なぜ人は座って食事をとるのか?

研究では姿勢を調整・保持することで、食事を喉に詰まらせてしまうことを防ぎ、人間がもつ本来の食事の機能を働かせることできるということが明らかになっています。
WASHINGTON, DC- AUGUST 8: Dinning guests Peter Kelley (center, white shirt), Bill Farrell (center blue shirt), Makiko Murotani (L) and Kunihiro Shimoji (white shirt back to camera) order from server Tomomi Habeshima (standing) inside Izakaya Seki on Wednesday, August 8th, 2012. (Photo by Tracy A. Woodward/The Washington Post via Getty Images)
WASHINGTON, DC- AUGUST 8: Dinning guests Peter Kelley (center, white shirt), Bill Farrell (center blue shirt), Makiko Murotani (L) and Kunihiro Shimoji (white shirt back to camera) order from server Tomomi Habeshima (standing) inside Izakaya Seki on Wednesday, August 8th, 2012. (Photo by Tracy A. Woodward/The Washington Post via Getty Images)
The Washington Post via Getty Images

姿勢を整えることで、喉に食べ物が詰まることを防ぐことができる

「楽に、安全に、食事が食べられる姿勢とはどのような姿勢か」という看護学研究が進められています。

なぜなら、看護師は病院で身体の障害によって姿勢を自分で整えることが難しい患者さんや、病気によって食べて飲みこむ機能が低下してしている患者さんなどを相手に食事を介助するからです。看護師が考えながら食事を介助しなければ、患者さん食べ物を飲み込む時に喉に詰まらせてしまい、命に危険が及ぶ恐れが考えられます。

そのような人を目の前にした時、大半の人は「もうこの人は口から食べることは難しい...」と諦め半分で考えてしまうでしょう。

しかし、研究では 姿勢を調整・保持することで、食事を喉に詰まらせてしまうことを防ぎ、人間がもつ本来の食事の機能を働かせることできる ということが明らかになっています。今回はある病院での事例をご紹介したいと思います。

T病院では、2007年から食べて飲みこむことに特化したスタッフのチームを院内に立ち上げプログラムを構築しました。それによって、ケアや取り組みの効果を上げています。

そのプログラムにおける重要な要素として、段階的な姿勢の調整・保持が含まれています。

そこで、対象者である健常者に姿勢別で造影剤を飲みこんでもらい、X線透視下において 造影剤の動きや飲みこむ際の体内の関連器官の状態と運動を観察 を行いました。その画像データをもとに、仰向けの状態・上体を30度起こした状態・上体を90度起こした状態を見て比較し検討を行いました。その結果が以下の通りです。

仰向けの状態よりベッドで上体を30度起こした方が安全。実は、この姿勢が喉に食べ物が一番詰まりにくい姿勢!

上体を30度起こしたときの喉元の断面図

ベッド上で上体を30度起こすと、食べるより食べ物を飲み込みやすくなります。それは、上体を30度起こすことで、口の中や喉の構造ともに下向きの角度になり、飲食物が重力に従って落ちるように口の中から喉へ送り込まれます。さらに食道の入り口部分へと運ばれる過程においても、喉の後壁を伝いながら滑らかに運ばれる仕組みになっています。

それに加えて、気管が食道よりも上側になるため、食べ物がより入りにくい構造になります。さらに首を前屈させると、気管の入り口が狭くなるため、より飲み込みやすくなるということが分かりました。

ベッド上で上体を90度起こした状態、つまり座る姿勢は健常者でも喉に詰まらせることがある。

上体を90度起こしたときの喉元の断面図

ベッド上で上体を90度起こした状態では、口の中の舌はほぼ水平に位置し、喉の部分は地上とほぼ水平になります。さらに、食べ物は身体で自然に起こる飲みこむときの反応によって勢いよく広がりながら落下し、食道へと送り込まれます。

水、ヨーグルト、おかゆを食べたときの画像のうち、ヨーグルトは喉の上に付着して残り、数回飲み込んでやっと食道に移ったことから、健常者でもむせることがあるし、飲み込む機能が低下している高齢者はさらに、むせる可能性があるということが分かりました。

以上のことから、ベッドで上体を30度起こしたときが、一番食事において安全で有効な姿勢だと思われました。しかし、T病院では、上体を30度起こした段階で喉に詰まらせる兆候が見られなければ、すぐに45度、60度、最終的には90度・車椅子へと段階的に姿勢の調整・保持を保っています。

何故、30度のままではだめなのでしょうか。それは、30度では食事中でも目を閉じて寝てしまう姿が見られ、自力でスプーンや箸を持つことが難しく、介助を要するからです。

つまり、人が一番集中して楽に食事ができる姿勢は、 90度、椅子や車椅子に座って食べる状態なのです。

座って食べれるように調整することで、食事量を増やすことが出来る

このように、座って食べるのが最も安全ではないけれども、座って食べるのが一番よいとされているのにはちゃんとした理由があるのです。

しかし、長時間座ることが難しく、姿勢が崩れて不安定になってしまうと、食事に集中できずに食事をやめてしまう傾向にあります。

そこで、背中や首の部分、そして足の裏や肘の面がしっかりと体を支えられるように、クッションや丸めたバスタオルを入れて調整することで、自分の力で食べ物を口に運ぶことができ、食事量も増えるということが分かっています。

患者さんの食べる・飲み込む機能が上手く発揮され、自力で食事ができるようになるためには、安定した姿勢を踏まえて常に調整をすることが必要なのです。

「食べる」ことは、人間が生きていく上で欠かせない大切な行動です。

もし、あなたの身近なところにそのような人がいたら、姿勢を調整することを意識してみてください。

あなたの周りにそのような人がいなくても、いつも私たちが当たり前に行っている「食べる」ことについて、一度考えていただく機会になればと思います。

文責:聖路加国際大学看護学部4年 松井晴菜

引用・参考文献 / URL

菱沼典子・川島みどり編集(2013) , 看護技術の科学と検証 第2版―研究から実践へ、実践から研究へ―,株式会社 日本看護協会出版, p120-p128

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