美しさも履き心地の良さもどちらも叶えた夢のようなハイヒール。誰もがそんな一足に出会って欲しいと語るのは、オーダーハイヒールブランド「gauge(ゲージ)」のブランドディレクター兼木型師である五十石紀子(いそいし・のりこ)さん。五十石さんにご自身のブランドのこだわりや想いをうかがいました。
五十石:ゲージは、がんばっている女性の助けや、プッシュアップできるような存在を目指しています。例えば、街中のショーウィンドウに自分の姿が映った時に、ヒールを履いているとちょっとスタイルがよく見えたり、すらっと見えてテンションが上がる、とか。女性に力を与えてくれるパンプスを作りたいんです。
長瀬:なるほど。ゲージのハイヒールには「ポインテッドトゥ」しかない、というのもそういう想いがあるのですか。
五十石:ポインテッドは華奢でエレガントな形。履いていて背筋が伸びる気持ちがします。その分、足入れが良く、履き心地の良いものってなかなか見つからないんですよね。
私も前職でスーツにパンプスでお客様先をまわっていたんです。でも、ヒールはどうしても歩くのがしんどくて、フラットな靴を履いて営業していました。だけど本当はヒールを履きたかった。勝負どころやお得意先の社風にあわせて、ハイヒールって絶対に必要だと思うんです。そして、格好良くて、強くて、なおかつ洗練されて見えるのはポインテッドのピンヒールなんです。
自分が一番美しく見える、だけど痛くない、履き心地が良い、そういうブランドにしよう、っていう最初のコンセプトからポインテッドトゥだけでお作りしています。
長瀬:ゲージを始めたきっかけは、ご自身の「ハイヒールを履きたいけど履けない」という経験から考えられたものなんですか。
五十石:いえ、実はそうではないんです。
もともと神戸レザークロスが、靴の起点となっている「木型」にフォーカスした木型師の作るブランドとして、ゲージを立ち上げようという構想がありました。そのタイミングで私が入社することになって専任になったんです。
木型師は、いろいろなメーカーから依頼を受けて木型を作っています。ブランドから「こういう靴を作りたい」という話がきたら、メーカーがその靴を作るために生地や底材、木型を用意します。靴の生産現場は、生産足数をあげて安いものを大量に生産する工場システム。なので生産効率をあげられる木型を求められます。例えば、生地を添わせやすい形とか靴にしたときにトップラインがキレイにのりやすい形とか。木型はメーカーが自分たちの資産として残していくものなので、今後も使いやすい木型を作ります。履き心地も大切ですが、何よりも生産の効率化が優先される部分が大いにあると思っています。
ゲージのように効率を度外視して履きやすさだけを考えたブランドは、生産は難しいけど、お客様には足入れの良いものを履いてもらえるんじゃないか、というのがスタートです。私が立ち上げたブランドだからこそ、履きやすさを一番優先して作りました。
長瀬:ゲージを立ち上げるときに一番大変だったことはなんでしたか?
五十石:1デザインに対して木型を72個作ったことですね。他の工程は通常の靴作りと変わらないんですが、
木型だけは通常の製品の72倍を作らないといけないんですよね。会社の木型師5名が総出で製作しました。原型は全て同じなので、ちょっとつま先を低くするとか幅を削るとか少しの修正だったんです。それでも1〜2カ月かかったと思います。木型はかなり時間をかけましたね。
長瀬:ゲージのサイズ展開は「3点測位」ですよね。世界初とのことですがなぜ今までできなかったんですか?
五十石:3点測位はサイズのレンジが3カ所あるということなんです。3カ所とは長さ・幅・振り角度のこと。一般に販売されている製品は長さのサイズだけですよね。幅のサイズ展開があるものもあまりありません。そのうえ、振り角度までサイズの展開に入れてしまうと、在庫量も増えるし、手間もかかるし、リスクが大きいからやらなかったんだと思います。
1つの製品を作るためには最低でもサイズ展開の数だけラストを作らないといけません。長さのサイズだけの場合だと、22.5〜24.5cmのスタンダードサイズの木型を1つ作ってそれをもとにプララストを作るんです。その後量産するときに、23.5cmは履く人が多いから多めに、とか数を調節しながら、それでも全部で50個くらいがラストの通常の注文数なんです。
でも、ゲージは120サイズあるので1サイズ、1足靴を作るためだけでもラストを120個を作るんです。しかも、注文が入らなかったら結局使われなかったサイズの木型が出てくるかもしれない。そのリスクを負って初期投資ができたのは自社内に木型師がいたからこそだと思います。
長瀬:ゲージは、サイズ・形とも左右違うものを購入できますよね。どうしてそこまでこだわったのですか?
