女性医師は「迷惑な存在」なのか?女性医師率45%ドイツのキレイゴトではない妥協

「ドイツでは、医療職と言ってもあくまで『仕事』と割り切って分担している感じを強く受けます」

今月、東京医大が、入学試験の際に女性受験生を一律に減点した問題が大きな話題になりました。この25日にも、被害対策弁護団が緊急ホットラインを開設したと報じられるなど、いまだに波紋を広げています。

大学に対する厳しい指摘の声が多く出る一方で、いわば「必要悪」、つまり女性医師が増えると医療現場が回らなくなり、医療の質が保てなくなる、との意見も報じられました。

実際のところ、どうなのでしょうか?

筆者は去年、このヤフー個人の記事の中で、医療の質の高さなどを世界195か国で調べた研究を取り上げました。

その研究によれば、確かに日本(女性医師率20%)の医療の質は、世界でも高いレベルに位置づけられています。

しかし日本より「高い」とランクされた国、例えばスウェーデンの女性医師率は47%、フィンランドに至っては57%と、女性医師の割合が日本よりはるかに多くなっています。(※1)

データを見る限りは、「女性医師が増えると医療の質が下がる」という因果関係は成立しないようです。

もし、日本の医療界で「女性の比率が増えると質が下がる」という意見が根強いのであれば、それは「性別」ではなく「システム」に原因があるのではないか?ということが考えられます。

何が背景にあるのか?それを考えるヒントとして、女性医師の比率が日本より高い国の医療機関で働く人にお話を伺いました。

女性医師率45%のドイツ 実態は

お話を伺ったのは、ドイツのブランデンブルグ心臓センター(Brandenburg Heart Center)で働く、岡本真希さんです。

岡本さんは、日本で循環器内科医として働いたのち、現在はドイツでリサーチ・フェロー(研究職)として勤務しています。

岡本真希さん 岡本さん提供写真

Q)働かれている病院の、現在の状況について教えてください

いま所属しているブランデンブルグ心臓センターは、ドイツの首都ベルリンから北に電車で1時間ほどいった場所にある、ベッド数237床の病院です。心筋梗塞や狭心症、弁膜症、不整脈と言った循環器疾患の患者さんを主に受け入れており、外科/カテーテル手術や内科的な治療を行っています。

循環器科に所属する医師は31人ですが、うち男性が12人、女性が19人と、女性のほうが多くなっています。

Q)女性と男性で、医師の働き方は変わりますか?

女性の医師と男性の医師の働き方に違いはない、というのが実感です。

通常、朝7時30分に全員が出席するカンファレンスがあり、夜勤の医師からの引継ぎを受けた後、手術や外来の業務を始めます。16時には業務を終えて帰宅します。

そのほかに、月2~4回の当直があります。朝9時に出勤してそのまま当直業務に入り、翌朝9時に帰宅します。

Q)なるほど、通常の業務では、女性と男性で働き方に変わりはないのですね。では、出産や育児のタイミングではどうしているのでしょうか?

ドイツでは、家事・育児の分担が徹底していて、育児休暇をとる男性が少なくありません。休暇の取り方も柔軟性があり、この月は父親が1か月休暇をとって母親が働き、次の月は父親が働く...。というように、夫婦で代わりばんこに育児休暇を取る人もいます。

ワークシェアリングを行っている人も多いです。同じような年齢のお子さんがいる女性医師2人で話し合い、それぞれ週2.5日勤務することにして、1人分の給料を2人で分ける、という方法です。子どもが急に熱を出したら、もう1人の医師に急きょ代わってもらうとか、子育て中の若手の医師にはそんな働き方をしている人も多いですね。

それから「パートタイム制度」のようなものもあって、勤務時間や仕事量を減らすこともできます。その場合、例えば普通の勤務の6割という人は、給料も6割になる代わりに、担当患者さんの数や当直の回数を減らせたり、残業にならずに早く帰れたりします。この制度を使って幼稚園が終わる15時までの仕事にしている人もいます。

重要なのは女性だけでなく、男性も同様の制度で働くことが可能だということです。男女平等に、個人の状況に合わせて働き方を選択できる環境はとても素敵だと思います。

Q)妊娠や育児のときに、働く時間を短くしながらも働き続けることができれば、キャリアが分断されることを防げそうですね。

ただワークシェアなどがあると、全体として働ける人数は減ってしまうわけですから、職場で問題が起きないのでしょうか?

実は、ドイツでもその点は問題になっています。というのも、いまドイツでは女性医師の割合がどんどん高まっているんです。職業としての医師の人気が高まっていることと、ドイツの入試制度が関係しているように思います。

こちらの場合、大学入試は日本のような一発受験ではなく、高校時代を通じての成績で評価されます。

よく言われているのは、女性はコツコツまじめに授業を受ける人が多いので、入試に通りやすい傾向があるということです。先日聞いた講演では「いま大学の医学生は6-7割が女性」と言っていました。

女性医師が増えてきたことで、妊娠出産や育児期に減るマンパワーをどうするかは問題になりつつあります。人気のある都市部の医療機関では、男性医師のほうが就職しやすいという話も聞きます。

ブランデンブルグ心臓センターで同僚の医師と。共に写っている3人の女性医師は全て子育て中もしくは妊娠中だという 岡本さん提供写真

海外パワーへの依存も

Q)人員が足りないところでは、どのような対策が行われているんですか?

