BLOG
2016年03月30日 22時28分 JST | 更新 2017年03月30日 18時12分 JST

「保活は意地悪なゲーム」待機児童の父親が、厚労省にパブコメを書いてみた

保活に関し望むのは、そもそも「保活」という言葉がなくなることです。

Yuya Shino / Reuters
Two-year-old Amane Morohoshi sits in a baby stroller during a rally in support of mothers and fathers whose children failed to secure places at day care centres, in central Tokyo, Japan, March 20, 2016. REUTERS/Yuya Shino

厚生労働省のサイトで、「『保育』について あなたの声を お聞かせください 」と意見募集しているので、東京都世田谷区に住む待機児童の父親として、声を上げてみました。昨年10月に長男が産まれましたが、認可保育園には入れず、認証保育所に預けることになりました。妻は予定を遅らせ、7月に職場復帰する予定です。

以下は自らの保活経験をふまえ、自由記入欄に私が書いたことです。(2番目と4番目の問いは一緒ですが、せっかくだから違うことを書いてみました)

――「保活」に関して望むことをお聞かせください。

特に東京都区内の保活は、意地悪なゲームのように感じられます。認可の保活においては選考の点数が明示されているので、点数のための努力が不自然な方向(いったん認可外に預ける、偽装離婚する、等の実態を聞いています)に向かっているのを感じますし、認証の保活においては選定の基準が明確化されておらず、園にとり都合のよい家庭を選り好みすることができるため、見学における熱心さや(園にとっての)時間の融通の利き具合などの定性的要素が大きく考慮されるようです。そのため、保活において具体的にどうすれば他の家庭よりも有利になるのか、他の家庭はどのように園にアピールしているのか、考えながら行動せねばならず、非常に神経をすり減らします。もちろん、ライバルである他の家庭との情報交換など、望むべくもありません。

保活に関し望むのは、そもそも「保活」という言葉がなくなることです。就職活動のように、その会社に就職をお願いする立場であれば、活動せざるを得ないのも仕方のないことですが、子供を保育園に預け、より社会のために貢献しようと考えている親たちが、なぜ社会に対しここまで頭を下げねばならないのか、純粋に疑問です。本来であれば、「保活」など必要なく、水道や粗大ごみの申し込みと同じように、住民サービスとしての保育が受けられるという姿にしていただきたいということが、一納税者としての正直な希望です。

――保育制度全般について改善すべきと思っていることやご意見をお聞かせください。

現代の保育制度は、貧困家庭の救済という目的に押され、親の早期の社会復帰・社会貢献(端的には納税)という目的が犠牲にされています。

端的にそのことを表すのが、保育料の安い認可保育園が、最も良質の設備を有しているという現状です。高価な認証保育園が、ビルの一室などに入居し、外遊びは近所の小さな公園、という実態である一方、安価な認可保育園は、広い園庭と余裕のある建物を有しています。この現状からすると、認可の保育料が認証の保育料をはるかに上回るべきです。しかし、現状は正反対となっています。

報道等では、こうしたいびつな構造になっている主な要因は、認可に対する補助金の存在であるとされています。確かに、貧困家庭の救済のためには、安価な保育サービスが受けられる場は必要ですし、そのためには補助金も必要でしょう。しかし、最も良質の認可の保育料が、補助金のために安価となっていることから、競合である認証の保育料が容易に値上げできず、このため保育士の給与も満足に支給することが難しく、当然の帰結として保育士の人材不足が露呈していることと、人材不足により満足に新規の認可保育園の開園ができず、更に待機児童が増加していることを見ると、精神と肉体を酷使する保育士の給与を倍増し、設備に見合った保育料に改善することを希望します。このことにより待機児童が解消し、保育サービスを受ける機会が広く与えられるのであれば、親としても喜んで保育料の値上げに応じたいと考えています。貧困家庭については、個々の家庭に対し直接、保育サービスの機会や費用を補助すればよいのではないでしょうか。

――保育制度の現状についてご意見をお聞かせください。

現代の我が国においては、女性の働きなしに経済活動を考えることはできず、また女性の自己実現の場としても、仕事の占める割合は非常に大きくなっています。もちろん、専業主婦の存在を否定するものではありませんが、仕事を自己実現の場、幸福追求の場として考えている女性がいる限り、憲法第13条を引用するまでもなく、彼女たちは立法その他の国政の上で、最大の尊重がなされるべきです。しかるに、保育園や保育士の不足、病児保育制度の不十分さ、果ては学童保育の不十分さといった、ある意味で事務的に解決されるべき問題の存在により、彼女たちの権利が10年以上にわたりその行使を妨げられているという現状は、明らかに憲法第13条の趣旨に反するというべきです。

次いで、保育園の利用のしづらさについてです。「保活」という、本来当然に享受すべきサービスをなぜかへりくだってお願いしなければならないおかしな事態が放置され、めでたく入園が決まっても、園の発言権が強大で常に園に従わねばならない現状は適正ではなく、他の行政サービス(水道や粗大ごみの収集など)と同等の利用が可能となるべきです。保育園の利用に際しここまで利用者にコストを強いる現状は、親の社会復帰を阻害し、企業や国の発展を妨げるものと考えています。

――保育制度全般についての国への要望や、改善すべきと思っていることをお聞かせください。

まずは保育制度について、自治体の問題であると矮小化せず、国家規模で考えるべき問題であるとの認識を持っていただけるよう、強く要望します。なぜなら、保育制度をより多くの人が利用できるのであれば、社会への復帰が可能となり、税収(もちろん国税も含みます)が増加するからです。

また、保育園が単なるサービス施設ではなく、子供の将来のためにも必要な教育機会であることに思いを致すべきです。早期教育の必要性が喧伝されていますが、それだけに、「子供にしてあげた方が良いこと」が増えるばかりで、親はそれらのすべてをする時間がなく、大きなストレスになっています。自暴自棄になり、教育を放棄する親もいるでしょう。これは、次世代へ大きな負の遺産を残すことです。それを防ぐためにも、アウトソース先としての保育制度を充実させ、少なくとも保育園に預けたいと考えている人に対しては、良質な保育サービスを提供できるような世の中にできないものでしょうか。財源の問題は常について回ると思いますが、こうした世の中に近づけるのであれば、保育料の値上げにも喜んで応じますし、将来の納税者への投資や生活保護費の予防だと解釈すれば、もっと予算を割いてしかるべきと考えます。

保育制度で悩んでいる親の大多数は、企業から復帰を待ち望まれている、優秀な女性です。そうした優秀な人材に対し、複雑怪奇な認可保育園の点数計算や認証保育園との虚々実々の駆け引きを強い、本来の活躍の機会を奪うという扱いをしていることは、国家的な損失であると痛感しています。一日も早い待機児童の解消と、保育制度の充実を希望します。