「訴訟使用禁止規則」運用マニュアル-井上清成

法的安全弁なしで医療安全の活動を推し進めれば、それは自らへの法的責任の追及を招く。そこで、私案としてではあるが、「訴訟使用禁止規則」運用マニュアルを提示する。

この原稿は月刊集中9月30日発売号より転載です。

井上法律事務所 弁護士

井上 清成

2013年10月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp

医療安全推進活動の資料・記録が民事訴訟で使用されないようにするために制定される院内規則は、訴訟使用禁止規則とか訴訟利用制限規則とか呼ばれる。法律用語にすると、証拠制限契約とか証拠方法契約とか言う。

病院診療所を問わず、各医療機関とも医療安全の取り組みへの意識が高い。しかし、それがこと裁判になると、自らで自らの首を絞めることになるのではない か、という医療者の不安も大きいように感じる。法的に見れば、その不安は故なしとしない。と言うより、まさに、そのとおりである。

法的安全弁なしで医療安全の活動を推し進めれば、それは自らへの法的責任の追及を招く。そこで、私案としてではあるが、「訴訟使用禁止規則」運用マニュアルを提示する。

各医療機関で必ず法律家と相談しつつ、導入を検討されたい。

■「訴訟使用禁止規則」運用マニュアル

1. 意味

訴訟使用禁止規則(訴訟利用制限規則)とは、医療安全推進のための諸活動の資料・記録を、患者や家族にも開示せず、また、民事訴訟での使用・利用を禁止することを定める院内規則をいう。

法律用語で「証拠制限契約」や「証拠方法契約」(証拠方法の提出に関する合意)と呼ばれるものの一種として位置付けられる。ただし、証拠制限契約や証拠方法契約は、民事訴訟法典その他の法令に明記されてはいないし、先例も甚だ乏しい。

2. 法律効果

インシデントレポート、アクシデントレポート、医療安全管理委員会議事録、院内医療事故調査委員会議事録、院内医療事故調査報告書、院外医療事故調査委員 会作成の議事録や医療事故調査報告書、その他の医療安全推進のための各種資料や記録の全部または一部を、患者やその家族も含めて院外への開示を禁止し、ま た、民事訴訟での証拠としての使用・利用を禁止する法律効果を持つ。

証拠保全手続での証拠保全決定や文書提示命令の発令を防ぎ、民事訴訟手続での文書提出命令や証人採用決定の発令をも防ぐ。

医療過誤の民事訴訟手続での中で、相手方たる患者や家族から、証拠制限契約に反する証拠方法の申出があった場合には、医療機関側から異議を申し出ると、裁 判所は証拠能力に欠ける証拠方法の申出であるとして、患者や家族の側からの申出を却下することとなるのが通常である。ただし、既に取り調べの対象として患 者や家族の側から提出され裁判所の目に触れてしまった文書については、証拠制限契約の一部合意解除などとみなされてしまい、証拠制限契約違反を理由とする 証拠却下は難しい。

3. 法律要件

(1)院内規則とその掲示

医療安全推進の活動資料・記録の全部または一部を特定し、これらの訴訟使用禁止と非開示を明示した院内規則を制定した上で、院内の目立つ場所に掲示する。受付窓口その他でも、申し出があれば閲覧できるようにしておく。

(2)診療関係文書への規則記載と署名

入通院診療申込書その他、適宜の書類の中に訴訟使用禁止規則を明記し、説明の上で、患者の署名をもらう。

本来は院内規則とその掲示で法的な要件としては足りるとも考えられるが、必ずしも訴訟使用禁止規則が普及して常識と言える状況にまでなっていない現状においては、法的確実性を期するため、十分な説明と納得の上での署名を励行する。

(3)情報公開条例等との不整合

たとえば公立病院診療所においては、それぞれに適用のある情報公開条例との整合性をチェックしておかねばならない。医療安全推進という特別の分野での規 則・契約なので、その有効性は一般的に一律に否定されるものではないが、条例などの規制には多様性があるので個別的なチェックが必要不可欠である。なお、 チェックをする際にも、訴訟使用禁止の正当化根拠の1つがWHOドラフトガイドラインにあることを十分に踏まえなければならない。

4. 想定事例での対応実務

(1)想定事例

訴訟使用禁止契約書には、入院時にしっかり患者側が署名した。入院後に医療事故で患者の死亡があり、院内事故調査委員会が開かれ、院内事故調査報告書が作 成された。内容は、因果関係は確定できず結論は玉虫色で、ヒューマンエラーはないが、システムを見直す必要がある点があったといった記載があった。その 後、紛争となったが示談もうまくいかず、家族が提訴した。訴訟の中で、家族が証拠申出をし、または、病院に対し院内事故調査報告書の証拠提出を求めた(も しくは、文書提出命令の申立てをした)。

(2)対応実務

訴訟使用禁止契約では報告書の結論部分も含め一切が非開示だし訴訟使用も禁止とされていることを前提とする。

1)既に病院が死因説明に際し、院内事故調査報告書を家族に交付してしまっていた場合

病院と家族とが院内事故調査報告書に限ってではあるが、訴訟使用禁止契約の一部合意解除がなされていたなどの諸々の法律構成が考えられるものの、結論としては証拠申出が認められ、訴訟上の証拠として採用される。

2)院内事故調査報告書を家族に交付していない場合

院内事故調査報告書に基づきはするが、表現等も平易に言い直し、病院見解として、ヒューマンエラーはなかった趣旨を説明したものの、システムを見直す必 要がある点があったという趣旨は死因説明と関連していないと判断して説明していなかったとする。この場合は、訴訟使用禁止契約の存在を理由として、証拠提 出要求を拒否する(文書提出命令申立ての却下を求める)。

(※この記事は2013年10月8日のMRIC 「Vol.241 「訴訟使用禁止規則」運用マニュアル」より転載しました)

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