れることができない本人の問題になるのはいったいなぜなのか?なぜ私たち大人は、体型のことで傷ついた子どもたち、若者たちに、社会が発し続けるメッセージのおかしさを伝えないのだろうか。(※)

そう思うからこそ、太っていることを気にしている女の子、太っていることを気にしている若い女性に、少し世代が上の、文化人類学という変わった学問を専門にしている私からこう伝えたい。

あなたが自分の体型についてひどく傷ついていること。

やせれば何かがよくなるのではと思ってしまうこと。

自分を受け入れることができないこと。

あなたがそう思ってしまうことはどこもかしこもおかしくない。あなたが自分を受け入れられないような形で、社会はメッセージを発し続けている。あなたはそんなメッセージに真剣に反応しただけなんだ。

※摂食障害のきっかけはダイエットでない場合ももちろんある。しかしここでは女性の理想体型がやせ型に変化した時期に摂食障害が急増したことに特に着目しこの記事を書いた。

参考文献

1.Brown, P.J. and M. Konner, An Anthropological Perspective on Obesity, in Understanding and Applying Medical Anthropology, J.B. Peter, Editor. 1998, Mayfield Pulishing Company: CA, London, Toronto. p. 401-413.

2.Bruch, H., 思春期やせ症の謎:ゴールデンケージ 1979, 東京: 星和書店.

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なぜ私たちは、こんなにも「見た目」について悩んでしまうのか?

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