五十石:両足計測して、片方の足に合わせるっていうのは、つじつまが合わないなと思ったんですよね。カスタマイズオーダーにはなってしまうので、用意してあるサイズの中から選んでもらう形にはなるんですが、できる限り自分の足にあったものを履いていただきたいんです。
これは在庫がないからできることだと思います。在庫を抱えていると、多分片方のサイズだけが先になくなっていく、ということが起こると思うんです。残ってしまったものは、在庫として残り続けるリスクが高い。だから通常は両側セットでしか売りませんよね。
長瀬:カスタマイズオーダーであれば計測しなくても販売はできると思うのですが、計測機を導入したのはなぜですか?
五十石:実は、先日お使いいただいた計測機はあまり靴業界では使わないんです。計測データをもとに履きやすい靴を作ろう!という取り組みで研究用として購入したもので、社内に1台だけあったものを借りてはじめました。
お客さまのなかには「自分のことを知りたい」という方が非常に多いです。計測をして、「自分の足のことを知った」というサービスとしての付加価値であることはもちろん、それに合わせて自分のための靴を作る、というのがゲージの「自分を大切にする人のための」ハイヒールなんです。
また、計測をするとサイズの説得材料にもなります。みなさん思い込みで間違えたサイズを履かれていることが多いので、計測すると自称サイズと全然違うことも多々あるんです。私自身も、いい加減に靴のサイズを探してたこともあったので、一度自分のサイズを知っておくだけでも選ぶ基準や視野が変わってくると思います。
長瀬:ハイヒール、という言葉だけで敬遠されてしまうこともあるのではないですか?
五十石:今の流行りはローヒールですよね。でも、店頭に立っているとみなさん高いヒールのことも気にしてくださっているんです。本当はハイヒールを履きたい人がたくさんいる。でも、「ハイヒールはしんどい」というイメージが先行していて、最初からローヒールを探そうというマインドになっているんだと思います。
ゲージは実際に履いてヒールの高さを選んでいただけるので、「5cmじゃないと無理です!」ってなっていたお客様も、7cmも9cmも試していただくなかで「これくらいならいけるかも」って結局9cmのハイヒールを買われる方もいらっしゃいます。
長瀬:サイズの合わないハイヒールはしんどくて、罰ゲームみたいな気持ちになることもあります。でもゲージのヒールは履き心地もよくて、自分の足も痛めず履けますね。
五十石:日本のサイズ展開って、5mmピッチで大きくなっていくんですが、欧州は3.3mmピッチなんですよ。欧州は元々靴の文化があったので、より細かいピッチにしているのはすごく親切なことだと思います。
計測していても、23cmと23.5cmの間でどっちでも履ける、という方がすごく多いんです。23cmはきついけど23.5cmだと大きい、みたいな。ゲージのサイズ展開ですら悩ましいときがあります。そういうことを考えると、5mmじゃなくて3.3mmなのはすごく親切だし、選択肢も増えるのでより足に近いものをさがせますよね。
それくらい靴のサイズ選びはシビアなんです。だから、ちゃんと自分の足の形を知って、足に合うものや履きやすいものを選ぶことは自分のことを大切にする第一歩になると思うんです。
ゲージは木型師の五十石さんだからこそ生まれたブランドなんだ、ということがよくわかるお話でしたね。手間をかける、無駄かもしれないリスクを負う、だからこそお客様一人ひとりにフィットした一足を作ることができる、というのがとても印象的でした。私も美しく見せるだけでなく、自分自身のことも大切にできる素敵な女性になりたいです。