「リハビリ難民」の救世主となるか 自費リハビリの可能性

多くの国民が怪我をしたり、脳卒中になっても十分なリハビリを受けることが出来ない。現在、この問題を解決すべく、現場では試行錯誤が続いている。

「リハビリ難民」という言葉が聞かれるようになって久しい。多くの国民が怪我をしたり、脳卒中になっても十分なリハビリを受けることが出来ない。

現在、この問題を解決すべく、現場では試行錯誤が続いている。その一つが、完全自費のリハビリサービスだ。

ご縁があって、昨年から自費リハビリサービスを提供する株式会社ワイズ(東京都中央区)の社外取締役を務めている。本稿では、自費リハビリの現状についてご紹介したい。

リハビリは、脳卒中はもちろん、整形外科疾患から癌の手術後まで、多くの疾病からの回復に必要不可欠である。ところが、医療費抑制に懸命な政府は、リハビリを抑制しつづけてきた。

厚労省は、2006年にリハビリを最大180日に制限した。2008年10月からは入院後6ヶ月に退院する患者が6割を下回る病院への診療報酬が大幅に引き下げた。この結果、重症患者の受け入れを断る病院が増えた。来年に予定されている診療報酬改定では、月に13単位(1単位は20分)を上限として認められている外来でのリハビリが廃止される。このままでは、十分なリハビリを受けることが出来ない「リハビリ難民」が続出する。

どうすればいいのだろうか。現在の保険財政を鑑みれば、リハビリの保険給付が増えるとは考えにくい。このようなニーズに対応しようとしているのが自費リハビリだ。最近、この業界が急成長しつつある。

知人のリハビリ専門医は「若年患者を中心に維持期の集中的なリハビリのニーズは以前から感じていました。診療報酬上での制約がある病院でのリハビリは、徹底して患者に寄りそうことができず、どこかお茶を濁しているような気がしていました。民間企業の参入は、このような患者にリハビリの機会を提供する事になるかもしれません」と言う。

では、自費リハビリの実態は、どんな感じだろう。具体歴を紹介しよう。

「自費リハビリを選んで本当によかった。再び立てる日がくるなんて夢のようです」と知人の60代の公認会計士の男性は言う。

昨年1月、この男性は突然の四肢の麻痺と呼吸困難を訴えて、都内の大学病院に緊急入院となった。検査の結果、脊髄膿瘍と診断され、緊急手術を受けた。主治医は「病変が呼吸中枢にまで及んでいました。数時間遅れていれば、亡くなっていました」と説明した。

術後、集中治療室に控える家族に、主治医は「命の保証はありません。一命をとりとめても、寝たきりになる可能性が高い」と説明した。

術後の経過は医師の説明通りだった。意識こそ回復したものの、四肢は動かず、自発呼吸は不十分で、人工呼吸器に繋がれていた。男性は「呼吸器が外れそうになったり、痰が詰まりそうになっても、アラームすら押せません。このまま死んでしまうのか。あのときの恐怖は忘れられない」と回想する。

その後、自発呼吸は回復し、人工呼吸器からは離脱した。男性はツテをたよりに、リハビリで有名な都内の病院に転院した。そこで徹底的なリハビリを受けた。その結果、上半身は動くようになり、介助があれば車椅子に座ることも可能になった。ただ、半年間のリハビリが終わった段階で、下半身は麻痺したままだった。胸より下に痺れが残り、下腹部に力が入らなかった。座位を維持できず、このままでは公認会計士としての社会復帰は難しかった。

患者の希望は「再び歩けるようになりたい」。彼は、ありとあらゆる手段を探した。サイバーダイン社が開発したロボットスーツ「HAL」の使用や、神経の再生医療を受けることも考えた。ここで私が勧めたのが、自費のリハビリだった。

彼は、藁をも掴む思いで、リハビリセンターに通い、週に2回、1回2時間のリハビリを始めた。

当初はペダル付車椅子に乗っても、左手が安定せず、ハンドルを操作できなかった。下半身に力が入らないため、自分ではこぐことは出来なかった。

リハビリが進むにつれ、状態は改善した。さまざまなノウハウも身につけた。「ほんのちょっと手の位置を変えるだけで腹筋の力の入れやすさが、こんなに変わるんですね。病気になる前は気にしたこともなかった」と言う。

最近では、ハンドルを自分で持ち、まっすぐ車椅子を進めることができるまで回復した。「今は、この車椅子が私の愛車です。フェラーリです」と周囲に笑いながら語っている。

さらに、支えられながらではあるが、立てるようになった。はじめて立ったときには「自分の足で立っている。この感覚は久しぶりだ」と語った。

発症から14ヶ月、この男性は、公認会計士として既に社会復帰している。一人で歩けるようになるため、現在もリハビリを続けている。

この患者さんが、自費リハビリの恩恵を受けた。では、自費リハビリの売りとはなんだろう。それは、健康保険の縛りがないため、患者のニーズにあわせて、メニューを微調整できることだ。リハビリ期間を延長することも可能だ。

ワイズで働く理学療法士は「自費リハビリは真剣勝負です。効果がなければ、患者さんは来なくなります。健康保険から費用が支払われる病院と違い、患者さんから費用を頂く自費リハビリでは、理学療法士には大きなプレッシャーがかかります」という。おそらく、このような緊張関係が治療成績の底上げに貢献しているのだろう。

では、どんな患者が自費リハビリを利用するのだろうか。比較的若年の患者が多いのが特徴だ。例えば、ワイズの利用者の73%は60代以下である。脳卒中患者の約6割が70代以上であることと対照的だ。高齢患者は現状の機能を維持することを目標とするのに対し、若年患者は機能を回復し、職場に復帰することを望む。必要とするリハビリは違う。従来の医療保険では、このようなニーズに対応できていなかった。民間企業が試行錯誤することで、多様なサービスの開発が進みつつある。

では、このような自費リハビリの成長を、厚労省はどう考えているのだろうか。

知人の厚労官僚は「診療報酬を抑制し続けなければならない昨今、自費リハビリは厚労省にとっても有り難い」と言い切る。今後、リハビリ難民が増えた際の批判を逸らすために、応援しているといっていい。

理学療法士及び作業療法士法では、「医師の指示の下、理学療法を行う」ことが原則だが、「侵襲性のない行為については、医師の指示のもとにない理学療法士等がリハビリを行うことは、法令上は名称独占であるので違法とは言えない(前出の厚労官僚)」と解釈を緩和している。

勿論、自費リハビリに問題はある。それは費用だ。ワイズ社が運営する「脳梗塞リハビリセンター」の1日あたりの費用は1万5000円。これだけの費用を長期間にわたって負担出来るのは、ごく一部の富裕層に限定される。

安全性についても検証が必要だ。今後、民間リハビリの市場が拡大すれば、低レベルの業者が参入するからだ。未熟な理学療法士が、脳卒中後の麻痺で拘縮した関節を無理矢理動かせば、関節を傷つけることもあるだろう。

前出の厚労官僚は「事故が起こり、メディアが大きく報じれば、厚労省も規制せざるを得なくなります」という。そうなれば、医療機関と連携しているところなど一部を除き、自費リハビリ施設は閉鎖となる。リハビリ難民が溢れ、寝たきりの高齢者が増加する。そんな状況は誰も希望しない。

わが国でリハビリの需要は急増する。ところが、リハビリの提供体制は脆弱だ。どうすれば、リハビリを受けることができるか、お上頼みではなく、社会で議論し、新しい仕組みを作っていかなければならない。自費リハビリは、その一例である。

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