ドイツでも田舎では特に医師不足が深刻です。そういったところでは、海外出身の医師を採用しているところが多いです。

ドイツでは海外で教育を受けた医師の資格を認定するシステムが整備されており、出身国の医学部の卒業証明書や、ドイツ語の語学試験の成績、さらに州ごとに行う医療面接の試験などを経れば働くことが認められます。

最近では、ドイツ以外からのEU各国に加えて、ロシアやトルコなどの出身の医師も増え、海外出身の医師の割合は13%にまで達しています。ただ現実問題として言語の壁は大きく、「電話のやり取りでは何を言っているのかわからない」「手術中に、とっさのコミュニケーションがとれず困る」という話も聞かれます。

Q)すべてが理想的に回っているわけではない、ということなんですね。日本とドイツの両方の医療現場を体験して、印象に残ったことはありますか?

日本との文化の違いは、強く感じます。こちらでは、女性医師が働くことによって生じる問題がある場合に、理想論を戦わせるのではなく、みんなで「妥協する」ことによって乗り越えようとする意識を感じます。

たとえばドイツの病院では、予定されていた手術の開始時刻が何かの事情で遅れて、16時(医師の終業時間)までに終わらなさそうだとすると、緊急のものでなければ翌日以降に延期になります。

日本の感覚からすると違和感があるかもしれませんが、ドイツでは当然のことと受け止められています。医療者だけでなく、患者を含めた皆の協力と理解があってこそ成り立っているんです。

また医師側の文化も違います。日本では、仕事が終わらない場合は助け合う雰囲気があり 、仕事の遅い私は何度も上司の先生方に助けていただいた思い出がありますが、ドイツでは上下関係なく自分の仕事は自分の、他人の仕事は他人の、とドライに分担している印象があります。

Q)なるほど。日本とドイツ、医療に対する意識が、医師側も患者側も違うということですね。あえて伺いますが、岡本さんが患者側の立場になったとして、どちらで治療を受けたいですか?

だんぜん日本です。ドイツでは、医療職と言ってもあくまで「仕事」と割り切って分担している感じを強く受けます。

入院すると、担当の医師が毎日違う人に替わるのはよくあることです。手術についても、病棟や外来での担当医と、実際に手技を行う医師は異なることが少なくありません。

ときには、手術の内容を説明した医師から「私は明日から休暇なので、執刀は別の人にお願いしておきますね」と言われることまであったりします。

日本にいたころは、命に関わる手術に臨むのだから、患者さんは医師との信頼関係を結んだうえで信頼して身をゆだねる。だからこそ医師も、忙しい中に無理をしてでも手術をねじ込む、という意識があったように思います。

みんなで「妥協」する 理想論に陥らないことの大切さ

Q)日本において、ドイツのような働き方は導入可能でしょうか?

パートタイム制度は導入出来たら良いと思います。日本では育児のために外来のみを担当して当直はしない医師も、当直をバンバンしている医師も基本的に給料(基本給)は一緒です。そのことで、不公平さが感じられることも少なくないと思います。

パートタイム制度では、短時間の勤務の人は給料(基本給)もその分少なくなります。また、当直やオンコールも、少なくなるとはいえ決められた分を担当します。こうした、仕事量とその対価が明確で、平等性を感じられる制度があれば、かえって気兼ねしないで済むかもしれません。

しかし、ドイツのような働き方を完全に導入することは、いまの日本の社会環境では難しい気もします。根本のメンタリティが違うというか...。

例えば、ドイツでは子どもが病気になったとき、母親ないしは父親が休んで面倒を見るのは当然だし、それが「親としての義務」だと考えられています。一方、日本では家族より仕事が優先される風潮にあり、同僚や職場の上司からどう思われるか、患者さんに迷惑をかけていないか、やっぱり気になってしまうと思います。

でも日本の医師が今のままの働き方を続けていたら、それこそ安全な医療を提供すること自体が難しくなってくると思います。男性医師を増やす、のではなく既存の女性医師も含めて、男女にかかわらず働きやすい環境を模索していくことが必要だと思います。

医師側も、患者側も、そして日本社会全体としての要求水準も、全体として落としどころを見つけて「妥協」する、ということが出来なければ、女性医師の活用を進めていくのは難しいのではないでしょうか。不正を行った大学だけを悪者にして解決する問題ではないと感じます。

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取材協力

岡本真希さん

2005年に佐賀大学医学部入学。2011年に卒業後、洛和会音羽病院(京都府)で循環器内科医として働く。2017年4月からブランデンブルグ心臓病センター(ドイツ) リサーチ・フェロー

※1 女性医師率のデータはOECDのHealth at a Glance 2015より

(2018年8月29日Yahoo!個人より転載)

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