THE_BLOG

「発達障害があるように見えないよね?だからこそ大変なんだよね」の考え方で救われる発達障害の人たち

障害からくる本来の困難だけじゃなく、障害があるように見えないからこそ周囲に誤解されて苦労する障害でもあるんですよ。
This post was published on the now-closed HuffPost Contributor platform. Contributors control their own work and posted freely to our site. If you need to flag this entry as abusive, send us an email.

「息子は発達障害の一種のアスペルガー症候群って診断されてるんですよ」と伝えると、

「そんな風に見えないね」

「気にしすぎじゃないの?」

「大丈夫だよ。普通だよ。」

という言葉をよくかけてもらいます。

こんな風に言ってくださる方は、きっと元気づけようと励ましてくださっているんだと思うので、そういう気持ちはありがたく受け止めたいなって思います。

でもね、知ってほしい。

発達障害の人は、対人関係や社会性、認知や感覚の問題で困ってる、困難が目に見えない障害を持った人たちなんです。

だから、障害からくる本来の困難だけじゃなく、障害があるように見えないからこそ周囲に誤解されて苦労する障害でもあるんですよ。

●発達障害の人ってどんな風に困ってるの?

発達障害を一言でいうと、「発達障害のない人が難なく出来る事を同じようにするのが難しい障害」なんですよ。

シンクロナイズドスイミングの選手が、優雅に演技している水面下で沈まないように一生懸命あしかきをしているイメージ、わかりますか?

発達障害の人はこんな風に、一見みんなと同じように出来ている事でも、それをする為に他の人以上に努力をしなければその作業を成し遂げるのが難しい障害なんですよね。見えていないところですごく頑張りが必要なんです。

例えば「人の目を見て話を聞く」というのも自然に身に着けるのは難しいんですよ。発達障害の人はこれを「スキル」として身に着ける必要があるんです。人と話をする時に「目を見よう」と意識してはじめてそれができるわけなんですよね。こんな風に、会話の中で余計なリソースを使う必要があるので必要以上に疲れたり、聞き逃しがあったりするわけです。

●さぼっているわけでも努力不足でもなく、みんなと同じ方法でする事が難しい障害

また発達障害の人は、発達障害のない人が一般的に「さぼったらできない」「手を抜いたらできない」という事が、さぼっているわけでも手を抜いているわけでもなく「障害の特性」ゆえに難しい障害でもあるので、他の人から誤解を受けやすい障害でもあります。

例えば、字を覚えられないのは、障害の特性から来る認知の問題や、見え方の問題、感覚の問題、それに運動面の問題がその要因だったりします。

何度も書いたり、時間をかけて暗記する事は、字を覚えられない発達障害の人が字を覚える為に得策ではない事が多いんですよ。何度も書いて覚えようとしないのは決して手を抜いているわけではないんですよね。発達障害の人には、その人に合った特別な方法が必要で、「学び方が違う人」なんですよね。

こんな風に、発達障害の人の障害の特性からくる困難は、発達障害の事をよく知らない人にはわかり辛いんですよね。

ですから「発達障害?気にしすぎじゃない?普通だよ。」っていう風に考える方からは、

「しつけのせいじゃない?」

「やる気の問題じゃないの?」

「さぼってるだけだよね」

「努力がたりないんじゃない?」

「障害を言いわけにしちゃいけないよ」

というような誤解を受ける障害でもあるわけです。

こんな風に発達障害の人は、「障害特性ゆえに抱える困難」と、「周囲からの誤解からくる困難」と、二重の困難を抱えています。

●発達障害の人の生きやすさには、周囲の人の理解が不可欠なんです

障害(Disability)というのはその人自身にあるものというより、環境側にあるんですよね。環境側の障害、いわゆるバリア(Barrier)です。環境(社会)が、障害のある人が生きやすいようにさえあれば、その人の障害はもはや障害では無くなるんですよね。だから障害のある人を「生きていく上で社会の障害(バリア)に困らされている人」という風に私は考えています。

このバリアを障害のある人の視点に立って解消しましょうというのが、障害者差別解消法の「合理的配慮」です。

発達障害というのは、認知面や言語面、感覚の特異性や運動面、そして社会性やコミュニケーションの発達が一般的な発達と「相対的に比べて違う」障害なんです。「発達しない」わけでも「発達できない」わけでもなく、発達が発達障害ではない人と「違う」という事で、その「違い」に困ってる人たちなんですよ。だからまわりの環境が、発達障害の人たちの「違い」にマッチしたら、発達障害の人の障害は障害では無くなるんですよね。

こんな風に、発達障害というのは、周囲との「関係性」によって困難が現れる障害というわけなんですよね。だからこそ、発達障害の人を取り巻く方々に発達障害のことをもっと知って貰う事が発達障害の人の生きやすさにつながります。

でも、車いすを使っている人にとってスロープの設置が合理的配慮であるような明確な配慮の方法がなかなか発達障害の人に対しては無いんですよね。発達障害の人の場合困っている事が多岐にわたり人によって困っている事も違うので、専門的に発達障害の事を知らない人にとっては「配慮をする」という事がとてもハードルが高くなってしまうんです。

そんな思いから私は、せめて「発達障害があるように見えないよね。でもだからこそ大変なんだよね」という認識が、もっと広がってくれたらなと願っています。

発達障害そのものの難しい事はなかなか理解できにくいかもしれませんが、「発達障害という見えない障害、見えないからこそ困ってる」という事だけはわかって貰えたらなって思います。

発達障害の人の二重の困難の一つ「周囲からの誤解からくる困難」によって苦しむ場面が少しでも軽減されるよう、ご理解いただけたら嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。