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2015年03月11日 01時43分 JST | 更新 2015年03月11日 01時43分 JST

なぜ医学部の新設案は千葉・成田市で進められているのか

千葉県成田市での医学部新設の議論が盛り上がっている。国家戦略特区を用いたものだ。知人の官邸関係者は「既に新設は既定の方針」だと言う。

2月13日、日本医師会・日本医学会・全国医学部長会議は、塩崎恭久厚労大臣に反対を申し入れたが、「条件闘争」と見なされているようだ。今回は、この背景を解説したい。

日本医師会などの業界団体は、将来的に人口が減少すれば医師は余り、医学部新設だと養成数の調整が難しいと主張する。

この主張は荒唐無稽だ。なぜなら、患者・医師の年齢や、今回問題となっている千葉の地域性を考慮していないからだ。

社会が高齢化すると医療需要は増える。一方、医師は高齢化と共に働けなくなる。女医が増え、医療安全の側面から労働時間規制が進むと、医師数の増加ほど、医療提供能力は増えない。図1をご覧頂きたい。今後、我が国で増えるのは、もっぱら高齢医師と女性医師だ。医師数だけで議論してはいけない。

図1
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さらに、我が国には著しい地域格差がある。特に千県の医師不足は深刻だ。人口1000人あたりの医師数は1.8人で、埼玉・茨城県についでワーストスリーだ。

この状況は、今後益々悪化する。千葉には団塊世代が多く、今後、医療需要が増えるからだ。私たちの推計によれば、千葉における75才以上人口1000人あたりの60才未満の医師数は、2010年の段階で14.0だが、2030年には8.0へと悪化する。団塊世代が亡くなる2040年にかけて8.7に一時的に改善するが、2050年には8.11へと悪化する。団塊ジュニアが高齢化するためだ。75才未満の医師数でも状況は同じだ(図2)。

図2
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なぜ、日本医師会などが強調するように、07年から15年にかけて1500人もの医学部定員を増やしても、千葉の医師不足は改善しないのだろうか。それは07年から15年の医学部定員増が、既存の医学部をベースにしたためだ。

人口約620万人の千葉には医学部は一つしかない。人口約380万人の四国に4つの医学部があるのとは対照的だ。医学部の多い西日本と比べ、千葉の定員増の効果は限定的だ。

地域の医師数は基本的に地元での医師養成数、つまり医学部定員数に比例する。現状を考えれば、千葉の医師不足を改善するため、千葉大の医学部の定員を数割程度増やしても焼け石に水だ。

医療現場の動きはもっと合理的だ。千葉は地元での医師養成の不足を、周辺からの移入という形で補ってきた。我々が94年から12年までに医師の移動を調査したところ、千葉には平均して年間226人の医師が移入してきていた。流入先は東北地方や東京だ。東北地方の医師の26%、東京の医師の17%は県外に流出しており、千葉は主要な受け皿の一つだ。

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東京はまだしも、このことが東北地方の医師不足を悪化させる要因であった。医療界には「若い医師は田舎を嫌がり、都会に行きたがる」という人が多いが、必ずしもそればかりではない。むしろ、東京が医師の流出県であるように、医師は医師の多い地域から、少ない地域に流れている側面の方が強い。千葉に医学部を新設することは、千葉の医師不足だけでなく、東北地方にも益する可能性が高い。

では、なぜ、千葉の医師不足解決策が千葉県による医学部新設ではなく成田市なのだろう。

それは、成田市の財政力が全国屈指だからだ。成田市の人口は約13万人、歳入総額は約650億円で、財政力指数は1.27である。原発立地と無関係の人口10万人以上の都市に限定すれば、浦安・武蔵野・東海市に次ぐ全国4位だ。

成田市の財政の特徴は固定資産税が多いことだ。成田空港からの税収で約160億円、市税の6割を越える。固定資産税は、リーマンショックなどの不景気でも減らない安定した財源だ。これが成田市の強みである。

黒字自治体は投資できる。ここが千葉県との決定的な違いだ。例えば、13年に国際医療福祉大看護学部の誘致が議論された際、総費用85億円のうち、50億円を補助することを決めた。内訳はキャンパス用地を民間事業者から購入し、大学に無償で貸与するための20億円と、建設費の半額30億円だ。

この金額が如何に大きいかは、宮城県が県内に新設される医学部のために支払う補助金が最大30億円(修学資金は別)であることを考えれば、お分かり頂けるだろう。

巨額の財政赤字を抱える政府に、国立の医学部を設立する余裕はない。千葉県も同様だ。特区を推進する官邸が、成田市に期待を寄せるのも無理からぬことだ。

医学部新設には金がかかる。成田市は建設に要する費用を約400億円と見積もっている。成田市での医学部新設を進めている国際医療福祉大も、成田市からの財政支援を期待しているだろう。今後の議論の焦点は、この費用を国際医療福祉大と成田市が、どのように分担するかだ。

その際に重要なのは市民の理解である。補助金は税金である。市民の理解がなければ、成田市役所が如何に前向きでも、議会を通らない。議会は民意に敏感だからだ。

特に成田市は市民感情に敏感だ。66年から約30年にわたる三里塚闘争を戦いながら、国際空港を地元に受け入れてきたからだ。濡れに泡で豊かになった訳ではない。我々は、このことを忘れてはならない。

そもそも、成田市での医学部新設の議論が始まったのは、羽田空港の国際化の時期だ。羽田を国際化することで、成田が割を食うのは自明だった。当時の民主党政権は、成田市に相当配慮していたのだろう。

ところが、今回の医学部新設の議論では、地元への配慮を感じることが少ない。私は、成田市や国際医療福祉大が「国際性豊かな医学教育」や「国際協力」を強調するのは得策ではないと思っている。知人の成田市出身者は「成田市をダシに使っているだけで、憤りを覚える」という。

成田市に医学部を作るなら、地元に密着すべきだ。徹底的に地域に適合した医療は、世界にも通用する筈だ。なぜなら、我が国は高齢化課題先進国だからだ。

私は、成田市での医学部新設に賛成だ。ここまで、成田市と国際医療福祉大は、よくやってきたと思う。現在、新設に向けての議論は佳境を迎えている。いま、必要なのは、地元との対話だ。地に足の着いた議論を期待したい。

*本稿は、「医療タイムス」の連載を加筆修正したものです。